2015年11月06日

(証し) 自叙伝書写を始めて、人生が180度変わりました!!



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2年前を考えると、
今の私は奇跡のようです。

感謝の心で書写しています。

多くの人が書写をして、
幸せになって欲しいと思います。



今日は自叙伝書写の証しを紹介します。
2年前に教会員に出会い、書写を勧められ
とても喜んでおられる方、本人のお話です。



私は今から2年前に、ある婦人との出会いで
人生が180度変わりました。
今は、救われたような気持ちで喜んで、書写をしています。

2年前の私を考えると、今の私は奇跡のようです。

その頃の私は色々悩みが多く、心が潰れそうでした。
一番の悩みは家族のことで、娘が2人いるのですが、
親子関係はとても悪く、どう解決していいのか分からずにいました。

実はとても言いにくいことなのですが、
私は夫と故あって離婚しました。
2人の娘には「私たちを見捨てた!」という思いをもたせてしまい、
気付いてみると、20年の歳月が流れてしまっていたのです。

娘との交流は全くなかったわけではないのですが、
徐々に回数が減っていき、いつの間にかなくなってしまいました。
心の中に大きな負債を持ちながら過ごし、この気持ちを持ったまま、
人生を終わってしまうのかという思いが出てきたりして、
この先真っ暗になって、全く前に進めない状況でした。

そんな時に、道端である婦人に声をかけられ、書写を勧められたのです。

なんとか娘たちとの関係を20年ぶりに取り戻したいという切実な気持ちで、
一字一句祈るような気持ちで書写をしました。

書写を始めて半年ぐらいたった頃でしょうか。
迷ってないで、自分の素直な気持ちを娘たちに早く伝えたらいい
という思いが心の奥から出てきました。
これが私にとって、大きな転機となりました。

すごい勇気がいることでしたので、
死ぬような境地でとても苦しかったのですが、
書写を指導して下さる先生のアドバイスを頂いて、
書写を娘たちの名前で何回もし続けました。

そうすると娘への今までの負債が一つ一つ
心の中から消えていくという不思議な体験をしたのです。
「書写ってすごいな」と感じました。
その時から手紙を積極的に書いて、送るように心がけていきました。

先月のことです。
突然、長女からメールがあり、
友人の結婚式で着るドレスを造ってほしいという内容でした。

もう信じられず、私の心は天にも昇るようでした。
メールのやり取り、電話のやり取りができるようになり、
今までの溝が埋まるようにと祈るような気持ちでドレスを準備して、
娘に渡すことができました。

「書写って自分の心ばかりでなく、
娘の心まで変えてしまうパワーがあるんだな」
とすごく感じることができました。
感謝です。

今も感謝の心で書写しています。
多くの人が書写をして、幸せになって欲しいと思う今日この頃です。



素晴らしい証しです。
娘さんまで変わったということですが、
この婦人自身が変わったからこそ
それが伝わったのでしょう。


浅川先生は次のように語られています。

「自叙伝心の書写」は、文鮮明先生の愛の心を、
言葉を書き写すことを通して、自分の心に移すことなのです。
自分の心が、一歩でも、二歩でも、
文鮮明先生の深くて広い心に近づく努力なのです。
分かりやすく言えば、文鮮明先生の真の愛の心に似ることなのです。

もし、ある人が人生の苦難に直面して絶望し、
生きる希望を失っているとすれば、
その人の心はすでに、死んだ心です。
しかし、何倍もの苦難に遭遇しても感謝と愛の心を持ち続け、
理想の実現のために、勇気を持って挑戦し続ける、
文鮮明先生の心は、生きた心です。

それゆえ、文鮮明先生の「生きた心」を死んでいる
自分の心に移植するのが、「心の書写」なのです。
「心の書写」による心の移植で、心が蘇生するのです。



私たちの教会では、導入においては、
ご存知の通り、路傍伝道をしていますが、
毎月、書写会を行っていて、
浅川先生のDVDと教会長の講話を通して、
「心の書写」を行っています。

やはり、その人の心持ち如何で、
真の父母様の心が移植されるか否かが決定されると思います。
父母様の勝利圏を相続できるのは、「私」にかかっていると思うのです。


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