2015年11月02日

祈ると、伝道する人の名を知らされた! そして?! 《スティーブンス米副会長の証し》 



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真のお父様は、伝道する前に
深刻に祈祷すれば
出会う人の名前まで知ることが
できると言われました。

それで心から祈祷したところ、
本当に出会う人の名を
知らせてくれたのです




昨日に続き、米国の若きリーダー、
ミルハン・スティーブンス副会長
ご自身の伝道の証しです。
とても、感動的、劇的な証しです。

意訳していますので、ご了承ください。


伝道の証しをしたいと思います。
私はこの奇跡を起こすため
全力を尽くしてきました。

約一ヵ月半前、教会のスタッフ数名と
ニューヨークのブライアント公園で伝道活動をしました。
出発前に祈祷しました。

真のお父様は以前、伝道する前に会う人々のために
祈祷する必要があると語られました。
深刻に祈祷すれば出会う人の名前まで知ることができると。。。

そのため、心から祈祷したところ、
本当に出会う人の名を知らせてくれました。
その名はブライアンでした。

私たちがブライアント公園に行くと決めたことが
何か影響を与えたのではと思いました。
公園に向かいながら
「神様は私がブライアンという人に出会うだろう
と知らせて下さった」と言うと、
ともに歩むメンバーは「そうですか、いいですね!」
と反応しました。

ブライアント公園に到着してからは
各自分かれて伝道をはじめました。
ブライアンという人は白人だろうと予想し挑戦しました。
しかし、たくさんの白人と話をしましたが出会えませんでした。
白人は伝道に対してとても閉鎖的なのです。

そんな中、一人の白人と出会い話をしました。
彼はボストンから来た人でした。
何かの面接を受けに来たと言いました。
名はブライアンではありませんでしたが
良い会話をすることができました。

帰る道で、メンバーが私に
ブライアンに会えたかと聞いてきました。
私はブライアンには会えなかったが
良い人々に出会うことができとても良かったと答えました。

教会に戻る道でメンバーが突然
『ブライアン!』と叫びました。
ちょうどその道には二人の男性が
事務所の外に立っていました。
すると、その中の一人の男性が
「イエス!」と答えたのです。

その時、私は「冗談だろう。
本気で答えたのではないだろう」と思いました。
私の胸は高鳴り少し恐くもありましたが、
「神様があなたに会うだろうと教えて下さった」
と伝えました。

なんと、彼は本当に『ブライアン』だったのです!
私たちは皆笑い、雰囲気は軽くなりました。
彼の電話番号をもらい、その翌週に昼食を共にしました。

こうして知り合ううちに、彼は私と同い年で、
結婚し4歳の息子がいることも知りました。

私は緊張し、彼に会うまでは不安な気持ちを
取り除くことができませんでした。
しかし彼はとても自然に対してくれて、
私たちが多くの共通点を持っているということを知りました。
バスケが好きで熱狂していることを知りました。


先日、日曜礼拝が終わってから数人の食口が
掃除する姿を見ました。
夫婦で共に建物を掃除していました。
さらには4、5歳程の息子も一緒でした。

その姿を見て、私は感じました。

霊の子が真の父母に出会うため
一歩また一歩進むにつれ成長し、
原理講論を学び、真理を一つずつ発見しながら
「うわぁ、私が探し求めていた神様だ!」
と言えることを願いました。
伝道とはそのような気持ちから始まるのだと思います。


レンダル牧師の証しをします。
彼は最近、伝道をして、霊の子がいます。
私はそのように経験のある方々と話すことが好きです。

レンダル牧師は、伝道とは第二の自分自身を
探し求めることだと言います。
私たちの子女は私たちに似るでしょう?
霊の子たちも私たちに似れば良いと思います。
信仰でもって成長する自身の姿を見直すように感じると思います。

この言葉は私がブライアンに会ってから聞いたことです。

私はとても驚きましたし、
ブライアンとの出会いは運命のように感じています。

まだ緊張し、どうなるか分かりません。
全てを忘れて、私たちの関係を切ることも可能です。
様々な不安が頭に浮かびます。

しかし、神様が投入されたことは絶対に無駄にならないことも知っています。
真なる愛は無駄にはならず、たとえその人が去って行っても
次の人が全てを相続するでしょう。
何も不安はありません。

むしろ霊の子が信仰的葛藤により受ける
困難の苦痛を共にしたいと思っています。
本心から伝道対象者を愛して、彼が苦しむ時に、
その痛みを感じることのできるように愛したいです。
子女を持つのと同じような関係を願っています。

真のお父様は、伝道は喜びを経験するためだと語られます。
子女を望む理由も喜びのためです。
伝道も同じです。


大陸会長は、外部の人々だけを伝道するのではなく、
外で彷徨う食口たちや離れていった食口たちを
伝道しなければならないと言いました。
喜びを求めている私たちの兄弟姉妹のもとへ行き
伝道することも重要です。

結論を述べると、私たちの責任は喜びを経験することです。

伝道は神様から与えられた愛を、他の人々と共有することです。
喜びを経験したいという自己中心的な観点からも
伝道について知ることが、重要ではないかと思えます。

神様は必ず95パーセントの責任を果たされます。
皆さんの責任分担5パーセントを果たし、
真の父母様の愛を分かち合えることを願います。



祈りを捧げたら、名前が浮かんできて、
本当にその人が伝道できたという驚くような証しです。
おそらく副会長は必死に祈りを捧げただろうし、
また何よりも、喜びの心情で歩んでいきました。


実は、ちょうどタイムリーなことに
昨日の礼拝に初めてこられた方がいました。

私たちが活動しているとき、チラシをもらっていて、
突然、教会に電話をしてこられました。
私たちが駅前で伝道活動しているのを見て、
いつか礼拝に行ってみたい・・・
そのように思っていたそうです。
彼女は中国の方ですが、日本の大学に通っていたこともあり、
日本語は堪能なので、
礼拝のみ言はよく理解されたとのことでした。

昨日は、ちょうど日韓中の首脳会談がある日でしたので、
教会長は、日韓だけでなく、中国人のその方が来られたことで
神様がより注目する、日韓中の集った礼拝であると言われました。

私たちの教会では、駅前で路傍演説をしながら、
礼拝の案内もします。

『私たちの姿を見て、いつか礼拝に来たい、教会に行ってみたい、
そのように思ってくれる人が必ず現れるに違いない・・・』
そんなことを思いながら、歩んでいましたが、
本当に昨日の礼拝にそのような方が来られました!
とても嬉しく思いました。

やはり、家庭連合時代に入り、
今まで以上に本然の時代、
喜びの心情を持って歩むこと、
その重要性を感じます。

さらに証しを立てることを肝に銘じながら、
スティーブンス副会長が話しておられたお父様のみ言を
紹介して終わりたいと思います。



「私」の心が動いて出発するとき、
あるいは「伝道しよう」と思うとき、
望んでする人がいて、仕方なくする人がいて、
死ぬかと思って恐る恐るする人がいます。

どのようにしなければならないのですか。
歓迎してするのか、やむを得ずに、
死ぬこともできずに仕方なくするのでしょうか、
恐ろしくてするのでしょうか。

どうなのですか。
それは、みな落第です。
それでは、どのようにしなければならないのですか。

心と体が主体と対象の関係になっていて、
その相対の位置と環境条件が一致しているときは、
喜びで出発するのです。

悲しみで出発するのではなく、
喜びで出発するようになっています。

喜びの内容が最初であって、
悲しみの内容が最初ではありません。

堕落とは何でしょうか。
悲しみの内容が最初であり、
喜びの内容はスタートもしなかったというのです。

復帰の運命の道を求めていく私たちとしては、
み旨を喜びの内容として出発し、
喜びの過程として消化させてこなければなりません。

天一国経典『天聖経』8篇
「信仰生活と修練」第2章より



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