2015年12月12日

文師の恩を忘れない?! 〜真の父母の足跡を求めて1〜 麗水(ヨス)、巨文島(コムンド)篇 




TPマガジンの最新号に
許煬(ホ・ヤン)天一国特別巡回師の証しが掲載されています。

真の父母様が、とても愛され、
開拓されたといってもいい地について、
ツアーガイドさながらに紹介してくださっていますので、
お楽しみください。

日本語訳が少し難しいので、
意訳させていただいています。


真のお父様聖和3周年記念追慕の日まで
あと2ヶ月となりました。
敬愛してやまない金榮輝(ヨンフィ)会長が聖和3周年を前に
真の父母様の歩まれた地を踏査したい・・・
ということを言われたので同行させていただくことになりました。

金榮輝会長と金ビョンホ会長、私の三名が一行となり、
3泊4日で全羅南道麗水(ヨス)を中心に、
真の父母様がとても精誠を尽くされた
巨文島(コムンド)と清海(チョンヘ)ガーデンを訪ねることになりました。


最初の目的地は南方の海洋天正宮です。
麗水の旅客船ターミナルから乗船し、
2時間ほどで到着するのですが、
そこは私にとって第2の故郷のような地です。

今回、元老の方が来られるということを聞いた
株式会社イルサン海洋産業のシム・ワンソク常務が
私たちを出迎えてくださいました。

シム常務は3泊4日間ずっと同行しながら、
真のお父様が構想されていた
国際海洋観光タウンに関するプロジェクトを時折説明し、
陸地では車の運転もしながら、
この場を去るまで親切と好意で案内してくださり、
負担もなく真の父母様の足跡を辿ることができました。

この地域の特性を概括的に調べてみれば、
一つ目は、真の父母様が後天時代開門の中心地として祝福され、
国際海洋観光タウンの造成に向け多くの財源を投資されたこと。
二つ目は4大美港町として選ばれたこと。
三つ目は李瞬臣将軍の激戦地でもあり孫􀀁源牧師の殉教地であること。
四つ目は、麗水・順天事件で多くの良民が犠牲となったところ。
五つ目は韓国で最初の会場ケーブルカーが開通したところであり、
六つ目は全国観光名所50ヶ所のうち、
多島海海上国立公園である巨文島と百島が3位に選ばれ、
麗水を訪れる観光客が年間1千万人を超える名所として
特徴づけることができます。

麗水地域社会に向けて物心両面で投資して来られた真の父母様に、
麗水に住む徳望のある著名人や市民らは感謝し、
その恩を忘れてはならないと異口同音に語ります。
真の父母様のお陰で麗水に住む多くの失業者が救われ、
人口30万人も満たなかった麗水市が
世界へ雄飛する契機となったからです。

天が未来と我々子孫のため選ばれた全羅南道麗水南海岸、
今回の真のお父様聖和3周年追慕の前に、
在世時に責任を果たせなかった歩みを反省し、
真のお母様に忠孝の道理を誓いながら、
麻の喪衣をまとい伏して処罰を待つ気持ちで出発しました。


巨文島(コムンド)は人口約3千名、面積は12平方キロメートルです。
麗水と済州島の間に挟まれており、
多島海の最南端で東島、西島、古島に分かれています。

海洋天正宮の場所は
韓国でも有名な海水浴場が一望できる
多島海海上国立公園の陰達山の麓にあります。
ここは一本の花のように美しくもあり、
鯨の背のように盛り上がって雄大でもあり、
大理石で建てられているので見る者の心を
静かにまた平安な気持ちにさせました。

「一本の菊の花を咲かせるためにコノハズク(フクロウ科)
それ程にも悲しく泣いたようだ」
というある詩の一文のように、
未来と子孫の為に巨文島を聖地に選び祝福の通路を準備するために
2004年1月15日、ご自身で作られた天勝号に乗り、
巨文島と百島を見回った後、
巨文島天正宮建立の重要性を強調されました。

真の父母様が奉献式の前に
ここを何度行き来されたかは想像もできませんが、
奉献式(2011年天暦8月15日中秋節)後、
聖和される前の最後の訪問(2012年天暦6月6日〜9日滞在)まで
その回数は24回にもなります。

当時は主にヘリコプターで往復されていましたが、
時には車で天正宮博物館から金浦空港まで、
金浦空港から麗水まで旅客機で、そこから清海ガーデンまで車で、
清海ガーデンから巨文島まで天正号で往復され、
巨文島海洋天正宮のために精誠を尽くされました。

風水地理に無知である私が見ても、
左に青龍、右に白虎、南に朱雀、北に玄武が
しっかり守っているような天恵の場所です。

正門に入ると奉献式当日に記された
「圓母平愛財団」という大きな字体の揮毫が視界に入ってきます。

2011年天暦7月19日、米国ラスベガスにおいて
特殊工法でご自身で製作された圓母船進水式を終えられた後、
真の父母様の平和思想、さらに人類共栄の業績を永遠に称え、
その価値を永久に保存しなければという意味を込めて
圓母平愛財団の設立を宣言されました。
その揮毫をここで記されたのです。

また2012年天暦閏月3月12日〜13日には、
日本の地区長団25名を巨文島海洋天正宮に呼びだされ、
釣り道具セットを1セットずつプレゼントしてくださり
1泊2日の間、訓読、実体のみ言で
霊性訓練と海洋訓練を行われ新たな出発の意欲を高めてくださいました。

特に巨文島天正宮の正門と裏門に掲げられている
圓母平愛財団の揮毫を具体的に説明され

「私の生涯の総体的な決算である。
永久なる平和財団として保存させ育成させていかなければならない。
君たちがこの財団に栄養分を提供しなければならないし、
さらには祖国や民族の主役になり旗(基準)になってこそ
日本という国がなくならずに済むのだ」

というみ言を語ってくださったのでした。



許煬(ホ・ヤン)巡回師は1965年度入教後、
国内外において教区長など要職を務めてこられました。
2010年度から真の父母様の随行補佐を受け持ち、
真の父母様が行かれるところは一つも残さず同行されたそうです。

海洋天正宮は一度も行ったことはありませんが、
麗水の清海ガーデンには、一度だけ行かせていただいたことがあります。
釜山からバスでとても長い距離を往復した記憶があります。

それほど大きくない都市ですが、
万博が開かれたことで大きな変化を成し遂げました。
地元の名士たちがお父様に感謝しているように、
お父様の功績は大きいものだったと思います。

明日に続きます。


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posted by ten1ko2 at 06:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする