2014年10月11日

こうしてサタンを屈伏された?! 壮絶、パンタナールの丸呑み精神!!



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復帰は大変なものだ、自然屈伏!!
愛の世界は闘争によって得るものではない。
もし力でできるのなら神はすでに1日ですべてをなしただろう。
私は苦労で始めたので苦労で終わる。
栄光を受ける立場であってもそれは後孫に残す。
自分は苦労で終わる




TPマガジンに、真の父母様が
南米で釣りの精誠を捧げられた7年間、
その場に同行し協助された、日本の宣教師の方が
当時のことを証しされていました。


1995年5月1日からの第二次40年路程をブラジルの片田舎の
ジャルジンで出発された真の父母様は、
過去においてなすことができなかった、
すべての摂理的内容を整理されるために、
すべてを投入され2001年1月13日の神様王権即位式を勝利されました。
復帰摂理の完成完結であるというみ言がありました。

わたしは真のお母様から、真の父母様の釣りの手伝い、
特にお母様の手伝いをするように指示を受け、
この7年間の父母様のパンタナール摂理に同参する恩恵を受けることになりました。

父母様はこの7年間ジャルジン、パンタナール地域に住まれたといっても過言ではないほど、
頻繁に訪問されてほとんどの時間を川で過ごされました。
朝は暗いうちから体操で始まり、そして訓読、それから朝食をあわただしく済ませると、
すぐに川に釣りに出かけられました。
ジャルジン、パンタナールの釣りは、それまでの海洋摂理の地域での釣りと違って、
お父様とお母様がご一緒に出かけられるのではなく、
別々に分かれて釣りの精誠を尽くされました。

私はお母様に侍り、ジャルジンではプラタ川とミランダ川で釣りのお手伝いをしながら、
お母様の許可があれば、お父様の手伝いに行くというように、
慕わしい父母様と毎日の生活を共にすることができました。
昼食は主に川べりで弁当を準備して、和やかな雰囲気ですごされました。
長期間にわたる南米滞在の間、ご家庭をも犠牲にされながら、
天の摂理の為に投入され、朝から夜遅くまで川べりで、あるいはボートの中ですごされました。
また訪問する指導者の方たちや修練生たちをみれば、時間を忘れ、疲れも忘れて、
限りなくみ言と愛を注いでくださいました。

サロブラホテルを中心とした釣りは、7年間の中でも最も深刻でした。
とくに360万双のための精誠期間は文字通り戦争状態でした、緊迫した雰囲気でした。
サタンの血統を断絶し祝福を大衆化するための戦いは壮絶でした。

早朝からジャングルを全速で通り抜け、木の切り株で頬に切り傷を負いながら、
1秒を争う戦いを超えて行かれ、サタンをいつしか追い抜かれたのでした。
灼熱の日差しの中で焼け爛れた頬に蚊が容赦なく群がる中で、
夜空に星がきらめくような時間まで身動きもされず、
疲れ果てた帰り道にも、ボートが故障した見知らぬ釣り人をも時間を惜しまず助けてあげて、
夜中になって帰ってこられるような毎日でした。
御心配されるお母様の気持ちはどのようなものだったでしょうか?

お父様は、
「パンタナールでの1年は、
通常の10年に匹敵する。」

と言われたと聞きました。
そうしてみると、御父母様はここパンタナールで、70年間の戦いをされたことになります。
尊い命を投入されたことがわかります。

サロブラ川で使った小さなボートは3人用で、いったん乗れば身動きもできません。
川の真ん中にボートを固定して360度の方向に釣竿を構えて、
動かずにパクーがかかるのを待たれるので、ボートが揺れてはいけませんし、
トイレもないので、ペットボトルを半分に切って、ボートの中で静かに済ませます。
おなかの具合が悪い場合は、大変なことになります。
この期間に36匹のパクーを釣られ、勝利の条件を立てられました。

警備体制が無かったので、私は拳銃をいつも携帯していましたが、治安の悪いこの地域では、
何かが起きれば防ぎようが無いのが実情でした。
しかし、興進様を中心として、多くの善霊と天使たちが
父母様の周辺を守っていたため私たちも守られました。

パンタナール精神は丸呑み精神です。
すべてを許し愛して消化せよということです。
それをそのごとくに真の父母様は実践されました。
地獄の最も深く難しいところにいた最大の怨讐を許されて祝福されました。
そして神様と人類の怨讐サタンをも真の愛で自然屈伏させられたのです。

1997年6月24日、お父様はこういわれました。

「復帰は大変なものだ、自然屈伏!!
愛の世界は闘争によって得るものではない。
もし力でできるのなら神はすでに1日ですべてをなしただろう。
私は苦労で始めたので苦労で終わる。
栄光を受ける立場であってもそれは後孫に残す。
自分は苦労で終わる。」


父母様はほとんど眠らないで過ごされたと思います。
サロブラにおいては、毎日の釣り用具の点検及び準備のための時間が限られているので、
父母様の公館のベランダにすべての用具を置いて、警備を兼ねて、
急な予定変更などにすぐに対処できるように、そこで休むようにしましたが、
父母様の部屋の電気が消えている時間はほんのわずかでした。

1998年5月29日にはサロブラに来られ、
サロブラ川上流で大木が川をせき止めているところまでいかれて、
その大木を越えて行かれたい様子であったので私が、
乗り越え方をお見せして、お父様も乗り越えられました。
その時ににっこり笑われたのを覚えています。
「先生は上に上がってくるからここで待っていなさい」
といわれ、もっと上流に行かれてから戻ってこられました。
後で思えばあの大木は霊界の大きな峠の象徴だったのではないかと思っています。

