2015年07月13日

小さな巨人?! 小さな日本統一教会が、大木になる日が来る! 《周藤先生の証し》



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ここには本当の生命がある。
今は小さくとも
生命があれば必ず大きくなる。
この生命が
今にすべてを乗り越えて昇華して、
いずれもっと大木になる



つい引き込まれてしまう
周藤先生が入教された頃の証し、続編です。

無神論者だった周藤先生がクリスチャンとなり、
路傍演説していた長谷川ママの情熱に打たれ教会を訪ね、
松本ママから講義を受け、
再臨を知ったところまでの証しを、以前紹介しました。

再臨のメシヤが来られていると知って
嬉しくて月夜の晩、涙を流しながら帰ったこと、
ここに最終的な解決の道があり、何をおいてもこの道を行くと
決意したという証しでした。
その後のエピソードです。


その後、伝道のために京都に出かけている女性が
大阪に戻ってきました。
その時、松本ママに聞けない質問をしてみました。

「松本ママの話されている内容は、
再臨のことですよね?」
「そうです」
「その方は、どなたですか?」
すると彼女はすぐさま答えました。
「そんなこと言えません」
ビシッと切られてしまいました。
実は、その女性がのちほど、私の妻になりました(笑)


そのあと、東京に行きました。
杉並区馬橋(現:高円寺北)の寮に行き、
西川先生の講義を聞きました。
本当に素晴らしかったです。

「この人が再臨主なのかな?
いやそこまでの人ではないかな。。。」
そして、西川先生に再臨主を証されたのです。

講義を聴いたあと、涙の日々でした。
そして、大阪に帰り、決断したのです。
学校を辞め、生徒と別れて、献身の道へ行きました。


私はそのあと、講義をさせていただくことになりました。
と言っても、松本ママから聞いた原理と
西川先生から聞いた原理、これしかありません。
当時出ていた原理解説がとても平凡なものに思えてきました。
もちろん原理講論も発刊されていません。

講義をするうちに、自信がなくなってきました。
こんな講義で、神学者や科学者を説得できるのだろうか。
本当に悩んだ期間がありました。
こんな講義では、無理じゃないか、限界を感じていました。


そういう時、感銘して立ち直ったことがありました。

当時、開拓伝道が始まって先輩たちがいろいろの場所に出かけました。
その開拓地にスピーカーを買ってあげなければならない
という話になった時のことです。

その話の場には婦人が二、三人と、中学二・三年になる男の子がいました。
婦人たちは今持って来たお金を全部出しました。
男の子は三千円ほど持っていたのです。
それはきっと一生懸命に貯めたお金にちがいないのです。
それを全部出しました。

しかしそれに対して西川先生は“ありがとう”とも何とも言わないのです。
ただ一言「じゃあ、これでできるかな」と言っただけでした。
“ありがとう”の一言も言われなくても、その人たちは何とも思わないのです。

私はそれを見てまた素晴らしいと思いました。
それは『自分のためにやっているのではなく、天のためにやっているのだ』
だから西川先生個人としてはお礼を言うこともないし、
またそれを言われなくても何とも思わないのです。
この姿を見て、私は『ここは普通とは違うのだ』と思いました。

『ここには本当の生命がある。
今は小さくとも生命があれば必ず大きくなる。
既成宗教は大きくとも生命がない。
この生命が今にすべてを乗り越えて昇華して、
大木をも昇華して、いずれもっと大木になる』
ということを感じましたが、
そのことは間違いではなかったと、今でも思います。

時は移り、人は変わったけれど、
天のためにすべてを捧げて生きること、
己のことを顧みないで生きること、
そういうものが世界を貫く時に理想が達成されるということが、
二十年経った今、やはり正しかったのだということを感じます。



周藤先生が来られてから、55年くらい経っていると思います。
ほんのわずかなメンバーが
開拓伝道に行っては、基盤を作っている
そんな時期でした。

上の証しに出てきた中学生の親が、その後、
世田谷区北沢にある立体文化センターの土地を
貸してくださったそうです。

周藤先生は、初代キリスト教会のような、
無私の精神でために生きる心情で
生活をしている食口の姿に感動し、
講義に対しても、投入していかれました。
その後に、講義をされたのが、
久保木先生でした。

『私のような幼稚な原理講義に対しても、
驚くほどの純粋な心で受け止めていかれました。
久保木先生は立正佼成会で高い地位におられましたが、
幼子のようにほとんどすべてを受け入れたのです』


周藤先生は、そのように証しされています。

実際は、講義のベースが乏しいものだったかも知れませんが、
何よりも、周藤先生の熱い命の講義があって、
そのことで、久保木会長が活かされていったのだと思います。

そこから、立正佼成会の中心的立場の方などが、
周藤先生の講義を通して、教会に導かれていきました。

周藤先生の精神を相続して、
み言を語る者になっていきたいと思います。




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周藤先生の証しはこちらの記事をどうぞ 
 善進様の聞かれた周藤先生の入教の証しとは?! 旧・新・成約、3段階の摂理で導かれる!
 (草創期の証し)はじめての「路傍演説!」 〜周藤先生の場合?!
 無神論者が、神様を信じるまで?! 《周藤先生の証し》
 再臨の香りのする不思議な教会! 周藤先生がこの道に来た理由(わけ)?!
 イースターにイエス様から啓示! その時、何語で話したか?! 《周藤先生の証し》




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2015年07月12日

2世は未来の宝?! 責任ある真のコミュニケーションを!! 《真のお母様のみ言 7.9》



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このように行きましょう。
一つとなって行こう。




週刊ブリーフィング最新号に
真のお母様が語られたみ言が紹介されていました。
指導者特別集会でのみ言
2015年7月9日 天正宮博物館


今この時代は、コミュニケーションが切実に必要です。
コミュニケーション。
責任ある本当のコミュニケーション。
私がいつも強調することは、「一つになろう」ということです。 
一つの世界へ向かう道に障害物があるなら、
コミュニケーションを通して真実を明かさなければなりません。

私たちの行く道は決まっています。
目標がはっきりしています。
父母様を中心に侍り、摂理歴史にただ同参し
従って行くだけでいいのですが、
外の世界を見てみると、互いに、
「我が国が最高だ。我が国を中心として、
世界が一つになるべきだ。」と言い張っています。
ますます一つになるのが大変な世の中になってきています。

しかし、天が生きておられる限り、
堕落世界の意のままにはなりません。
今日のすべての人類と国々が
この新しい時代を痛感しています。
なぜ現実的に世界では予測だにし得なかった、
かんばしくない事柄が起こっているのでしょうか。

韓国だけで見ても、病を患っています。
気候の温暖化、今季節的に梅雨になり、
雨がたくさん降るべき時なのに、干ばつがひどいでしょう?
そして、ギリシャは生きるか死ぬかの状況です。
世界中が不安の渦中にいます。

本心が願うものを悟らせて、
明らかにしてあげなければなりません。
私たちが世界の至る所、暗闇の中でも光を照らし、
彼らに、すべての問題を解決することができる
父母が来られたのだと知らせるべきでしょう?
この知らせるということが、正しいコミュニケーションです。

み旨を共にした人々がより大きく疎通して一つになっていけば、
父母様が願われ、天の父母様が望んでおられる一つの世界、
地上天国、天上天国が実現されるでしょう?
私たちの手によって作ることができるでしょう?

ところが残念ながら、(皆さんは)まずみ旨を知り、
祝福を受け、最善を尽くしたと言いますが、
天の前では常に不足であるという姿勢、
責任を果たせなかった、自分を低くする立場に
立てて生きる人が正常な人なのです。

しかし、人間の欲望通りに振舞えば、多くの問題が生まれます。
この新しい時代、天一国を開いていくこの時において、
1世と2世が互いに美しく疎通する必要があるでしょう?
一つになるべきでしょう?

ここに2世圏が何人出席したのか分かりませんが、
2世だけでは、今後の未来があるとは言えません。
まだ世の中には、70億の人類、1世圏がいます。
彼らをすべて私たちが消化し、抱くまでは、
準備と実力が必要ですが、
わずかな数をもって大きな効果を得るには、
一つにならなければなりません。

個々人にどれほど能力があるかは分かりませんが、
限界があります。
全知全能の天の父母様についていける
一人の人間がいますか?ましてや堕落した世界に。
統一家の祝福家庭においても同様です。
自分が正しく、自分が真実であり、
自分が完璧だと思っている人がいますか?
皆不足している者たちです。

大きく言えば、どの機関、団体、教会においても、
独断主義はあり得ません。
お互いにコミュニケーションし、
和合して一つになった立場では大きく発展しますが、
そう出来ず、どこか一箇所でも詰まっていれば
会話が成り立ちませんね?
会話は両者が自らをオープンにしなければなりません。

1世の兄・姉の立場にいる人々が広い心で、
可能性のある人材を立てて育てなければなりません。
一朝一夕にして牧会者は育たないのです。
私たちには時間が必要です。
この時間が必要な時間に。
一箇所に没入することも大変なのに、
良し悪しを判断することがあってはならないのです。

今、私たちがしようとすることは歴史的です。
一度しかないことです。
「ここに参加して仕事をした」
それでも皆さんは私に会えたので幸運な人たちです。
世界中の人々が皆そうです。
私の話だけ聞きたがります。
今現在お母様がどのようなお姿で、お母様が何をされ、
何を好まれているかが関心事です。

しかし、私は皆さんを認めてあげて、
「このように行きましょう。一つとなって行こう。」 
私の欲だけはないでしょう?
皆さんをすべて一緒に私が連れて行こうということでしょう? 
このようにありがたく感謝すべき事があるでしょうか?

考えてみてください。
キリスト教二千年の歴史は、本当に血の滲むような悪循環に、
何かがなかったため、そのような環境の中でも、
それでも2千年というキリスト教文化圏を引っ張って来ました。
ところが、そこには、心と体の統一はなされず、
司祭と信徒と国の為政者と一体となれなかった(のです。)
(その)状態でも、それなりの文化を成し遂げてきました。

そうであるなら、我々は、この時点において、
国もなく備えられたものがないとしても、
一つになって、ある目標が立てられたならば、
それに向けて、私たちが最善を尽くして行く時、
後代の人々が私たちをどのように評価するでしょうか?

老若男女を問わず、すべての子供たちから同参する文化、
訳もなく考えただけでも嬉しく、
父母様を考えると嬉しくて、朝起きて服を着る時、
「ああ父母様、私がこの服を着たら、
お父様が私を見た時にどのような表情を浮かべられるだろう?」
24時間父母様。
これが私たち特有の心情文化でしょう?
そうでしょう?

生きている真の愛があふれる、真の愛の前には、
欠点もかばってあげることができるでしょう?
私はすべての面で門を開いたと言いました。
私以外には誰もできないことです。
そして、私たちが助けるべき
2世・3世圏の子女たちがどれだけ多いでしょうか?
私たちの未来の希望です。

このような子女たちを教育して、
世界のトップとして育てなければなりません。
指導者として成長させなければなりません。
これがどれだけ重要なことか分かりません。
ここに力点を置きます。
分かりましたか?




先日の研修会において
本部の講師は、「今の時代は、疎通と共有が必要です」
そのように語られていました。

疎通=ふさがっているものが通じること。
   筋道がよく通ること。
やはり、一つになることを天が願われています。

事情と目的と心情を一つにすること。
英語では「コミットメント」というそうです。

「真のお父様は、今静かだと思いませんか。
地上であれだけ激しかったのに、
霊界に行かれて、何かおとなしいな・・・と。
違います。
霊界が総動員できるように
今、霊界を整えているのです」
そのようにも語られていました。

『一つになる』
霊界が働くことができるよう、
協助を頂くことができるように、
もう一度、心して生活したいと思います。


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2015年07月11日

(証し) 「文先生は年を取られた」と、再復帰!! 出会ったその場で見せる、タブレットで直接伝道!  



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この道は涙の道です。
泣いても泣いても
止めることができない涙の場です。

これが、心情にわき上がるようになる時、
神様は六千年の悲しみを
私たちに相続させることができるのです。



先日のセミナーで、タブレット端末を使っての伝道について
紹介がありました。
路傍で、訪問先で、御父母様のお姿や、
統一教会の紹介、選りすぐりの講師のみ言を
ビジュアルに訴えて見せることができる時となりました。

全国では先駆けて導入して
成果を上げているところがあります。
他教会の伝道の証しです。
一部編集しています。


私は、CIG復興団に入団してから2年と7ヶ月になりますが、
昨年秋から、タブレット端末を持って伝道活動が始まりました。

今までは、出会いがあっても教会に戻って中心に報告したり、
どの映像を視聴してもらうか決めたり、
いつ再訪するかなど時間がかかっていましたが、
タブレット端末を使用することによって、
その場ですぐに、対象者に合ったものを選んで、
視聴してもらうことができるので、とてもスムーズに、
且つスピードがあがってきたと思います。

そして最初はぎこちなかったのですが、原理を語り続けていった事で、
自分自身も原理理解が深まり、自己伝道の意味がわかるようになりました。

その中で、今年1月にある女性に出会いました。
実は、その方は36年前に別の場所で復帰されていた方でした。
出会った時、自叙伝を持っておられ、深く読み込んだ跡や
お父様の聖和の新聞の切り抜きを持っておられました。

タブレットを見られたとき「文先生は年を取られた・・・」と言われ、
とても寂しく申し訳なさそうにつぶやいておられました。

その後、書写を始めることになりました。
教会に来る事は、まだ躊躇いがあるように感じましたが、
通い続けることで、書写会も参加されるようになり、
今では書写を通じて生活や行動が変わった事を実感されておられます。

ある日、「まだ話していない事がある」と切り出されました。
実は、今まで各地を転々としながら三度伝道されていた事がわかりました。
二度目のとき、別の教会で活動中に車で事故に遭いました。
その身辺整理をどうする事も出来ず、
逃げるようにして教会から離れてしまった事をとても後悔しておられました。
また、迷惑をかけた兄弟に返済したいと、
事情を書いた手紙とお金を添えて本部に送りました。
本部でも兄弟を探して下さったようですが、
その方の名前は登録がないという事で、お金は送り返されました。

過去のことを告白をした事で心が軽くなられたようで
「そのお金は、自分では使えないので、教会に献金したい」と言われました。
教会長が奉献式をしてくださると、
新しい出発が出来た事をとても喜ばれておられました。

私にとって、この方は初めての霊の子です。
私自身も再復帰の経験があり、話を聞きながら
自分と重なるところが色々ありました。
神様も真の父母様も愛していながら、
それでも離れてしまった後ろめたさや申し訳ない気持ちがあって、
教会に戻るのは本当に簡単ではありません。
私は教会に戻る決心をした時に「神様が待っていたよ」
と霊の親から言われた一言で、
本当に悔い改めと感謝の気持ちで再出発することができました。

今回の出会いを通して、その当時の情景と心情を思いながら
「神様が待っておられました」と本当に感じ伝えることができました。
今は、礼拝と書写会に継続して参加され、
週一度、原理を学びに通って来られています。Sさんは独身なので、
これから祝福に向かって教育も進めて行きたいと思います。
全てが神様の導きであり、神様から預かった命だと思って感謝しています。



おそらく、訪問で歩まれていると思うのですが、
二度も教会にこられたことがある、
そのような方と出会うことが出来たというのは
精誠の賜物であると感じます。

また、ペアの方との一体化、
中心の方との一体化が勝利の秘訣だと思います。

再復帰は簡単ではない、というのは実感する事実でしょう。
ご父母様を思いながらも、教会に来ることのできない
そんな人たちがどれだけ多くいることでしょうか。
その人たちに再び来てほしい、それは神様の切実な願いです。


私たちの教会でも、昔教会に来て、その後お休みし、
もう一度学びにこられている方が複数おられます。

今は堂々と統一教会を証し、ご父母様を証す時。
やはり、ノボリの効果は大きいと思います。
堂々と掲げているノボリのお写真を見て、
教会に来るきっかけを持たれた方も少なくありません。

私たちの教会が元気に活動していること、
どこに教会があるのか、地元の人たちに知らせる機会は
路傍伝道が最適であると思います。
訪問伝道でもそういう人を
一本釣りすることはできますが、
一般に知らせることには、なかなかつながりません。

そんな中、再復帰ではありませんが、
教会で幹部をされた方(故人)のごきょうだいが
教会に来ておられます。

ノボリを見ておられたので、うちのCIGメンバーが声をかけ、
「統一教会ご存知ですか?」と聞くと、
「よく知ってるよ。うちの兄弟がやってたから」
み言はほとんど聞いていなかったので、
教会長から講義を受けると感動されていました。

一つ一つの歩みが訓練であり、
神氏族メシヤに通じる道であると感じます。
これからも頑張ります。


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「万物の日」献貢式
(一九六三・七・二六〔陰暦六・六〕前本部教会)

 きょう献貢日を迎え、皆さんが参加したこの場を考えてみる時、この道は涙の道です。この場は涙の場であるのです。泣いても泣いても止めることができない涙の場であり、痛哭しても、どのようにも形容できない、何をもってしても止めることのできない場です。

 これが、皆さん全体の中心心情としてわき上がるようになる時、神様はここで初めて六千年の悲しみを私たちに相続させることができるのです。

 では、この場はどのような場でしょうか。神様の悲しみのすべてを厳粛なものとして相続した場です。それを相続し、父が立てようとされた本然の父母と本然の子女と本然の万物を私たちの世界に、万宇宙の上に、父の喜びとして復帰できる、このような基盤を築くという信念が皆さん自身になくてはなりません。それでこそ、ここに参加できる資格者となるということを忘れてはなりません。悲しい歴史の天の曲折を忘れてはならないということを、皆さんは再三、肝に銘じなくてはなりません。

 ここに来られた真の父母と皆さんが一つとなり、神様を安息させなければなりません。そして、皆さんは来られた真の父母を安息させるべき責任があるということを知らなければなりません。このようになる時初めて、善なる神様が国王として君臨されるのです。そのお方が私たちの父として君臨される時、善の天国が初めて地上に再現されるというのです。

真の御父母様の生涯路程 より


※ このブログは、
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教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
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