2015年11月19日

神様の心情に触れたことがあるか?! 真の父母の直系、愛圏にいる意味とは?!



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神様に
「ために生きる心、かわいそうに思う心」
すなわち、真の愛がなければ、
復帰摂理歴史は当初から
出発することもできなかったのです。

天の前に、一日でも
真の同情と懺悔の涙を
流してみたことがありますか?




11月12日、第56回真の子女の日を迎えました。
本部教会では、田中副会長を迎えて、敬礼式がありました。
その時のみ言を紹介します。


真の子女の日を迎えるに当たり、
私たちがもつべき姿勢について考えたいと思います。

真のお母様は、昨年末に米国でクレインズクラブの二世たちに対して、
「皆さんは真の父母の愛圏にあります」とおっしゃいました。
さらにそのあと、韓国の天正宮博物館で私たちに対し、
「皆さんは真の父母の直系にあります」とおっしゃるのです。

「真の子女」という言葉を考えるときに、
「真の父母」があってこその子女であるので、
まず、真の父母様の愛について考える必要があります。

そのことについて私が悩んでいたとき、あるみ言に触れ、
衝撃を受けたことがあります。
それは、「先生は、なぜ父母の愛をもち得ることができたのでしょうか。
それは全人類の父母として立つ方の心情に触れたからなのです」

との内容でした。

すなわち、全生命の前に父母としていらっしゃる
天の父母様(神様) の心情と一つになっていらっしゃる
真の父母様であるからこそ、そのような父母の心情に立たれているのです。

そのような父母としての勝利圏があったがゆえに、
サタンの血統圏にあった私たちをも子女として愛してくださり、
そのことによって(私たちの前に) 子女としての道が
開かれたということに衝撃を受けたのです。
父母の愛は、それほどまでにすさまじく、素晴らしいということを実感しました。

最近、文妍娥(ムン ヨナ)様に接する機会が多く与えられ、
「真の子女」について深く考えるようになりました。
妍娥様から多くのメッセージを受け、たくさんの
ことを学ばせていただいています。

最近は特に、「真の父母様のご心情とご事情、
その願いに生きましょう。
それが唯一、私たちが子女としての
道筋を見据えていくことができる道なのです」

と繰り返し語られています。
 
私たちは、真の父母様の愛によって祝福を受け、
「子女」としての位置に立たせていただいています。
父母様からの「あなたたちは私の子女である」
との強いメッセージに対して、
私たちはどのように応えていけばよいのでしょうか。

真の父母様が、私たちを子女という位置に置いてくださっているのです。
子女としてのその中身を育てていくことが、
私たちに与えられた責任分担であり、大きなテーマなのです。
妍娥様も「たとえ子女でも責任があるのです」とおっしゃいます。

子女として成長し、天から「真」の冠を頂けるようになるまで、
私たちは果敢に挑戦していかなければならないと思います。

真の父母様を、真に「父母」として立てて
さしあげることができるのは、子女だけです。
私たちが子女として成長して責任を果たすとともに、
二世や三世たちにその伝統を伝えていくことが重要です。
私たちには、そのような天の本流の道を行くという課題があると感じます。



田中副会長がお父様の心情に触れて、
衝撃を受けたといいますが、
そんな心情を表すようなみ言がありました。



「神様に『ために生きる心、かわいそうに思う心』、
すなわち、真の愛がなければ、復帰摂理歴史は当初から
出発することもできなかったのです。

私は、このような神様の内情的心情の世界を知ってから、
どれほど多くの日を涙と痛哭で夜を明かしたか分かりません。

ご自身の子女として創造され、永遠の真の愛の対象の立場に
立てようとした人間先祖が堕落の道に落ちた後、
過去の数千、数万年の蕩減復帰路程を摂理してこられた
神様の恨に満ちた姿を、
だれが想像することができたでしょうか? 

哀れで無念な神様であり、
憤りが爆発して恨があふれる神様の路程でした。 

栄光のお父様であり、大王として来られた神様が、
その王座と父母の位置を怨讐サタンに奪われました。

厳然と生きて役事していらっしゃるのに、
『死んだ』と嘲弄され冷遇されても、忍苦の道を歩んでくださり、
人間が自ら悟るその日だけを待ち望まれた神様であられます。

ために生きる真の愛を土台として、永遠を前提として
創造摂理をされた神様であられるので、
子女が堕落して奈落に落ちることを目撃しながらも、
宇宙を爆発させて最初からやり直すことはできない
神様であられたことを、皆さんは知らなければなりません。 

全知全能の権限で全世界とサタンまでも一度に審判し、
粉砕してしまうことができる能力を持っている
神様であられるのに、今まで神様は、
孤独単身であらゆる侮辱と讒訴を甘受されながら、
自ら進んで監獄生活をしてこられた
私たちのお父様でいらっしゃいます。

皆さん、このような天のお父様の前で、
一日でも真の同情と懺悔の涙を流してみたことがありますか? 

悪魔の血筋を受けてサタンの手先になっている人類に対して、
舌をかんで耐えてくださり、解放と釈放の一日だけを
待ち焦がれていらっしゃる神様の前で、
見て見ぬふりをして目を閉じることができますか?」
(2004.5.1)


文妍娥様は、本当によく訓読されるお方であり、
お父様の聖和以降、み言によって御父母様の心情を知ったと言われます。
また、田中副会長が心情に触れたのも、み言を通してでした。
み言を訓読すること、これが真の父母様と天の父母様の
深い心情に触れる道であると思います。

このように、お父様によって開拓された神様の心情世界。
お父様ご自身が神様を証ししてくださるがゆえに、
私たちも神様の心情を求めることができます。

そして、お父様の相対圏に立ち、
お父様の心情を相続しているのが
真のお母様です。
真のお母様もすさまじい路程を通して
勝利してくださいました。

真の父母様に改めて感謝を捧げたいと思います。


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posted by ten1ko2 at 07:28 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする