2015年11月27日

真のお父様の、拷問に耐えた心情を相続するためには?! 〈沈明玉サモニム 山苺2〉



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わたしたちが、真のお父様の前に
み旨のために涙を流さなければ、
お父様の涙を
拭ってさしあげることはできません。



昨日は、沈明玉(シム ミョンオク)サモニムの
冬の山に山苺を採りに行く孝行息子の昔話を交えての
証しでしたが、今日は、その続編です。


真のお父様は、拷問を受けられながらも、神様をお慰めしたい
という心があまりにも大きかったので、
拷問されても痛いと思われず、拷問の痛みも忘れられたそうです。

そのような真の父母様の心情を相続するためには、
どれほど深刻に生きなければならないでしょうか?

本来、真のお父様の心情を体恤しようとすれば、
獄中生活も体験し、拷問も受けなければなりません。
真のお父様が歩まれた苦難の道を、
わたしたちも通過しなければならないのです。

真のお父様の路程は、筆舌に尽くし難い苦難の連続でした。
わたしたちは、そのような真のお父様の路程を歩むことはできません。
では、どのようにして真のお父様の心情を相続して、
真の子女になれるでしょうか?

それが、目標であり、摂理なのです。
わたしたちが、真のお父様と同じような苦難でないとしても、
わたしたちの歩みを通して、真のお父様の心情を体恤することによって、
真の子女となれるのです。

わたしたちに下さる目標とは、何でしょうか? 

母を生かすために山苺を採らなければならないことです。
山苺を採るために、死の峠を越え、険しい雪山をさまよい、
苦痛の道を歩み、真の父母様の苦難の心情の中に入っていかなければならないのです。

わたしたちが、真のお父様の前にみ旨のために涙を流さなければ、
お父様の涙を拭ってさしあげることはできません。
苦労していない人は、苦労した人の話を聞いても、心情的に感じられないのです。

わたしが難しくて涙を流すとき、真のお父様は、
それ以上に難しくて涙を流されることを知らなければなりません。
わたしが、真のお父様の涙と一緒に混ざって涙を流すことによって、
心情が相続されるのです。
このような心情の通ずる子女をつくることが、真の父母様の願いです。

わたしたち食口は皆、真の父母様の子女です。
それゆえに、「わたし」と「わたしの家庭」の中にも、
「神様の事情」と「わたしの事情」と
「わたしの家庭の事情」が共存するようになります。

ですから、神様は、「わたし」を中心として摂理されるとき、
その中で、「わたしの事情」と「神様の事情」を
共に解決してくださるようになるのです。



私が苦労することを通して、
神様・父母様の事情に通じることができることが
何よりも感謝なことではないかと思います。

また、具体的なことを言えば、
真のお父様は、7年路程を通して、
神様・父母様の事情に通じる道を教えてくださいました。

今は、最前線の道、すなわち神氏族メシヤの道だと思います。
御父母様が、神氏族メシヤは宿命の道であると語られますが、
これは、真の父母様に通じる最短距離の道であると感じます。
その願いを本心に突きつけられています。。。

明日に続きます。



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posted by ten1ko2 at 12:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする