2015年04月14日

北では原理を語らなかった、お父様?! 〔“全て成した”と語られた理由 2〕



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お父様は1953年7月20日から
原理に対するみ言を語り始められました。
それではお父様はなぜ1953年に
原理宣布を始められたのでしょうか?



金榮輝先生の特別集会のみ言
第2回目です。

興南解放のあと、南下され、
お父様が原理原本を執筆されたことについてです。


釜山に到着してまず最初に実行されたことは
原理原本を執筆することでした
1951年5月11日から1952年5月10日まで
お父様がこのように1年間原理原本を書かれました
金元弼先生に聞いた話によると
お父様が北朝鮮におられた時
食口たちに原理について一言も
話されなかったそうです

北朝鮮の食口たちに毎日語られ、
多くのことを教えられましたが
時が至らなかったために
原理の内容を一言も語られませんでした。

お父様が興南収容所から釈放された後
平壌にいる全ての食口たちを訪問され
彼らと共に韓国に下ろうと提案されました。
けれども誰もお父様について行こうとしませんでした。

後でその方々に直接聞いてみると
万が一その当時に北朝鮮で原理について
学んでいたならば、お父様を拒否することは
なかっただろうと言いました。
かえってお父様にしたがって行ったでしょう。
彼らが言った話です
それゆえ彼らが立っていた立場と
現在の私たちの立場は完全に違います


お父様は1953年7月20日から
原理に対するみ言を語り始められました。

姜賢實女史に開拓伝道の使命を与えられ
大邱に送りました。

それではお父様はなぜ1953年に原理宣布を始められたのでしょうか?
お父様は1953年に何歳だったでしょうか?
正確に33歳でした。
イエス様が33歳にこの世を発たれました。

お父様が正確にイエス様のその年に合わせて
使命を引き継いで行かれたのです。
お父様は何かをされる時にも
何の計画もなしに無造作に行ったりはされません。
必ず正確なプログラムに従って
全てのことを行われるのです。


お父様は北朝鮮で
原理を語られずに伝道されました。

特に私たちが知っているのは、
興南において、み言をまったく語らずに
12名の弟子を立てられたということです。
精誠を捧げ、霊界を動員し、
先祖が導いたというのです。

33歳になるときまでは
原理を語られなかったお父様。
どれだけイエス様を愛し、
イエス様の土台で、ご自身が立っているということを
何よりも自覚されておられたのだと思います。

「正確なプログラムに従って
全てのことを行われ」た真のお父様。
霊界においても、そのようなプログラムの中で、
お母様を指導されながら、
摂理を進めておられるに違いないのです。

不定期に続きます。

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