2015年05月04日

神様に通じる心情とは?! お父様の好物とは? 〈周藤先生の焼き栗の証し〉



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☆本郷苑にて欧州巡回出発の報告 4.28☆


昨日、森山先生の証しを紹介しました。
森山先生といえば、霊的、心情的なお話で
どれだけの人が感銘を受けたでしょうか。
きっと、お父様の元で、ますますご活躍されることでしょう。

さて、真のお父様は何よりも霊的に敏感であり、
さらには心情的な方であられます。
見えない霊的な存在であり、愛と心情の基である神様に
誰より通じ、似ておられるからかもしれません。

今日は、そんな真のお父様の霊的・心情的世界を
体験されたという、周藤健先生がお若いころの
「焼き栗の証し」を紹介します。


周藤先生は真の父母様と韓国の先生方と共に、
あるレストラン行かれました。

その時、周藤先生は入口で焼き栗を一袋買いました。
中に入ってお父様に差し上げました。
するとお父様はその栗をみんなにお配りになり、
周藤先生にも一つ下さいました。

しかし、その焼き栗は全然美味しくありません。
ほかの人も変な顔をしていました。
ところがお父様は一人「美味しい、美味しい」
と言って食べておられるのです。

そして食べ終わると、「もう一袋買って来い」
と言われたのです。
周藤先生が買って来ると、
また美味しそうに食べられたのです。

周藤先生は「どうしてそんなに美味しくない栗が
お父様には、美味しいのだろう。
『また買ってこい』と言うほどに……」と思いました。

しかしその瞬間にハッと感じたのです。
「先生は栗を食べていらっしゃるのではなかったのだ、
その時に私が捧げた心情を食べてくださっていたのだ、
そして私の心情を味わっていらっしゃるのだ」と。



お袋の味といわれますが、幼い頃に
家族で食卓を囲みながら、食べた記憶というのが
おいしいという味覚に結びつくのだといいます。
その時に感じた安心感や、愛情を一緒に食べたからこそ、
お袋の味は、究極的な御馳走になるのでしょう。

さて、お父様の心情的、霊的感性の鋭さは
本当に「神様のごとく」です。

周藤先生の心情を見抜いて、
お父様の真心を受け取ったがゆえに
実際には美味しくない焼き栗だったのに、
霊的には美味しかったのでしょう。

空間的な距離ではなく、
心情の距離が、お父様との距離なのです。

霊界におられるお父様ではありますが、
私の心情を見つめておられる
真のお父様であるということを
改めて知らないといけないし、
心情の世界をご存知であるお父様に
感謝していきたいと思います。


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posted by ten1ko2 at 15:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 私と御父母様 ・信仰の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする