2014年10月16日

「劉先生、あなたが“父”なのですか?!」 <草創期の証し> 姜貞遠さんの場合



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天が下のすべての事には季節があり、
すべてのわざには時がある。

神のなされることは
皆その時にかなって美しい。


「伝道の書」



受難の源流。
今日は、梨花女子大の学生だった姜貞遠さんの証です。


1954年11月27日、姜貞遠さんは二人の友達と一緒に、
劉孝元氏から「統一原理」を聞いた。

学んでいくうちに、この教えは旧約聖書と新約聖書を完成した“成約のみ言”であり、
この教えを解いたかたが再臨主(第三アダム)であり“父”であると直感した。
彼女は講義よりも、“父”といわれる人物がだれであるかに関心を持ち続けた。

姜貞遠さんは、“父”といわれる人に会いたかったので、
「劉先生、あなたが“お父様”なのですか?」と尋ねた。
劉孝元氏は恐縮するように否定した。

午後になると、講義をしている部屋に一人の青年が入って来た。
劉孝元氏が講義している最中だったが、
その青年はいきなり劉氏からペンと紙を取って、
姜貞遠さんに直接、講義したのである。

劉孝元氏は講師であり、頭に油をつけ、服装もきちっとしていた。
それに対し、劉孝元氏の講義をもどかしいように思って急に講義を始めた青年は、
今にも破れそうなジャンパーと、
米軍の兵士が脱ぎ捨てた色あせたズボンをはいていた。

講義は劉孝元氏より、その青年のほうが素晴らしかったが、
その青年(文師)が劉孝元氏よりも偉大な人物であるとは思えなかった。
姜貞遠さんは、劉孝元氏がその青年を尊敬する姿を見て、
劉孝元氏が“お父様”でないことを悟った。

講義を聞いていくうちに、姜貞遠さんは今まで知っていた神様に対する知識が、
いかに微々たるものであったかが理解できた。

青年が講義を終えて部屋から出て行った後、
中年の婦人(李信徳女史)が入って来た。

「なぜ来たのですか?」と劉孝元氏がその婦人に尋ねると、次のように答えた。

「“お父様”が行くようにと言われたのです。
わたしは今、オンドルを直すのに時間がなくて困っていたのですが、
『梨花女子大学から神様が愛する娘が来たので、
あなたは彼女を霊的に協助するために早く行きなさい』と言われたので、
飛んで来たのです」

姜貞遠さんはこのとき、その婦人が“お父様”と言っていたのに驚いた。

劉孝元氏の祈りが始まると、その婦人は異言を語り始めた。
それは、姜貞遠さんがかつて見た霊界と同じ内容であった。

その日の最後、先ほどの青年が祈りをささげた。
その祈りは、何万人という群衆を前にして祈っているように力強かった。

「きょう、梨花女子大学校から天の愛する娘を送ってくださいました。
天のみ旨がある梨花女子大学校と延世大学校を中心に、
わたしが神様のみ旨を成します」

泣きながら切実に祈る青年に、姜貞遠さんは驚き、感動した。

この祈りをささげたのが、“お父様”と呼ばれていた人物であり、
姜貞遠さんに講義してくれたジャンパー姿の青年であった。
その若者こそ、「統一原理」を解明した文鮮明師だった。

姜貞遠さんは、翌日(11月28日)の日曜日、統一教会の礼拝に参加した。
姜貞遠さんには、ソウルにこのような
みすぼらしい家があるとは思えないほどの教会の建物のように思えた。

姜貞遠さんの家は資産家で、以前、住んでいた屋敷は内務部長官(大臣)に譲り、
国務総理が使っていた邸宅を住まいにしていた。
したがって、姜貞遠さんにとってそのギャップは、
他の人よりも大きく感じたのかもしれない。

文師の説教はあまりにも力強く、ジャンパーは汗で濡れるほどだった。
姜貞遠さんはこのとき、自分より早く統一教会に来た人をうらやましく思っている。

その後、姜貞遠さんは熱心に学生たちを伝道し始めた。
その年の冬休みが終わり二月になると、
学生たちは大挙して教会にやってくるようになった。

梨花女子大学校の早朝祈祷会(礼拝)には、
寄宿生五十人あまりが参加して統一教会の教理を聞いた。
大学で一週間に三回行われたチャペルの時間を利用して、
教会に行って「統一原理」を受講した。
そこに集まった優秀な学生たちは、人生問題にも悩んでいた者が多かった。

朝鮮戦争(1950−53)以降のキリスト教徒は、
自分の通っている教会だけでは満足ができず、
山や川に行って祈る求道者がたくさんいたのである。



姜貞遠さんは、お父様が西大門刑務所に収監されたあと、
治安局から一日かけて調査を受けたといいます。

私が印象深かったのは、自分より早く統一教会に来た人を
うらやましく思われたという部分です。
私もかつて教会に来たばかりのとき、
このように思ったことがありましたし、
最近、教会に来たばかりでありながら、
伝道実践も熱心にされるある婦人も、
「お父様が聖和される前に、統一教会に来たかった」
と言われることがあります。

教会の草創期、大先輩の立場であっても、
自分より教会に早く来た人が羨ましい、
そのように思うのだなぁと、そんなところに共感してしまいました。
これは共通の心理なのでしょう。

ただし、よくよく考えると、「私」より先に教会に来たから
その人を神様が愛している、ということにはならないと思います。
人が伝道されるときには、人間の責任分担もありますが、
本当に奥妙な神様の摂理があります。
復帰される順番もどちらがよいということはありません。

先に導かれた大先輩ほど、困難な路程を多く通過されてきました。
私たちは、そんな先輩たちの精誠の心情の基台の上で、
ようやくこの道に来ることができたのです。
感謝以外の何ものでもありません。

私たちは、生まれた時から、(あるいはその前から)
神様にずっと愛されてきましたし、
今、この瞬間に、私が神様と父母様に愛されている・・・
その実感を持つことが大事なのではないか、と感じます。

お父様は数名の食口たちの前であるのに、
数万名を前にするように懇切なる祈りを捧げたといいます。
私たちがお父様の代身であるとするなら、
今、まさにそのような心情を携える自らにならなければいけないと感じます。



  天(あめ)が下のすべての事には季節があり、
  すべてのわざには時がある。
  生るるに時があり、死ぬるに時があり、
  植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
  殺すに時があり、いやすに時があり、
  こわすに時があり、建てるに時があり、
  泣くに時があり、笑うに時があり、
  悲しむに時があり、踊るに時があり、
  石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、
  抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、
  捜すに時があり、失うに時があり、
  保つに時があり、捨てるに時があり、
  裂くに時があり、縫うに時があり、
  黙るに時があり、語るに時があり、
  愛するに時があり、憎むに時があり、
  戦うに時があり、和らぐに時がある。

  働く者はその労することにより、なんの益を得るか。

わたしは神が人の子らに与えて、
ほねおらせられる仕事を見た。

神のなされることは皆その時にかなって美しい。

神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。
それでもなお、人は神のなされるわざを
初めから終りまで見きわめることはできない。


旧約聖書「伝道の書」
第三章1〜11節



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