その夜、お父様は「明日はナビレキだ」といわれました。
私は「えっ?」と思いました。
サロブラからナビレキホテルまで行くには、陸路500km、
その半分は当時、非舗装道路で、ポルトムルチニオに出て、
それからボートで川を全速で2時間半のぼらねばなりません。
「お父様は飛行機で1時間ほどで着かれるから朝出発されればいいが、
自分は今すぐ出ないと間に合わない!」と思いました。
その当時は釣り竿は1セットしかありませんでしたし、
食事の準備もその都度、食器、食材、キムチあるいは座布団なども移動させなければならず、
しかも車も1台でドライバーも私だけだったので、私はパニックになりそうでした。
やっと近くまで来たときに、父母様の飛行機が川を横切り、
オリンポ飛行場に降りていくのが見えました。
わたしがナビレキホテルに着くのと、父母様が着かれるのとがほとんど同時で、
父母様の釣りにギリギリに間に合いました。

私だけが眠らなかったのかと思っていたら、
実は父母様も一睡もされずに徹夜の訓読会をされていたことを後で知りました。
李相軒先生の霊界通信の朴マリアに関するところを繰り返し読まれていたのでした。
読んでいた金明順サロブラホテル社長(当時)が、
倒れそうになりながら命がけで読まれたと聞きました。
神様の悲しみを解くために、地獄を撤廃するために、
夜を徹して、怨讐を愛し許す条件を立てておられたのでした。
それを前後する期間は休んでおられなかったと思います。

6月2日の午前3時に夜警をしている私に「皆を起こしなさい、4時に祈祷をする。」といわれ、
14号室で、涙の祈りで神様の前に朴マリアの許しを願われたのでした。
そのすぐあとの6月13日の第1次1億2千万双のときに聖人と悪魔を
同じ位置で祝福されたときに朴マリアの名前もありました。
このときの祝福で霊界の天使長圏の解放がなされて、
99年の3月21日のサタン自然屈伏のための大きな条件に
なったのではないかと考えることができるかと思います。
この内容はほんの一例ですが、誰も知らないところで深刻な戦いを続けられていたと思います。

お父様は一度場所を決められると、ずっとその場所で投入されましたが。
お母様は色々な場所を開拓されて、よくつれるスポットがあれば、
お父様に教えてさしあげながら、数多く大型のパクーを釣り上げられました。
手首を使っての正確なキャスティングと的確な判断で、
あるときお父様は「お母様がパンタナールフィッシングのチャンピオンだ」と言われました。

お父様とお母様が別々で釣りをされていた理由はお父様からは聞いていませんが、
母の胎中を象徴し、また天に対しては地を象徴するパンタナールの摂理は、
やはりお母様の勝利にかかっていたのではないかとも思われました。
お母様とボートの中で過ごす時間は尊い至宝の時間でした。
竿を見つめ、1匹でも多くのパクーをつりあげるために集中される姿は、
全人類を救い、抱こうとする真の母の姿でした。

1999年5月14日に同じホテルで天宙解放式を宣布され、
同じく7月27日に源焦根源勝利の聖地を奉献されました。

この聖地は特別な意味を持ちます。
この聖地の策定奉献式の時にお父様は「旧約時代、新約時代、成約時代の
3次アダムの失敗の過程をすべて経ながら整備いたしました。」
「神様が全体の先頭に立ってサタンと真のアダムと天使長に
命令できる時代を迎えました。」
「天の国に直行できる祝福の基地をここに奉献いたします。」と祈られました。

その時のみ言は、

「6月14日に天地父母天宙勝利祝賀宣布式を行ったので、
いまや終わったのです。
天国の起源となりうる基地を作ったのです。
歴史の始まりから終わりまですべてを整理することのできる
聖地なので、統一教会の食口たちは
4年に1回は訪問しなければなりません。
そこで教育を受けてから、
この聖地を経て天国に行かなければなりません。
ここを経ないことには垂直にあがることができないのです。
神様の特別命令によって聖地を定めました。
サタンとは永遠に関係がありません。
神様の所有であり、堕落していない本然のアダム完成の
聖地基盤を再臨主と共に奪還したのです。
ここに来てから、本国に帰って、初めて入籍するのです。
この聖地が本然の聖地です。
完成した本然の聖地なのです。
先生はいまや解放されすべて完成しました。
これからは皆さんが相続し完成することが課題なのです。」


そして、エルサレムとは比較にもならない聖地であるといわれました。
お母様の手をとって川を渡ったときのやわらかく暖かい感触や、
大きなパクーを5匹つられた事を記録しておきなさいといわれました。
また、無線ラジオで、お父様と釣りの実績状況を交換される姿などが
昨日のことのように思い浮かびます。
真の父母様、愛しています。




真の父母様と同行された方の証し文ですので、
本当に貴重なものだと思います。

この証しを通して、釣りをすることが
単なる趣味の次元ではないことがわかると思います。
限界に限界を超えて、ひとつの基準を立てるまで
完全投入される真の父母様の姿を感じます。

『私は苦労で始めたので苦労で終わる。
栄光を受ける立場であってもそれは後孫に残す。
自分は苦労で終わる』
まさにこのみ言を生涯実践された真のお父様でした。

また、お父様の精誠の背後には、
真のお母様の姿もありました。
完全にひとつとなって勝利の基準を打ち立てられて、
祝福の門を拡大されました。

その基準は過去もそうでしたが、
今も一つであることを忘れてはいけないのだと思います。

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posted by ten1ko2 at 08:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 私と御父母様 ・信仰の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする