2015年11月24日

「私は取るに足らない者」 ──お父様の秀逸すぎる答えとは?! 〈姜賢實先生の新刊より〉



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姜賢實先生が新刊を出されました。
『天使のラッパを高らかに』です。

姜賢實先生の証しは何度か紹介していますが、
改めて証しを読ませていただくと、
原点に帰らされ、悔い改める時間になります。

今日は『はじめに』の一部を紹介します。


真のお父様は、「姜賢實は霊界が伝道したのだ」
とおっしゃったことがあります。
私一人を立てるため、霊界の苦労に加え、
お父様がみ言を語り、祈ってくださったことを
忘れることができません。

私が南韓における最初の食口なので、
お父様は大切に思われ、世界人類に対して語られるように、
あらゆる精誠を尽くされたということを常に思って、
その分、私は一生懸命にしなければならないことを感じます。

しかし、入教してかれこれ六十年を越えますが、
何も誇れるものがないので、恥ずかしさでいっぱいです。
それで、いつも、「私は取るに足りない者だ」と思っています。

入京して四十年たった時、お父様に
「私は今まで四十年間、何をしてきたのかわかりません。
誇り得るものが何もありません。
これはうわべの言葉ではなく、
本当に私の本心です。
何一つ成し遂げたと言えるものがないままに、
今までの信仰の道を過ぎてきたかと思うと、
本当につらいです」と申し上げたことがあります。

すると、お父様は、
「二千年前、イエス様の弟子たちがしたことも、
本当に何でもないことであった」
と慰労してくださいました。



姜賢實先生の功績はどれほど素晴らしいものでしょうか。
家庭連合(統一教会)史上、初めての伝道師です。
姜賢實先生によって、開拓伝道の道が開かれました。
まさに信仰の祖と言われてもいいお方です。

そんな先生は、「取るに足りない者」だと言われるのです。
その時のお父様の返答も名言だと思います。

姜賢實先生以上の功績を残した人など
あまりいないのではないかと思います。
だからこそ、私たちは謙虚な気持ちを持ちつつ、
今の恩恵に感謝して歩んでいきたいと思います。

不定期ではありますが、
印象に残ったところを追って紹介します。


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2015年11月23日

ようこそ「家庭連合web教会」に!! 世界中どこでも、日本語の礼拝が受けられる?! 



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恵みというものは
世界を救うために
神様が与えてくださる恩徳である。
ゆえに、
自分だけのものとして考えてはならない。


み旨の道 信仰生活



先日、本部教会で「家庭連合Web教会開設式」が行われ、
インターネットを通して礼拝説教を配信するとのことです。

Web教会の礼拝説教は、インターネット上で誰もが閲覧でき、
内容に対する感想や質問も
専用のフォームを通して送ることができると言います。

新しく教会に来られた方や、
教会が遠かったり、諸事情で、
あまり教会に来られていない方に最適だと思います。

今回は、教会成長研究院の阿部美樹院長が語られている
第二回目の説教(27分)を少し紹介させていただきます。
(説教を聴いて、自分なりにまとめています、ご了承ください)


人生における成功の秘訣とは何でしょうか?
成功した人を、立派な人だと表現します。

強い人、美しい人、能力のある人、有名な人、金持ちの人
そのような目に見える外的評価も重要ですが
目に見えない心の世界、すなわち内的評価もとても重要です。
ですから、心の成熟度が人間としての完成度を決定するのです。

そのような心を成長させる上で、大切なのが『家庭』です。
文鮮明先生は、「家庭は愛の学校」と表現され、
愛というものは、家庭を通して学ぶものであると強調しておられます。


以前、教育委員会の委員長をしておられた松居和先生が
こんな言葉を残しています。

「結婚とは自ら進んで不自由になること。
・・・人間は本来、不自由になることに幸せを感じる、
それを絆と呼びます。
この絆というのは辞書を引けば、
『縛り合うこと』と書いてある。
もともと馬をつなぐ道具なのです。
つなぎ合って、頼り合って、
願わくは信じ合って、人間は幸せなのです。
しかも、不自由がいけないと思ったら、
結婚しても子供も産めません。
子供を産むということは
結婚に輪をかけて不自由になることです・・・」


まさに、家庭を築くことは、
不自由になることなのですが、
それこそが、幸せになることなのです。


家庭において、四つの愛を育むことが重要です。
子育てを通して、親も育つのです。

今の社会は、子育てをしない家庭が増えています。
先進国では、『未婚の母』の占める割合が急増しています。
アメリカでは、33%、イギリスは40%
そして、フランスでは、50%
スウェーデンでは、55%の子供を持つ女性が
『未婚の母』なのです。

親が子供を育てないという危機的な状況を
日本も迎える可能性があり、その方向に向かっています。


私たちが相続すべきものは、真の父母様です。
真のお父様は、お母様のことをこのように語られています。


お母様に、先生は次の三つの点で特に感謝しています。

第一に、お母様は霊的に大変繊細で敏感で、
すべてを霊的に明確に読み取ることができるということです。

第二に、先生に対する絶対的な忠誠と献身であり、
どのような方向に先生が導いても、
いつも喜んでついてきてくれます。

第三に、自らのすべての所有物は神様と天宙のものであり、
万物は天宙と享有しなければならないのであるから、
どんな貴重なものでも誰かにあげて、
誰かを喜ばせてあげたいという、
私心のない無私の生活観を表明しているという点です。


(1977年2月23日ベルべディア修錬所)


親になる、すなわち、子供の幸せのために生きる
そういう自分を犠牲にして、他のために生きる
まさに、無私の心情を持つことが
人生の成功の秘訣だと言えるでしょう。

最後に、真のお母様のみ言を紹介します。


神様の王座という祝福は、
決して最も高くて光栄で偉大な所で受けるのではなく、
人間の悲惨な最低の立場で勝ち抜かなければならない
教訓を学ぶことができるのです。

・・・祝福は絶対に高い所からやって来るのではなく、
いちばん低い所からやって来るのです。
そこには苦難があります。

・・・もしそれに対して皆さんが不平を言い始めるならば、
そのときからその位置と立場を喪失するということです。                       自己中心になって不平を言い始めるとき、
結局すべてを失い始めるのです。

実に、無私こそは成功の鍵なのです。
 
                             
(「真の愛の勝利者」P40〜41)



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この説教はこちらから
↓ご覧になれます
Web説教「人生における成功の鍵」



阿部先生のお話はとてもわかりやすく、
耳にすんなり入ってきます。
このWeb説教では、最後にお祈りもしておられます。

阿部先生は、全国のあらゆる教会で、
様々な講演会をしてこられましたが、いつも大好評でした。
休む間もなく講演会をしておられるのは、
この阿部先生、あと浅川先生。
このお二人に敵う方はいないのではないでしょうか。

今回、Web説教をされるということで
息つく暇もないかも知れませんが
これからのご活躍を期待いたします。


携帯電話を持てば、このように面白いのに、
なぜ止めるのですか?
そのようにして楽しんで発展しますか?
発展します。
…ですから、ラッパを吹き、
太鼓を叩き、
この音が世界中に
早く響き渡るようにしなさい。
分かりますか?

2012年天暦1月2日
愛勝日のみ言

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posted by ten1ko2 at 14:22 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月22日

「精誠の頂」!!



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何よりもお父様ご自身が
精誠のチャンピオンです。


史吉子(サ キルヂャ)先生が、あるとき
荒れた海に出掛けようとされるお父様に
「きょうは海に行かれずに、
ゆっくりなさったらよろしいのではないですか」
と話されました。

すると、お父様は

「変わらずに続けることが大事なんだよ」

と語られたというのです。
そして海に出て数時間後に、
大きなマグロを釣られたのです。



最近出版された『精誠の頂』という本があります。
その中の『はじめに』に紹介されているエピソードです。

『精誠の頂』は、
機関紙『トゥデイズ・ワールド・ジャパン(現:世界家庭)』に
本部広報局の鴨野局長が連載されたものです。

食口たちの中で、際立って精誠を捧げた方たちの
『証し集』ともいえるものだと思います。

どの方の証しもとても素晴らしいのですが、
今日は、『はじめに』から、もう少し紹介したいと思います。
鴨野局長がこの証しを執筆するに至った動機の部分を抜粋します。


「精誠」という言葉が、筆者の心に鮮烈な印象を持って刻まれたのは
2013年初春、宋龍天・全国祝福家庭総連合会総会長が、
就任されてから講話の度ごとに強く訴えられたからでした。

その背景には、宋龍天総会長ご自身が、
真の父母様の世界巡回に同行されながら、
最後の最後の瞬間まで、精誠を尽くし準備をされる
父母様のお姿を直接、
拝見してこられたことが大きいでしょう。

また、宋龍天総会長ご自身、先輩から
「難しいからやめておけ」と言われた、
真のお父様のヨーロッパ入国の足かせとなっていた
シェンゲン条約の問題という極めて
難解なテーマに取り組み、見事に解決されたのですが、
その実現を可能にしたのが、総会長を先頭にして
ヨーロッパのすべての兄弟が捧げた、
汗と涙のにじむ精誠でした。

それゆえ、宋龍天総会長が語る「精誠」という言葉には、
重みがあり、威厳があり、希望があったのです。

精誠という言葉は、
日常的にはあまり使われません。
「精」という漢字には、
「不純物を取り去り良質なものにする。
よりすぐる。よりすぐったもの」という意味があります。

「精誠」とは、「真心の中の真心」
「誠の中の誠」「混じり気のない誠意」と表現できます。

いつしか、筆者の心の中では、
次のような思いが渦巻いていました。

2000年前、救世主イエス・キリストの教えに従い、
多くの弟子たちが十字架、火炙り、猛獣の生贄など、
残酷なまでの試練を受けながらも、地の果てまで、
イエスの教えを広めていった。

現在、再臨の救世主、メシヤ、人類の真の父母様と
信じて侍る天一国時代の私たちの精誠の‘かたち’
とは一体、いかなるものか。
その精誠の「頂」を書き記してみたい。



そのような中で、執筆することになったといいます。

お父様の証しにもあるように、精誠とは継続であり、
とても具体的なことであると思います。
「愛の実践」「為に生きる」ことがイコール「精誠」です。

つまり、私たちの霊人体を完成させ、
天一国人となるためには、「精誠」が、空気を吸うように
ご飯を食べるように必要なのではないでしょうか。

この本を読んで、食口たちの精誠に
とても心を動かされました。
機会を見て、証しを紹介したいと思います。


(お父様のみ言)

天に対する精誠は、
サタンといえども、
これを根こそぎ奪い去ることはできない。
ゆえに精誠ほど恐ろしいものはない。
それをサタンも知っている

徳野会長の「発刊に寄せて」 より



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posted by ten1ko2 at 08:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする