2015年12月16日

これが「精誠」?! 継続は力! 松戸家庭教会の場合、そして、このブログの場合



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精誠とは何でしょうか。
精誠とは特別なことではありません。

同じことを千回、万回、
心を込めて反復しながら、
自分が喜ぶと同時に、
世界までも喜ぶように
影響を与えようとすることです。




いつも多くの方に、このブログを、そして私たちの教会の
活動を応援して頂き、本当にありがとうございます。

最近、忙しいこともあり、
ブログを継続することが
なかなか難しいと感じることがあります。
また、心情の波も出てくるし、
一日歩んでいろいろあると、文章を書こうという
気持ちにならない時もあったりします。

そんな時、一番、整理されるのが、
家内に報告することです。
いろんな思いを打ち明けると
何気ない答えが返ってきて、すぐに整理されます。

だいたい夜とか早朝に私が文章を作り、そのあと、
タイトルと編集・レイアウトの担当をしてもらっているのですが、
このブログを継続できたのは、妻の存在が大きいと
改めて、感謝です。

また、最近『精誠の頂』を読んでいるのですが、
この本にも、とても励まされています。
個人においても夫婦や家庭においても、
あるいは教会においても
どんな時にも変わらないで
継続することが重要だと思います。



精誠というのは、自分たちで決めるものではないかもしれませんが、
私たちの教会での精誠は何かといえば
『路傍伝道』である、と天に報告したいと思います。

実は、昨日、一つの節目を迎えました。
2013年12月15日はちょうど日曜日でした。
その日が、タスキをかけて、マイクを持って、
路傍演説をしながら、伝道した最初の日でした。
翌月からノボリも立てて、活動するようになりました。
ですから、3年目に突入したのです。

最初はあまり出会いもなく、
ただ条件を積むだけの日々でした。

しかし、1年くらいしてから
様々な出会いがあり、
教会長や韓国婦人会長も全国で証しをするようになりました。
松戸というところがどこにあるのか、ご存知なかった方にも
名前が知られるようになりました。

また、いろんなところから、
「証しに感動したので、勉強させて欲しい」
ということで、いろんな教会の前線メンバーと
ともに歩む機会もありました。

北は東北・福島県から、西は、愛知県の教会まで、
また、若いCARPのメンバーたちとも
ともに歩ませていただき、
本部のインタビューも受けたり、
かえって私たちの方が刺激を受け、恩恵を与えて頂きました。

何よりも教会長夫妻が最前線で歩まれていることが
私たちの一番の誇りです。
フランス人のサモニムも仕事でお忙しいにも関わらず、
寸暇を惜しんで前線活動をする中で、
ある青年と出会い、その方は
毎週学びに来て、教会長の講義を受け、
また、先月くらいから礼拝にも来られるようになりました。

名称も、世界平和統一家庭連合となり、
ノボリもタスキも一新して歩んでいます。

教会長も、石の上にも3年というように、
これから1年の歩みが大切だと、話されていました。

天の願いからすれば、
まだまだ足りないことは承知しています。
それでも、『継続は力なり』です。
マンネリ化することなく、
さらに創意・工夫・努力をしながら、
また、心情をもっと高めつつ、
これからも歩んでいきたいと思います。


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お父様のみ言


精誠というものがあります。
精誠とは何でしょうか。
どのようにすることが精誠なのでしょうか。

精誠とは特別なことではありません。
同じことを千回、万回、心を込めて反復しながら、
自分が喜ぶと同時に、世界までも喜ぶように
影響を与えようとすることです。

精誠というものは、千回、万回繰り返すことです。
専門的な技術者になるためには、その分野で
千回、万回、億万回、何度も繰り返さなければなりません。

繰り返すところに最高の権威が生じるのです。
愛する世界で専門家になり、
愛の最高の技術者にならなければなりません。


(『至誠感天・家和万事成』より)



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posted by ten1ko2 at 12:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月15日

海は、世界を救うため、神様が先生に残したもの! 《お父様と海 2》



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松崎先生の証し、続編です。


「神様と対話しながら、
どのように摂理を展開していくのか
海で祈って、計画を立てていくのは一番いいのだ」

真のお父様は、そのように語られました。

お父様は釣りに行く時には、
嵐の時でもどんな時でも出掛けられます。
私も嵐でも全然恐くなかったんですね。
そういう意味で、お父様は使いやすかったのかも知れない(笑)

お父様が船に酔った姿を一度も見たことがありません。

そして、最初にマグロを釣ってからは
ずっと釣れました。

「世界を救うために神様が先生に残したのは海だ」

そのようにお父様は語られました。


お父様は睡眠を主管されました。
睡眠時間は本当に少なかったのです。
実は、私も逃げ出したかったです。
本当に寝れなかったんですから。

ある朝、お父様が起きてこられて
顔を見ると額のところが傷だらけでした。
あとからわかったことですが、
お父様はトイレで座ったまま寝てしまい、
そのまま倒れられて、床に頭をぶつけてしまったんだそうです。

お母様も、アボジもうちょっと休んで釣りをされたらいいのに。。。
そういう風に哀願されるくらいでした。

でも、お父様はどんな状況でも休まずに行くんだ、
そのような雰囲気でした。

お父様は人類を救うために
自分の欲望を主管されました。

肉欲を犠牲にして、ご家族を犠牲にして
海に投入する姿。
お父様のみ旨を歩む姿に
私自身も限界を超えながら、
お父様に侍る喜びを感じていきました。



松崎先生は、おそらくお父様と同じように
船酔いをされたことがないのかもしれません。
また、短い睡眠の中でお父様に侍っていく・・・
そのことも本当に大変だったでしょう。

そして、「嵐が怖くなかった」
その言葉の背後には、どんな状況でも
真のお父様について行くんだ・・・
そのような心情があったに違いありません。

船酔いといえば、有名なのが、久保木会長でした。
久保木会長が船に弱いことはご存知の方も多いと思います。
船に乗るとすぐに酔ってしまいます。
どんな時にも吐いてしまうのです。
それでも絶対に弱音を吐いたり、
船釣りに参加しないということはありませんでした。

お父様が言われたそうです。
「あなたは、船に弱いから、無理して乗らなくてもいいよ」
その時、久保木会長は答えられました。

「お父様、私はどんな時でもお父様をお支えする、
お父様のお傍にいると決意しました。
だから船は本当に苦手ですし、
ご迷惑をおかけしていることは承知しています。
それでも、お父様の元を離れません」
お父様はその言葉を聞いて感動したといいます。

久保木会長も松崎先生も
どんな時でもお父様に侍っていかれました。
それは、肉体の限界を超えて、
額に傷をつけて倒れられても
変わらない姿勢でみ旨を歩まれる
お父様の熱い心情に触れていかれたからだと思います。

今、2020年までの歩みにおいて、
決して順風満帆とはいえない状況かも知れません。
ある意味、大波の中を進んでいる状況かも知れないです。

それでも、久保木会長や松崎先生のように
霊界におられるお父様を証ししたい心情で、
様々な限界を超えて、先頭に立っているお母様と共に
突き進んでいく私となっていきたい・・・
松崎先生の証しを聞いて、そんなことを感じました。


私はアメリカで世界的な水産事業をしていますが、
漁船を造る工場としては、
私たちの工場が
アメリカで最も有名です。

今後、陸地の資源が必要な時代は
過ぎ去っていきます。
今からは、水中資源を誰が
世界的に管理するか、
そのような技術を誰がもつか、
この海洋世界を主管する者が世界を
主管していく新しい時代が来ます。

海は無限の原料の根源地です。
今後、海の魚を獲って食べる
時代は過ぎ去ります。
海の農業、海の牧場、海の養殖を
しなければなりません。
(文鮮明先生御言選集より)



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2015年12月14日

ただの釣りではない?! お父様がマグロ釣りに込めた熱き思い?! 《お父様と海 1》 



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先日、KMSのネット動画で視聴した
松崎裕史先生の証しにとても感動したので紹介します。

1970年代日本からアメリカ復興のための
宣教団が多数渡米しました。
松崎先生は、1972年6月23日
最初の12人の一人として渡米され、
真の父母様や子女様に侍っていかれました。

『真のお父様とマグロ釣り』と題して
シリーズで証ししておられます。
そのうちの一つを紹介します。
(一部、編集しています)


1975年、真のお父様は米国、ボストンの北、
グロスターの海で40日間、マグロ釣りをされました。

私は「お父様が乗っておられる船だから、多く釣れるに違いない」
と期待していましたが、周りの船では釣れているのに、
お父様の船では全く釣れない日が続きました。

「ニューホープ(新しい希望)号ではなく、ノーホープ(絶望)号だ」
回りの船から馬鹿にされ続けました。


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マグロは何回もかかりましたが、どうしても釣り上げることができません。
そんな中、21日目の8月28日、
ついにマグロを釣り上げることができました。

お父様はその場ですぐ、祈祷をされました。
祈祷を聞きながら、たかがマグロ釣りではありましたが、
凄まじい路程を通過していかれたお父様だったんだ・・・
そのことを初めてわかりました。

お父様の祈りは、海において、今まで苦労してきた
あらゆる人たちを恨みを解放するための祈りだったのです。
遭難したり、事故にあったり、海で亡くなっていった、
そういう全ての人たちの恨みを解放する祈りでした。

そのための祭物路程のための21日間だったんだ。。。
そのことを悟りました。

この期間、私たちの船以外、全ての船は獲れたのに、
私たちの船だけが獲れなかったんです。
目の前で外すんですから。。。
これは、技術的なことではない、霊的なものがあったんだ、
それで祭物路程だったんだなぁ、そう思いました。

私はマグロを釣るだけだと思ってたんですが(笑)
そういう歴史をかけた計り知れないものだったわけです。



お父様の歩み、一つ一つに
歴史をかけた闘い
蕩減がかかっているのだな、
そのように感じさせていただきました。

明日に続きます。


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