2015年12月19日

奇跡の起こし方?! お母様といっしょ 《最新!! ラスベガス報告》 



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12.11


真の家庭の価値聖職者会議20周年記念式が
今月12日、ラスベガスの国際平和教育院で行なわれました。
この期間をお母様と共に過ごされた
地区長の報告会があり、
教会長が証しを聞いて来られました。


今回、お母様は、日本の責任者たちを
アメリカに呼んでくださいました。

そのポイントは二つ。
一つになること。
精誠を尽くすこと、です。


お母様が、祝勝会で
歌を披露するように言われるだろう、
ということで、徳野会長を中心に
歌の練習をしたそうです。
もちろん、ハングルの歌ですが、
3曲も準備しました。

アメリカへの長旅で、
また、空港でもテロへの厳戒態勢で
4時間も待たされたそうで、
本当に疲れている中、練習しました。
また、日本人の責任者も
ハングルの歌を覚えるのは大変だったでしょう。

そして、お母様を中心とした祝勝会で
やはり、歌の時間がありました。
1曲歌い、「アンコール!」ということで、
もう1曲歌いました。
最後に、お母様が「この曲を歌おう」
そう言われたのが、3曲目に練習した歌でした*
やはり、精誠が大事だということです。


また、ユンノリ大会がありました。
その時の証しです。

今回4チームで対戦したそうです。
日本チーム、韓国チーム、アメリカチーム、警護チーム。
警護チームはお母様を警護していることもあり、
一番強いチームですが、日本チームは初戦で、
警護チームと戦うことになりました。

今回、掛け声を統一しました。
「ウリヌンハナダ(우리는 하나다 私たちはひとつ)」です。

実際に警護チームはとても強くて、日本チームは負けそうでした。
地獄(ゴールの一つ手前)に入ったとき、
ペクト(빽도)を出さないとゴールに入れない
そういう特別なルールがあるのですが、
日本チームはペクトを出して勝利しました。


また、今回、奇跡が起きたといいます。
ユッ(윷)と呼ばれる木の棒が立ったのです。
こんなことがあるのかな〜、と思うようなことが
実際に起きたのです。

ペクトを1回だけでなく、2回も出し、
そして、日本は優勝しました。

お母様はどれほど喜ばれたことでしょうか・・・


今回、お母様は侍墓生活3年を終えて、
2020年まで、残り4年間に向けて、
日本の責任者を集め、新しい出発をしました。

精誠を尽くし、お母様と一つになることで、
天運が来るのです。



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(文責:ten1ko2)


地区長はその地域の代表です。
個人的に集められたのではなく、
日本を代表して集め、愛してくださいました。
ですから、お母様は
私たちのことも愛してくださったのだと思います。

お母様と一つになること。
そして、精誠を尽くすこと。
天運をつかむ秘訣をいただきました。

来年からの4年間に向けて、邁進していきたいと思います。

家庭力アップ講座は明日に変更させていただきます。
ご了承ください。


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*この3番目に歌った曲について
お母様が話しておられます

http://uc-itsumokamisama.seesaa.net/article/431507107.html?1450744422

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posted by ten1ko2 at 05:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月18日

愛していると伝えたい! それには、まず「聞く」ことから?! 《家庭力up↑講座》



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久しぶりに多田講師による
家庭力アップ講座を紹介します。
今回は、≪愛情の伝え方≫
その一番目、「共感的聞き方」です。


共感的な聞き方は、以下のような内容あります。

1)子供が話したことを繰り返してあげて、聴いてあげること。
2)聴いた話を本人に理解できるように言い換えて話してあげること。
3)子供の考えていることを心で汲み取ってあげること。

以上の三段階があります。
子供の心を汲み取って聞くことが一番、愛情が子供に届く聞き方です。

一つの例題を紹介します。
22歳の娘を持つ母のことです。
普段はほとんど話をしないのですが、
親子で夕食をした後、
娘のほうから母親に話しかけてきました。
めずらしく、娘が会社でのことをいろいろ話してくるのです。

母親は、これはよく聞かなくてはと思い、
しばらく聴いていたのですが、
母としていろいろ気づくことがあり、
ついアドバイスをと思い、話してしまったのです。

すると娘は黙ってしまいました。
母親は、しまったと思ったのですが、
娘は寂しそうな顔して
「ただお母さんに聞いて欲しかっただけだから」と言いました。
その時、最後まで、娘の話を聞いていればよかった、
と反省したというのです。


話を聞いて子供の気持ちを共感していくことが、
親の愛が子供に届くときなのです。
共感的に話を聞くことは、
親と子供の心が一心になるために大切なことなのです。

ここで、「共感的に理解する」ことの効果を紹介しましょう。

1)親の思いやりが子供に伝わり、愛情を感じ心が満たされる
2)心が正常に働き、自立の心が育ち、思いやりの心が芽生える
3)自己を見つめる心のゆとりが生まれる
4)親に対する信頼感が一段と深まり、自分の抱えている問題に気づく
5)自分で解決しようとする意欲が起きる
6)自分で解決するための能力が身に付く


何度も何度も、「共感的に話を聞く」為の練習をしてみてください。
共感的聞き方が必ず、自分のものとなることでしょう。

私たち親は、さまざまなことがあったとしても、
子供を愛していることに違いはありません。
ただ、愛しているからといって、
親の愛情が子供に届いているかというと、そうではないのです。

そして、親という立場で、意外と子供を理解しようとはせずに、
子供に要求ばかりしていることが多くなってしまいます。
それでは、親の愛情が子供に届かないのです。

今までの親の対応を見ると、「良かったらほめる、悪かったら叱る」、
ということが多くあったのではないでしょうか。
このことが全て問題だというわけではありませんが、
良かったら褒めるというのは、親子にそんなに問題はないのですが、
「悪かったら叱る」ということを考えて見ましょう。


例えば、子供が、犬に餌を上げる役割を担当していたとして、
子供が三日間犬に餌を上げないので、親は仕方がなく、
犬に餌を上げていたとしましょう。

そうすると、子供は犬に餌を上げる責任があるわけですから、
怒られても当然なのですが、
親は自分の基準に合わせて叱っている場合も多いのです。

また親が問題を持っているから叱る場合があります。
心に余裕がなく、感情的になりつい叱ってしまう場合です。

子供が犬に餌を上げることは子供の責任であるわけですが、
何かの事情を抱えていることもあります。
いじめられていたり、壁にぶち当たっていたりすることもあります。

ですから、子供が、犬に餌を上げなかったことは、
子供からのメッセージだと理解することもできます。


親の価値基準で、子供を判断していますが、
子供には子供の観点があるのです。
子供の事情を理解して、接する必要があります。
子供の事情を理解してから子供に対しての接し方を決めてもいいのです。

子供が問題を抱えたときやってはいけないことは、
命令、脅迫、説教、提案、非難、賞賛、同情、侮辱、分析などです。

不登校になったときに、「学校に行かないと立派な人間になれないよ」
と言って、学校に行かせようとする。
また褒めるということもいけないようです。
それから激励、質問も避けたほうが良いでしょう。


ある都市での「いじめによる自殺」の例を紹介します。

もし親がよき相談相手になっていれば自殺は起こらないことが多いのです。
ところが両親が相談相手になれないことがあります。

自殺者の中には、親が子供の相談相手になれていない場合があります。
その地域で自殺した子の遺書には、子供の悩みを何とか解決しようと、
親が子供に質問した10の内容の回答が書かれていたのです。
その親は、子供がなぜ質問に答えなかったのかと悩んでしまいました。

それは、親から質問をすることが、子供にとって苦痛になることがあります。
質問された子供には、それに答える心の余裕がなかったのでしょう。

ですから応えたくない子供の気持ちを
理解することが必要なのではないでしょうか。
こどもの7〜8割が、親から理解されていないと感じています。

何とか、子供に回答を教えてあげたいと願うのですが、
「教える」というのは、親の心を満たすだけになりがちで、
子供に愛情が伝わらない場合が多いのです。

共感的に子供の気持ちを理解してあげることが、
親の愛情が伝わる方法であり、子供の問題を解決できる方法になるのです。



犬の餌に関しての例題があげられていましたが、
先日、長男においても、私から見れば、
「これはおかしいだろう・・・」
というようなことがあり、少し質(ただ)したら
逆切れされてしまいました。

もし、そのまま、息子に対して、
複雑な思いを持って見つめていれば、
息子に対する目線が変わり、
穿った形で息子をみていたでしょう。

家内とも相談して、
祈ってみることにしました。
また、変わらずに接することができたのは、
何よりだと思います。

思春期の子供は敏感です。
一人一人にふさわしい接し方をしていきたいと思います。


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2015年12月17日

(証し) 厳寒、北海道で連日夜中の聖地祈祷! 精誠が天に通じるとどうなるのか?! 



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「至誠感天」
精誠の限りを尽くし
天が感動すると、
どうなるのでしょうか




昨日、私が元気をもらっていると紹介した「精誠の頂」。
この本の中で最初に目にとまったのが、
第一地区(北海道)の早朝聖地祈祷の証しでした。
私なりにまとめて、お伝えします。


北海道の聖地は、真のお父様が
1965年北海道神宮に定めてくださいましたが、
2004年の台風によって、聖木がなぎ倒され、
その後、立ち入り禁止になってしまいました。

その後、宋ヨンソプ前総会長に報告し、
円山公園内に聖地を定めていただいたのが、
7年後の2011年のことでした。

そのことをきっかけに2011年7月21日から
韓国婦人会会長を中心に
聖地祈祷を出発しました。

ところが120日間の祈祷条件の間、
ある日韓家庭の御主人が行方不明になり、
90日目、車中で遺体で発見されたそうです。

このときに、地区長は、霊的危機感を感じ、
「韓日・日韓家庭の解放するための精誠条件を
地区全体で行なわないといけない・・・」
そのように決意され、
自ら主管されて、精誠祈祷会が出発したのです。

各教会の食口は、午前5時から6時まで祈祷するのですが、
地区長ご自身は3倍の決意をされて、
早朝3時から6時まで行ないました。

2012年からは、3時半から5時に変更し
そこに食口たちも同参していきました。
基元節を一つの節目として、
1年8ヶ月で、延べ1万8050人が参加しました。

地区長が証しされています。
「雪に覆われ、空気が澄んでいて、
何一つ雑音のない、本当に特別な空間の中で
祈祷することで、
心を人間本来の清さ、純粋さ、
正直さ、謙虚さに導いてくださいました。
これは天が下さった美しい環境であり、
神様を強く実感できるひとときでした。
また、天と真の父母様から動機、
目的、方向性を正される場所が聖地でした」

実際に祈祷会を出発してからは、
地区として、多くの証しが出ました。
食口同士の関係が深まり、
原理讃美復興会、牧師伝道、要人渉外など、
いろいろと導かれていきました。

この精誠聖地祈祷会は、
2020年に向けて、今も続けられています。



北海道の寒さは、経験がありませんが、
氷点下は当たり前、相当の決意と覚悟がないと
祈祷会に参加することは大変だと思います。

しかし、祈祷会に参加すると
聖木を上り下りするリスやキタキツネが
祈祷を聞いているかのごとくに顔をだしたりして、
神様の創造の神秘を感じるといいます。

肉体の限界を超えて、
精誠を尽くして祈りを捧げる姿・・・
まさに「精誠の頂」なのだと思います。




お父様のみ言


「至誠感天」という韓国の格言がありますが、
それは、本当に天理に通じる言葉だというのです。

「すべての精誠を捧げる」というとき、
それは内外のすべてを捧げるということです。
思うこと、話すこと、行うこと、また良心の生活圏までも、
すべて合わせて捧げるというのです。
それが精誠です。

「精誠」の「精」の字は精神を意味します。
「誠」は言偏に「成」の字です。
ですから、内外のすべてのものを成して捧げるという意味です。

そのようにしてこそ「感天」になるのです。
天が感動するということです。

天が感動すると、どのようになるのでしょうか。

天がその人を思い、思うだけでなく、
天の思いがいつもとどまるようになれば、
そこには天の愛が訪れてきます。
すべての天の思いがそこにとどまるようになるとき、
天の愛がここに連結されるようになるのです。

(『至誠感天・家和万事成』より)


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posted by ten1ko2 at 09:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする