2015年09月24日

迷える羊たちよ、私たちは、十分に苦労したのか?! <真の母に関するお父様のみ言集!>



19moon_web_2236_s878x626.jpg


「日本は苦労したから、もう楽にしていい」
今、お母様を非難している一部の方たちは、
そのように言っているそうですが──



今日も真のお母様のことを書きたいと思います。

クリスチャンの知人がよくこんな話をします。

「私は、いろんなキリスト教会に行っていますが、
多くの教会の玄関には次のような聖句が掲げられています。

すべて重荷を負うて苦労している者は、
わたしのもとにきなさい。
あなたがたを休ませてあげよう。

(マタイによる福音書第11章28節)

でも、私は文字通り解釈しませんね。
やはり、イエス様の歩まれた道を少しでも行こうと思います」

そして、彼は、震災と津波で被害にあった福島で
ボランティア活動をしたり、
浮浪者の多い町の教会で炊き出しをしたり、
そのほか、いろいろと頑張っておられます。

ただ神様とイエス様の愛を受けることを求めるよりも
イエス様のように愛することを努力する・・・
そのような信仰は素晴らしいと思います。

聖句のように、私たちを慰労したい神様です。
そして、神の懐で休み元気を得たならば
いつまでも休んでいるのではなく、
神様の喜ぶことをしたい、ということになるでしょう。


「日本は苦労したから、もう楽にしていい」
今、お母様を非難している一部の方たちは、
そのように言っているそうです。

子どもは少しのことですぐに「足が痛い」とか言って甘えます。
でも、ちょっと休むと元気になります。
年を取ると、疲れを取るのに時間がかかるようです。
負傷したり健康を損ねたり、回復に個人差はあるでしょうが、
いつまでも、心は青年で、疲れ知らずでいきたいものです。。。

真の母として勝利しておられるお母様は、
勝利されているのに、最前線で歩まれています。

お母様は、韓国の大先輩である古参の食口たちや
日本やヨーロッパの草創期を歩んだ元老たちを
慰労すると同時に、奮励させておられました。

いつでも、私たちが勝利することが
私たちの幸せのためであると激励されるお母様です。
そして、御自分のことよりも
常に神様とみ旨を思い、率先して歩まれるお母様です。

お母様とともに苦労することよりも
聖句で紹介されているように、
休むことを最優先すること・・・
あくまで、それに甘んじるのがいいのでしょうか。。。

お父様の悲願を果たすために
ご苦労しておられるお母様・・・
そのお母様に背を向けて、
自分の視線から、お母様を見つめていく。。。
それは神様の願いではないし、
お母様の願いではないのではないかと思います。

親鳥の元で庇護されている雛鳥の立場では
もはやなく、
親の苦労を悟って、
願いに答える歩みをしていきたいと思うのです。

真のお父様が、お母様を証ししている
重要なみ言があります。



「伝統はただ一つ!
真のお父様を中心として!
他の誰かの、どんな話にも影響されてはいけません。
先生が教えた御言と先生の原理の御言以外には、
どんな話にも従ってはならないのです。
今、先生を中心としてお母様を立てました。
先生が霊界に行ったならば、
お母様(韓鶴子夫人)を絶対中心として、
絶対的に一つにならなければなりません。
今、お母様が行く道は、
お父様が今まで立てた御言と説教集を中心として、
行かなければならないのです。
他の言葉を述べるのを許しません」


(『祝福』1995年夏季号、68ページ)


「アダムを中心として女性を創造した時と同じく、
天の男を中心として女を再創造するのです。
世界的女性完成圏を代表した一人を中心として創造するのです。
それを成してこられたかたがお母様なのです。
先生の後にぴったりとくっ付いてきたのです」


(『真の父母の絶対価値と氏族的メシヤの道』77ページ、1992.7.1)


「これからは先生がいなくても、
お母様一人でみ旨に何の支障もないというのです。
今までは、女性が天地を代表する
摂理の代表者として立つことはできなかったのですが、
父母の愛と一体的理想を中心として、
はじめてお母様を中心とする女性全体の解放圏が
地上に宣布されたのです。
ですから、先生が一人でいても真の父母様の代身であり、
お母様が一人でいても真の父母様の代身です」


(同115−116ページ、1990.3.27)


「お母様は私の影のようです。
ついてまわる影のようなので、
私は実体をもった主体の教主であり、
お母様は対象の教主です。
それで、私は第一教主、お母様は第二教主です。
何を中心としてですか。
愛を中心としてそうだというのです」


(同116ページ、1990.5.6)


「お母様を中心として皆さんが
一体になっていかなければならない時が来ました。
もう先生がいなくても、お母様が代わりにできる
特権を許諾したというのです。
お父様がいないときは、
お母様のことを思わなければなりません。
先生の代わりにお母様に侍る心をもち、
祈祷もそのようにするのです。
今までは先生を愛してきましたが、
これからはお母様を愛さなければなりません。
先生が第一教主であれば、
お母様は第二教主であると世界的に宣布し、
天地に宣布します」


(同116−117ページ、1994.11.27)


「先生が霊界に行ったとしても、お母様が地上にいれば、
霊界と地上界の統一圏ができるので、
いつでもお母様がいる地上に来て
一緒に暮らすことができるのです。
今、統一教会のメンバーの中に
そのようなカップルがたくさんいます。
一緒に生活しているというのです。
誰も知らないところで対話しながら、
『あなた、これはどうしましょうか』と言えば、
すべて教えてくれるのです。
『きょうはどこどこでこのようなことが起きるから注意しなさい。
このような男性が現れてこのようなことがある』
と言えばそのとおりになります。
そのようなカップルがたくさんいます。
霊界に行ったとしても、地上にいる人と
一緒に生活することができるのです」


(同、117ページ、1993.10.15)



可知講師が、たくさんあるみ言の中から
ピックアップしてくださったもので、
以前、紹介したものもありますが、
今日は一挙紹介してみました。

お父様は今の時をすでにご存知で、
あらかじめみ言を語られていたのだと思います。

だからこそ、お父様のみ言に従い、
お母様に侍ることが
霊界におられるお父様に侍ることであることを
肝に銘じて歩んでいきたいと思うのです。


応援のクリックをお願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ


※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
無断転載はお断りいたします。
曲解や悪用ととれる引用も、
差し控えてくださいますよう
よろしくお願いします。
(もちろん、善なる目的で
使用することに関しては
その限りではありません)

posted by ten1ko2 at 08:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする