2014年10月26日

アメイジング・グレイス! たった一人の為に愛情をこめた祝福式、祝歌を歌いました!



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驚くばかりのこの恵み!
盲目だった私、今は見えます



先日の祝福式で感じたことをお伝えします。

教会長は、たとえ一組でも、
またすでに配偶者が他界された方
すなわち、お一人で来られても
その家庭のために心を尽くして、
また具体的に精一杯のもてなしをして
祝福式を行われます。

その人にとって、祝福式は人生最大の行事なので、
「心からのお祝いをしてあげたい」
そのような配慮の気持ちがあってのことです。

また、教会長のそんな気持ちは
参加する人たちにも伝わるようで、
霊の親の誘いを受けて、初めて教会に来られた方も
祝福式のあとに、次の週には礼拝に参加される方もおられます。
もちろんみ言も聞いていないし、
礼拝というものがそもそもどういうものなのかわからない、
そんな立場なのに、参加されるのです。
感謝の気持ちを示す意味で、礼拝に来られるのだろうと思います。


先日、祝福式に来られた方は、89歳の婦人でした。
実際は霊の親が離れてしまったので、
代わりにうちに教会の方が霊の親かわりに連絡をとっていました。
しかし、心臓にペースメーカーも入っていて、足の状態も良くないこともあり、
まったく教会にはこられていませんでした。
20年近くはほとんど教会に来られていなかったと思います。

今回、霊の親代わりの婦人が祝福式の案内をしたところ、
喜んで参加することになりました。
式では涙を流されていました。

実は、式の直前に教会長から、
「祝歌を歌うように」と指示がありました。

うちの教会は小さな教会でもあるので、
私自身、礼拝の時には司会をしながらも
聖歌隊の一員として、賛美もします。
司会と聖歌隊を兼務する人も少ないかも知れませんね。。。

それでも、祝福式にはいつも祝歌を歌う婦人たちがいて、
まさか私が歌うことになるとは思ってもいませんでした。
彼女たちが不在なので祝歌なしかというところ、
『にわか聖歌隊』を結成し、
『おどろくばかりの』の二部合唱をしました。
祝歌の定番、『アメイジング・グレイス』の
日本語の賛美歌です。

教会長が祝福式に参加した婦人を喜ばせたい、
そんな思いの表れだったと思いますが、
私自身、歌を歌いながら与えられたことがありました。

『この祝福式を行うことができることがどれだけ貴いことか』と。

この婦人は、ほとんど祝福の意義と価値を知らずに
ある意味、担当している婦人を信頼して
祝福式に来られた立場であります。

この方はわからないかも知れませんが、
背後でどれほど真の父母様が精誠を立てて
勝ち取られた聖酒の価値であり、
また、祝福の恩恵でありましょうか。

「今こそ、祝福の素晴らしさを誇るべきだ。
先駆けて祝福を受けさせていただいた者として、
真の父母様が与えてくださったこの祝福の素晴らしさを
証さずして、誰が証すのだろう。
この賛美歌を賛美する私しかいない・・・」
『おどろくばかりの』を賛美しながら、そんなことを思わされたのでした。


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posted by ten1ko2 at 20:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 祝福の価値 祝福の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする