2015年11月20日

「神も試練できない人」 お父様が認められた信仰! 《3年間開拓伝道の証し》



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「神も試練できない人だ」

お父様は、鄭達玉先生の信仰に対して、
このように語られたといいます。 




お父様の聖和3周年に向けて、
全国で伝道路程がありました。
そのとき、私たちの教会の婦人が
毎日熱心に歩み、地区で1位になりました。
彼女は、体が丈夫ではないのですが、
祝福を授けるたびに体が元気になった感じで、
本当に頑張って歩まれました。

彼女の姿を通して、金元弼(ウォンピル)先生の奥様である
鄭達玉(チョン ダルオク)先生の証しを思い出しました。
金元弼先生の「生活伝道」に証しが掲載されています。


一九七〇年、三年間の開拓があり、七七七家庭以上、
三十六家庭に至るまでの祝福家庭が参加しました。
そのころの三十六家庭、七十二家庭、一二四家庭では子供も生まれ、
その数が四、五人と増えていましたし、
七七七家庭は祝福されて間もない時でした。

そういう中で奥さんたちが全部動員されますから、
ご主人は子供たちの面倒を見ると同時に、
公的な仕事もしなければならない状況でした。

さらに、自分の奥さんが開拓で必要な食事代を月々、
送ってあげなければならないという事情でした。
ですから自分の親戚に子供を預けるか、
それができない人は孤児院に子供を預けなければならなかったのです。

文先生はこのようにいろいろな事情のある人を
全部動員するにはどうしたら良いかと、非常に考えられたようです。
そこで先生は、私の家内のことを考えられました。

当時家内は、体が弱いので病院に行ったり横になったりしていたのです。
ですから韓国の人たちは、家内は病気で寝ているから
どんなことがあっても出られないだろうと思っていました。
しかし先生は、三十六家庭の一番初めの者である家内に、
開拓に行くようお命じになりました。

先生は、家内に「開拓に出て死んだ場合はあなたの棺を造ってあげる」
とおっしゃり、開拓の先頭に立てられたのです。

先生がこういう覚悟で家内を出したので、
だれも「私は無理だ」と言う者がなく、全体動員することができました。
家内は先生の願いにそって三年間、一日も休むことなくその位置を守り、
十二名の霊の子女を立てて、勝利して帰ってきました。


物凄い信仰です。
お父様は、鄭達玉先生の信仰に対して、
このように語られたといいます。

「神も試練できない人だ」

導かれたときの証しも掲載されています。


金夫人(鄭達玉先生)は一九四六年の十二月に、
北韓の平壌で初めて文先生に出会われました。
夫人の家庭は、お父さんと二人のお兄さんが
牧師という、信心深い家庭でした。

特にお兄さんは再臨の主を待ち望み、
日々敬虔な信仰生活をしておられました。
主の臨在をいつも信じておられ、
妹の前でも正座してお話しされたそうです。

夫人は、その謙虚な信仰姿勢からとても影響を受けられました。
ですから夫人は、たとえ子供とお話しされるときも敬語で話されます。

そのお兄さんに、文先生がとても似ておられたのです。
先生に会われて後、先生を見ているとその姿がイエス様に変わるという、
霊的体験を何度もされたそうです。

先生を信じる心があまりにも強く、
熱心なのをご両親が見て心配され、
娘を異端の教会へやらないようにと、
ある日、夫人を縄で縛って狭い部屋に閉じ込めておきました。
しかし、夫人が先生の所へ行きたいという
一心で祈っていると縄は解け、自由になりました。

夫人は自分の指を切って、血で「お父様の所へ行きたい」と、
涙ながらに書きつづりました。
それを見たご両親は驚いて、夫人を先生の所に連れていかれたそうです。



3年間の婦人開拓伝道は、
北朝鮮の勢力がとても強く、冬に韓江が凍結したら
そのまま攻めて来ようと狙っていた時期だったといいます。
どうしても守らなければならない摂理的な条件がかかっていました。

鄭達玉先生をはじめ
限界を超えた信仰を持たれた先輩たちの土台で、
今の私たちが生かされていることを思うとき、
先輩たちに改めて感謝したいと思います。

また、かつてイエス様の死後、
クリスチャンたちは、再臨主を待ち望み、
信仰をしましたが、迫害は凄まじかったのです。
しかし、喜んで十字架の道を行きました。
殉教の道を感謝していったのです。

今、私たちは、真の父母様に出会い、
ともに歩む恩恵を与えられています。
過去の迫害から比較すれば、比べ物になりません。
だからこそ、心情圏を高めて、歩んでいきたいと思うのです。


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