2015年02月21日

(証し)「文先生が無事、帰ってきました!」 興南解放直後、平壌で 《金元弼先生》



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お父様の愛の基準は、
自分を愛してくれる人を
愛するという愛の基準ではなく、
自分から離れていった人への愛です



教会創立43周年のときに
金元弼先生にインタビューした内容がありますので、
紹介します。
統一教会創立以前、お父様が興南から
解放された時の証しです。


1948年2月22日に、お父様は再逮捕され、
5月20日には興南の収容所に移され、
そこで2年5ヵ月間、強制労働をされました。

この期間、多くの食口たちは、お父様から心が離れてしまいました。
そのことについて、お父様は私たちの報告を通してもご存じでしたが、
霊的にも感じ取っていらっしゃいました。

それでも、お父様は平壌におられたとき、
毎日食口たちのために三回お祈りをしておられたのと同様に、
多くの食口が離れていることを知りながらも、
収容所のなかで一日三度、祈祷されたのです。

1950年10月14日、お父様は興南収容所から解放されて、
平壌に来られました。
そのとき、お父様はすぐに食口たちを訪ねられたのです。
どうしてもお父様が会えないときは、私が代わりに会いに行きました。

そのとき、お父様が伝えるようにと言われた内容は、
「文先生が無事、帰ってきました」という一言でした。
皆さんは、その言葉がどのような意味を持つのか、
よく分からないかもしれません。

お父様が、そのように言われたのは、お父様から食口の心が離れたのは、
「先生が食口たちとともにいてあげることができなかったからだ」
と思っていらっしゃるからです。
すなわち、食口が離れてしまったことを、
自分の責任であると考えておられたということです。
ですから、収容所でも祈られ、平壌に戻ってからも直接、
食口たちを訪問されました。

また、もう一つ重要なことは、短期間であったとしても、
彼らはお父様に侍り尽くしたという功績はあるということです。
その功績だけでなく、先祖の功績があったがために、
お父様と因縁を持ったのです。

これらの功績が残っています。
そのような場合、お父様は離れていった食口であっても、
完全に切ってしまうことはできないのです。
善なる神様、善なる親は、
善を保護しなければならない責任があるのです。

仮に、離れた食口が、お父様に反対するようになったとしましょう。
そして、その食口が悪の実績を積むことによって、
先祖や自分の善の実績をすべて食いつぶしたとします。
そのときお父様は、その人との関係を切ることができるのです。
神様は、悪に対して守る責任がないからです。

お父様は自分から離れていった食口に対して、
愛し尽くされた実績があります。
ですから、その食口が離れていっても、
お父様の実績が残っているのです。
お父様の愛の基準は、自分を愛してくれる人を
愛するという愛の基準ではなく、
自分から離れていった人への愛ですから、高い愛の基準です。

お父様にその愛の基準があるので、たとえ食口が離れても、
それに相対する人が現れるのです。
それが原理です。
前に愛し尽くした人よりも、
さらに素晴らしい人が現れてくるのです。

それで、お父様は平壌を離れて、
釜山やソウルにいらっしゃったときには、
平壌でお父様に従ってきた人よりも、
もっと良い人がお父様につながってきたのでした。
ですから、尽くした善は、失うことはないのです。
十尽くせば、十の相対が現れ、
千尽くせば、千に相対する人が入ってくるのです。

ですから、お父様の業績や過去にあったことを見るときに、
平面的に物事をとらえると、お父様を理解することが
できないということが分かるのです。

お父様が私たちに、絶対信仰、絶対愛、絶対服従を
主張される理由は、どこにあるのでしょうか? 
お父様が私たちに絶対信仰、絶対愛、絶対服従しておられるから、
そのように言われるのです。

お父様がそのようにされずに、
私たちだけに絶対信仰などを要求されるとするならば、
お父様は真のお父様とはいえません。

私たちが、たとえお父様を裏切ったとしても、
お父様は私たちを絶対信仰、絶対愛、絶対服従
していかれるということです。
人間始祖は神様に対し、
絶対信仰、絶対愛、絶対服従することができませんでした。

しかし、神様は唯一、永遠、不変の絶対者ですから、
人間に対して、絶対信仰、絶対愛、絶対服従してこられたのです。
ですから、人間の救いが可能なのです。
そのような基準を神様が立ててこられたことを、
お父様はご存じでいらっしゃるのです。

それで、お父様は神様に対して、
絶対信仰、絶対愛、絶対服従されたように、
私たちにも絶対信仰、絶対愛、絶対服従しておられるのです。



金元弼先生は、1928年平壌でお生まれになりました。
1946年、18歳のときに統一教会に入教されました。
お父様が北朝鮮におられるときに導かれた
数少ない中のお一人です。

真のお父様が食口一人ひとりに対して、
絶対信仰、絶対愛、絶対服従の基準で接してくださった
ということが、この証しによく表れていますが、
それは、神様が人間に対して、
絶対信仰、絶対愛、絶対服従してこられた、
それをお父様が実感しておられたからだと思うのです。

興南解放のとき、実家に戻ることなく
平壌の食口を訪ねていかれたのも、
すべてが自分の責任として、神様が人間にされるごとく
絶対愛で接してくださったのでしょう。

興南に入られたこと自体も
ご自身の責任でないにも関わらず、
「自らの責任」として、受け止めていかれた
真のお父様でした。

私たちも神様が、そしてお父様ご自身が
私自身に対して、絶対信仰、絶対愛、絶対服従で接し、
見つめておられることをもっと意識して
相続できる者になっていきたいと思います。



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