2015年08月14日

自分中心に神様を見るのか、神を中心として見るのか?!



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昨日は、昔、お世話になった学生部の先輩と
授受する時間を持ったのですが、
当時は、本当にみ旨に投入した、兄弟姉妹たちが
ほとんど、今、いなくなっているのでした。。。
心情の世界というのは、本当に変化してしまうのだと感じます。

極端な話が「拉致監禁」です。
神様・父母様に絶対的な忠誠を誓ってみ旨を歩んでいたにも関わらず、
両親の説得と、反対牧師の偽りの情報によって、
神様・父母様と決別し、統一教会を離れていくのです。
神様・父母様から見れば、本当に悲しいことです。

教会長が先日み言で語られていましたが、
自分の観点から神様を見るのか、
神様の観点から自分を見るのか、
今、その分岐点である、ということなのです。

かつても、掲載したことがありましたが、
お父様のみ言を二つ紹介します。


私が死んでも(お母様には)統一教会を
導くことができる能力もあるので、
お母様が説教する時が来るのです。
そのような時は、
(お母様に)絶対服従しなくてはなりません。

一度決心すれば、最後まで自分一代でこの複雑な恨の峠を
すべて清算するという決心が、
私(お父様)よりも、お母様がもっと強いのです。

(お母様は)すべて掃除することができる主人になったので、
先生よりもお母様をもっと重要視することができる
統一教会の食口になれば福を受けるのです。

 (『真の御父母様の生涯路程I』351〜352頁)



お母様を中心として皆さんが
一体になっていかなければならない時が来ました。

もう先生がいなくても、
お母様が代わりにできる特権を許諾したというのです。

お父様がいない時は、
お母様のことを思わなければなりません。

そのように理解して、先生の代わりにお母様に侍る心を持ち、 
祈祷もそのようにするのです。

今までは先生を愛してきましたが、
これからはお母様を愛さなければなりません。

ここにおいて先生が「第一教主」であれば、
お母様は「第二教主」であると世界的に宣布し、
天地に宣布します。 

 
(文鮮明み言選集265−310、1994.11.27)



このお父様のみ言をどう解釈されるのでしょうか。。。

そして、今は、お母様と路線を離れておられる
真の御子女様ご自身もかつて、このようなみ言を語られました。


お母様はお父様と完全に一体になられているので、
お母様はお一人の身体ではなく、
神様と真のお父様が投影されて現れる真のお母様として、
三位一体の実体であられます。

お父様は、地上に実体としていらっしゃるお母様を通して
生きた役事を続けられることでしょう。


2012年9月17日(真のお父様の聖和式直後)
「基元節勝利のための統一教世界指導者特別集会」



今は、ご自身で祝福をされておられると聞いています。
しかし、『原理講論』 に次のような箇所があります。


父は一人でどうして子女を生むことができるだろうか。

堕落した子女を、善の子女として、
新たに生み直してくださるためには、
真の父と共に、真の母がいなければならない。

(264〜265頁)



ゆえに、父一人では「重生」できないのです。
真のお母様を否定すれば、
真のお父様の勝利圏をも否定することになるのです。

真の父母様を分けて考えること自体が非原理的なのです。
真のお母様を否定するならば、
真のお父様の勝利をも否定することになるのです。
真のお母様なしには祝福を通しての「重生」は不可能になるのです。

しかし、このことは無視されて、
お母様を否定し、ご自身の道を行かれているのです。

真のお母様のみ言です。


祝福を受けた皆さんも同じです。
脇道に行くなという話です。

それは真の子女を助けてあげる道ではありません。
そのことを皆さんは理解しなければなりません。
このようなことは、私が収拾します。
そして整理します。
私がいなくなった後代のことを考えて、
このようにせざるを得ません。

私たち(の行く道)は世の中とは違います。                  

もし、「少し助けてあげよう」と思うなら、
それ(支流)に対して揺らいではいけません。                            (むしろ支流の中心者を)助けてあげないことが
助けてあげることです。

皆さんは「蕩減」ということが分かっています。
蕩減なくして発展はありません。


7月23日「元老牧会者特別午餐会」(天正宮博物館)



私自身がわき道にそれて、支流に向かうなら、
支流が大きくなってしまいます。
そういう意味で、問題は「私」なのです。

聖和3周年まで、2週間を切りました。
今こそ、本流をしっかりと見つめながら、
歩む決意が必要です。

今日も、先日紹介した方は、路傍演説をしておられます。
昨日は、朝8時から、夜8時まで叫んでいたそうです。

かつて、万物復帰で、朝から夜まで歩んでいた
兄弟姉妹たちのことを思うと、
また、彼らは、いつまで歩むのか、
そんなこともいわれずに、ただ毎日毎日歩んでいたことを思うと、
夕方一度、歩むのを終えたのですが、
休憩しているときに、いても立ってもいられずに、
また、叫び始めたのだそうです。

そんな心情を携えて、「私」も
頑張っていかないといけないのではないでしょうか。。。


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posted by ten1ko2 at 10:45 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする