2015年10月07日

命令なき命令?! 《李相憲先生が、勝共・統一思想をまとめるようになった経緯!》



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先生は、摂理的な意味のない、
無意味なみ言や行動は一つもされない



李相憲(イ サンホン)先生の証し。
続編です。。。

昨日の証しにあったように、
お父様(文先生)は、誰か個人に対し、
直接命令をされないということでした。

それでは、李相憲先生が勝共の第一人者となり
勝共理論、統一思想をまとめるようになったのは、
どのような経緯があったのでしょうか。
お父様はやはり命令はされなかったのでしょうか。


1958年、私が入教した地である郡山に、
先生が巡回して訪ねてこられたとき、
7、8名の食口が集まった中で、
「将来、統一主義時代、統一思想時代が訪れる」
というみ言を語られた。

私は特に思想に関心を持っていたため、
他の人たちもこのみ言を聞いたが、
このみ言は私の心に最も深く刻まれたのだった。

その後、私はそのような時代が
必ず訪れるということを信じていたが、
当時私は地方にいたので、
ソウルの教会本部にいる幹部が互いに力を合わせ
先生の指導を受けながら懸命に努力し、
文化の新たな統一主義時代、
統一思想時代を立てるだろうという考えしかしなかった。

しかし、実際には、言い換えれば私にとって命令で、
いわゆる未来的表現として語られたみ言だということが後になって
分かったのだった。

私が入教して以来、約6年間、先生は全く
摂理的に無意味なみ言や行動はなされなかった。
「反共だ、勝共だ」というような言葉は
一言も言及されなかったので、
私は先生について人類を救うために来られた純粋な
キリスト教指導者だとしか考えていなかった。

反共指導者、勝共指導者というようなことは、
夢にも思っていなかった。
反共というみ言を一言も言われなかったからである。
したがって私自身も共産主義運動を行ったことのある
過去について誰にも言う必要がなく、話もしなかった。
またそのような考えさえも持っていなかった。
過去の経験は完全に忘却した状態で信仰生活のみを一生懸命していた。


そういう中1960年のご生誕祝賀会において、
先生は多くの食口に証しをするよう命じられた。
私は「どうか証しをさせないでください!」と心の中で祈った。
他の人の証しを聞くことは非常に有益であり必要だったが、
私が証しをすることは何故だか自分自身を誇りとするように感じられ、
私の情緒には合わなかったのである。

午前中は何事もなく過ぎ安心していたが、
午後になって再び集まった時、先生は突然、私を呼ばれ、
21日断食についての証しをするよう言われた。
結局「祈祷も役に立たなかった・・・」
と思いながら壇上に上がって証しをした。

21日間の断食とは、1959年12月1日から
21日間行った私の断食のことを言い、
神様の心情を体恤するために某食口の勧めによって行ったのである。

当時、先生は、神様の心情を体恤しなければ
天国に入ることはできないと説教の都度語られたので、
私のような批判的な人間は断食祈祷でもしないと、
特に談判祈祷でもしない限り
神様の心情を体恤することは難しいと他の人が言うので、
決死の思いで断食を敢行した。

そうして21日目になった日の夜、
無限の愛を持っておられながらも人間を救うため、
限りなく苦痛を受け悲しんでおられる
可哀想な神様の心情をほんの少し体恤しては慟哭した。
先生がどうしてそのような慟哭を幾度もなされるかを
分かったような気がした。
このような体験が主な内容だった。


その日の夜、再び私を前に呼び出された。
この時は過去の共産主義運動について証しをするよう命じられた。
先生の命令だったので仕方なく簡単に証しをしたが、
私が共産主義運動をしていた事実は誰にも話してなかったのに、
一体どうしてわかったのかが大きな疑問となった。

またどうして先生は私にそのような証しをさせたのかも疑問だった。
何故ならば先生は摂理に関係しないことはなされない
ということを分かっていたからである。

それまで私は先生について多くのことを研究していたが、
研究してみればみるほどに、
先生は勝手に誰に対してもみ言や
行動をなされない方であるということがわかった。

その都度、神様のみ旨であるとか、
食口の指導に関係があるみ言だけを
常にされるのであった。
先生においては摂理的な意味のない、
無意味なみ言や行動は一つもされないということが、
私の得た結論であった。

したがって私に証しをさせた以上、
何か摂理的な意義と内容があるはずなのだが、
それが一体何なのかという疑問を持たずにはいれなかった。

これまで私が学生の頃、
共産主義運動を行っていたことは誰にも話していなかったのに、
先生はそれをどうやってわかったのか?
共産主義運動の証しをするよう突然命じられたが、
そこに何らかの摂理的な理由があるはずだが、
その理由は何なのか?
長い間その疑問は解かれないままだった。


それから2年が過ぎた1962年のご聖誕前日の夜だった。
夜12時になってご聖誕日となり先生のみ言が始まった。

1時と2時の間だったと記憶しているが、
36家庭を呼び集めて「今後、幹部は共産主義理論に勝る
実力を備えなければならない」と語られた。
この時、私は初めて先生にも反共、
勝共の面があるということを知った。

それは私にとって大きな衝撃以外の何ものでもなかった。
私は常に事柄について色々と深く考える習性があったので、
「いくら共産主義者だとしても、果たして宗教家が
共産主義者を憎まなければならないのであろうか?」
と常々思っていた。

原理的に考えて見れば、歴史の終末には
必ずカインとアベルの対立関係が解決されなければいけないので、
最終的には共産主義と民主主義が戦わずにはいられない。

先生は神様の愛を地上で実践される方であるが故、
共産主義者までも愛されるはずである。
しかし神様の摂理を地上で広げるためには、
やむを得ず共産主義と戦うしかないことも事実である。
故に共産主義者に対する愛の問題や共産主義理論との
闘争の問題は別個の問題である。
このように私自身がまとめたのである。


その日の夜はほとんど徹夜で、ほんの少し目をつぶって起きると
劉孝元(ユ ヒョウォン)協会長が私を呼ばれ、
「昨夜先生が語られたことをできる人は李先生しかいません。
李先生は以前共産主義運動をした経験があるので
共産主義について色んなことを良く知っておられるであろうから、
勝共関係はやはり李先生がやらなければなりません」
と言うのだった。

この時やっと、先生が以前私に共産主義運動をした
という証しをするように言われ、
私にどのような履歴があるかを人々に知らせておいて、
共産主義の批判を間接的に命じられたのだ
ということが分かったのだった。

このように絶対に個人的には命じることはなく
一般的なみ言の中で、
その個人が自分の責任分担を感じ悟ることができるよう
導かれたことが先生の指導法であった。
またそれがその当時の摂理の方式でもあった。

最初に証しをさせておいて、
劉協会長を使って私に関する過去を分からせて
勝共の実力を備えるよう話をさせた。
その時のみ言は36家庭全員に対する一般的なみ言で、
個人に対する命令ではなかった。

よってそのみ言を聞いた劉協会長は責任者として、
その命令を遂行するために
誰かが執筆しなければならないと分かっていのだが、
誰にさせるのかが問題だった。
結局特定の人にさせる考えを持たせるよう
導かれたと感じたのだった。

その2年も前に先生が私にそのような証しをさせたことは
摂理だったいうことを今更になって悟り、
またその4年前(1958年)に
統一思想の時代が訪れると語られたことも、
結局私に対する命令だったということを
その時初めて悟ったのだった。

統一思想時代が訪れるという未来的なみ言を語られ、
それを一つの使命感として感じるよう導かれたことは
後になって分かったことで、
それからは統一思想もしくは勝共に関する理論を立てることが
私の使命であるということを感じるようになったのである。



素晴らしい証しです。
素朴で幼い表現で申し訳ないのですが、
「お父様って、やっぱりメシヤだなぁ」
証しを読んでそのように思いました。

李相憲先生が共産主義に関わっていたことを
誰にも言っていないのに、
お父様が証しをさせたということ一つをとっても、
お父様がメシヤであるという以外には
説明ができないことです。

この証しを通して、お父様が、李相憲先生に直接
勝共理論、統一思想をまとめるように
命令されたのではなかったのだと、初めて知りました。
しかし、背後にはお父様の強い願いと、意図がありました。
その願いを悟り、使命を悟っていかなければならなかったのです。

劉孝元先生が、そのように導いていかれました。
そういうことを通しても、
アベルの言われることは、神と父母が働くということが
よくわかります。

共産主義は間違っている、
共産主義に染まっている人たちを解放しなければならない。
しかし、メシヤは愛の親なので、
罪を憎んで人を憎まずの精神で、
共産主義理論を克服する理論を解明しなければならない。

しかし、お父様ご自身が理論を公開すれば、
それを批判する人が、メシヤを批判したとして
大きく讒訴されることになる。
だからこそ、弟子に書かせざるを得なかった・・・
お父様が白羽の矢を当てたのが、李相憲先生だったのです。

勝共理論を執筆された李相憲先生に
改めて感謝したいと思います。


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posted by ten1ko2 at 09:30 | Comment(4) | TrackBack(0) | 私と御父母様 ・信仰の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする