2015年08月19日

故郷の墓前、涙をこの地にこぼしてはならない?! 「南北統一」は悲願!! 《お父様のみ言》



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母親として
私の事を不孝だと思わずに、
勝利の日を待っていてください。




先日、文妍雅様の証しを書きましたが、
教会長が、もう一つ語られていたことがありました。
それは、『真のお母様は、南北統一を
本当に真剣に取り組んでおられる』
ということでした。

お父様を慕い求めていながらも、
そのことを真剣に考えている人は、あまりいないでしょう。
でも、お母様はお父様の心情を良くご存知なのです。

北朝鮮を訪問された際、
生き別れたままだったご両親の墓前で
どのような心情で、祈祷を捧げられたお父様だったでしょうか。
それに関するみ言を紹介します。


「昨年、亡くなった母の墓前に立った時、
私は涙の吹き出すのを耐えたのです。
サタン世界において涙を見せる事はできないのです。
私は耐える事には慣れています。
訓練されています。
私は南北統一を成して『お母さん!』と言って、
面会しながら痛哭できるその日を待ち焦がれている男なのです。
これを成す前には死ぬ事はできません」
(1993.1.1)


「自分の親を目の前で追い出した事が先生は忘れられません。
北韓に行った時、息子を訪ねて痛哭しながらさまよった
その母親の墓の前で涙を流してはいけませんでした。

『お母さん、私が国を取り戻してから来て仕える事に決心しました。
その時来てお母さんに仕えます』と言いました。

多くの共産党の人たちが見る前で涙を流してはいけないのです。
姉、妹は痛哭しましたが、胸が引き裂かれても
我慢しなければなりませんでした。
あのような悲しみを抱いて、
あのような決意の行路を経てここまで来たのです」
(1994.11.3)


「悲惨な私の祈祷を、今回、北韓に行って父母の墓前でしました。
姉と妹が痛哭するのです。
『母親が恋しがっていた息子の何某が帰ってきた』と痛哭していますが、
そこにおいて息子の立場で、兄弟の立場で涙を流していいでしょうか? 
はらわたがよじれなければなりません。
しかし、涙を流してはならないのです。

私が果たすべき責任があり、その責任を果たすために来たのです。
その使命を完遂する前には、涙をこの地に流してはならないのです。

『そうしなければ、異国の地で死んで哀魂を残した
すべての霊たちの解放ができません。
私が解放され、ここに来て宴を開くとき、
その哀魂たちまでも解放しようと思うので、
母親として私の事を不孝だと思わずに、勝利の日を待っていてください』
と言ったのです。
ですから、解放を急いでいるのです」
(1997.1.2)



1991年12月、お父様は電撃的な北朝鮮訪問を成されました。
その時、ご両親の墓参りをする手はずが整えられました。
ご存知の方も多いと思いますが、とても綺麗で新しいお墓でしたから、
北朝鮮がこの時のために作ったのではないだろうか・・・
そんな雰囲気でした。

お姉さん・妹さんは号泣しました。
その時、お父様も泣きたかったに違いないのですが、
涙を見せることはありませんでした。

ここからは、推測ですが、真のお母様の前では、
ご心情を吐露されたに違いありません。
もしかしたら、寝室で号泣されたかも知れません。

自分の子供の前では、親としての全てを表わすことがないかも知れません。
しかし、お父様とお母様は50年間ともに生活されたのです。
同じ部屋、同じ寝室で、夜もずっとご一緒でした。
その時、子女様の前で話さないようなことを
お二人で話したことがなかったでしょうか。。。
きっとあったに違いないのです。

お父様とお母様の姿を見ていると、
アブラハムと妻サラの姿と重なります。
息子のイサクを献祭せざるを得ない時、
その思いを共有した二人でした。
その深刻な思いは二人にしかわかりません。

お父様とお母様にしかわからない世界があるのだと思います。
ですから、南北統一に対しても、
お父様の切実な思いを一番ご存知なのが、
真のお母様ですから、
現実的には本当に難しい問題かも知れませんが、
あえて、その問題を解決されるために
投入して歩まれる真のお母様であると感じるのです。。。



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2015年08月18日

最後の晩餐と、「最後の祈祷」にまつわるエピソード! 《真のお母様のみ言》



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オンマ、ありがとう!
オンマ、よろしくたのむ!




お父様の聖和3周年まで、もう2週間をきってしまいました。
悔いのない歩みをしたいと思いつつも、
本心基準で自分を見つめると、
足りない姿であり、頭を上げることができません。

そんな中、今日紹介する真のお母様のみ言に、再びあいました。
お父様が最期を迎えられる前の様子──
最後の祈祷をされた頃の様子を話されています。
2012年9月23日に、お母様が語られたみ言です。



退院されて天正宮に1日中いらっしゃった時、
お父様は周囲の補佐官に
「私は今日、オンマと一緒に向かい合って食事をしたい」
とおっしゃいました。
いつも私は横に座って一緒に食事をするのですが、
その日だけは「向き合ってオンマの顔を見ながら食事がしたい」
と言われて、そのように食事の席を準備いたしました。

そこでお父様はお食事を召し上がらずに、
私の顔をじーっと見つめられました。
おそらくお父様の心の中に
私の顔を刻み込んでおられるようでした。
私は心の中で涙が溢れてきましたが、笑みを浮かべつつ、
「これも、あれも美味しいですよ」とお勧めいたしました。

そのような時間を過ごすようになり、
私はもっと深刻になりました。
それで出来ることならば
安静を保つようにして頂きたかったのです。
けれどもしきりに天正宮のあちらこちらを回られると
言われながら、補佐官たちに慌ただしく催促されました。



8月13日は太陽の日差しが非常に強かったのです。
にもかかわらずその痛いほどの日差しを受けられながらも、
一抱えではきかないほどの大きな酸素ボンベを持って
回らなければならない立場であることをご存知でありながら、
しきりに見て回るとおっしゃったのです。
天正宮を一回りし、山の麓の清心中高等学校と公園を回り、
清心ワールドセンターと修錬苑まで
ずっと回って来られました。

そして天正宮の居間で録音機を持って来いと命じられました。
お父様は録音機を直接手に持たれながら、
10分ほど深く考えられた後にみ言(祈祷)を録音されました。

皆さんも録音を通じ肉声を直接聞いてご存知のように、
お父様はその日、天正宮の居間において、
また奥の居間と清心病院に向かわれた時にも、
このように3回ずつ同じように
「全て成した! 全て成した!」と語られながら、
「全てのものを天の前にお返しする」
と激しく呼吸をされながら祈祷されました。
「完成 完結 完了された」と強調されました。

そして私の手を掴み、
「オンマ、ありがとう! オンマ、よろしくたのむ!」
とも語られました。

このようにされたのは何を意味するのでしょうか?
時々み言の中で
「私は行く時になった。私が行く時を知っている」
など、このようなみ言を数多く語られたのですが、
最後にそのような準備をされた期間であったことは
間違いありませんでした。



これはお父様が発たれる前のひとつの逸話ですけれども、
実際にはそれよりも多くの内容をお父様と共にした日々でした。

お食事をされる時も私と並んで座りながら
召し上がって頂く立場でしたが、私を意識されて
片方の手で私の手を必ず掴んで召し上がっておられました。

そのようなことを思う度に、そのようなお父様を
もっと安楽にして差し上げることが出来ないまま
お送りしてしまったことが、とても申し訳なくて心が痛みます。

少し休んで下さいとお勧めすると
「オンマの膝で横になりたい」と言われながら
うたた寝をされたりもしました。
健康であられた時は一度もされなかったそのような行動を、
近頃はたくさんされました。

一生涯を通じて誰よりも強く生きて来られたお父様でしたが、
お体が大変になられてからは
子供がお母さんを必要として頼って来るように、
いつも私のそばに近くでいたいと言われました。



こんなみ言を掲載するのも、
霊界に知らされた、と感じます。。。

ちょうど3年前の記事には、
こんなことを書いていました。

   文先生のために わが教会の祈祷会

お父様が緊急入院された、という情報が入り、
みんなで祈祷会を持ちました。

当時は、回復されているような噂も流れてきて、
また、私たちも「不死身のお父様」と信じていたので、
聖和されるなど、到底考えもしなかったのでした。

しかし、お母様はみ言を拝読する限りでは、
すでに覚悟しておられたのだな、と感じます。

お母様の覚悟はただならないものです。
そんなお母様を今こそ、お支えすることが
お父様の願いでもあると感じるのです。





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posted by ten1ko2 at 08:36 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月17日

《文妍娥様》 真の父母の心情が本当にわかったのは、お父様の聖和後?! 



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真の父母様を「知れば」、
「信じる」必要がありません。

文妍娥様



孝進様の奥様、文妍娥(ムン ヨナ)様が、来日中です。
一昨日は新宿教会で、昨日の一勝日には
お孫様(孝進様のお子様)が参加された
成和ミュージックフェスティバルでみ言を語られました。

教会長がおととい(8/15)、国際祝福家庭の集会に参加されました。
昨日の礼拝のみ言で感想を話されていました。
印象に残っているところを少し編集して紹介します。


今回の集会の意義は、二つあると思います。
一つは、文妍娥様が、真のお母様の代身としてこられたということ。
もう一つは、ご長男の嫁として、真の家庭の代表として、
心情圏を連結させてくださったということです。

妍娥様が、孝進様と生活された期間は、
わずか9年間だったそうです。
その後お父様が聖和されるまで侍る生活をされました。
また、今も真のご家庭の一員として
お母様に間近に侍られています。

でも、10数年、目の前で侍ったにも関わらず、
父母様の全てがわかったわけではないと言います。
むしろ、その心情の世界がわかったのは、
お父様が聖和されたあとだったということです。

特にお父様の心情がわかるようになったのは、
お父様のみ言の訓読を通してだといいます。

お父様がいつどこで、どんな心情で語られたのか、
そのことを思いながら訓読すると
もっとお父様の心情に通じるというのです。

また孝進様が、妍娥様に対して、
語られたことがあったといいます。
それは、「自分の不足さを
自覚しなければならないよ」という言葉でした。

どんなに実績をあげたとしても、
それは、私の努力、私の勝利ではなく、
真の父母様ゆえに勝利であるということ、
そのことを自覚しないといけないのだと思います。



「私は妍娥様のハンドバッグを持ちたくないんです。
なぜかわかりますか。
お父様のみ言がたくさん入っていて重たいんです(笑)」

これは、李海玉サモニムの言葉です。

妍娥様は、いつでもどこでも
み言を常に訓読されておられるといいます。
朝の訓読の時間だけでなく、
お父様の心情を求めつつ、そのような生活を実践しておられます。

昨日、アメリカ在住の方と話したのですが、
こんなことを言っていました。

「イーストガーデンでお父様に侍りながら
食事を作っている姉妹がいました。
目の前でお父様はみ言を語っているのに、
食事を作るのが責任分担なので、
み言を聞くことができません。
そして、あとでファミリーに掲載されているみ言を見て、
『あぁ、あの時、こんな重要なみ言を語っていたんだ』
そのように気づくというんです」

なるほどな、と思いました。

そういう意味では、お父様に目の前で侍るという恩恵を
妍娥様は、たくさん受けていたと思うのですが、
それ以上に重要なのが、お父様のみ言に侍ることなのです。

すでに、霊界におられるお父様ではありますが、
お父様の心情に何よりも触れることができるのが、
訓読をする時間であることを思えば、
お父様がみ言を残してくださったことを感謝しつつ、
さらに精誠を込めて、訓読を捧げていきたいと思います。


ちなみに、平和を愛する天国人さんも参加されていたようです。
み言はもっと詳しく掲載されていますので、
↓ぜひ、読んでみてください。
http://true-love-family.at.webry.info/201508/article_16.html


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