2015年12月20日

母ちゃんの小言は「3倍返し」?! 「聞く」ためには、まず、「黙る」こと!! 《家庭力up↑講座》



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絶対愛は、
相対を絶対視する所で
成立するのです



家庭力アップ講座、おとといの続きです。


ここで、「共感的聞き方」の例を
『10代の子供の心のコーチング』より紹介します。

私には高校生の息子が一人います。
それまでの私は、息子に対し、
話すことと言えば指示・命令・説教ばかりでした。
この子はどうしてこうなんだろうと、
息子を責めることばかりでした。

ただ親が黙って、息子の話を聞くだけだから
簡単だろうと思っていましたが、
『黙る』というのはなんて大変なことか……。
黙って私の指示や命令を聞いていた息子はエライ。

そして黙り始めて1週間。
黙って話を聞く私に対して、(最初は)
「調子が悪いの?」が息子の反応でした。

(こうして)それまで、私の話を、聞いていた息子に、
自分が話すチャンスが巡ってきたのです。
そして、今までの不満もふきだしました。

「4、5、6年は学校がつらかった。
特に5年の時は学校でもガミガミ、家でもガミガミ。
はっきり言って自分の居場所がなかった。
家のベランダから飛び降りようと思ったけれど、やめた」

「母ちゃんに自分の意見を言うと3倍になって返ってくる。
だから言う気もなくなるし、こわい」……

私は今までのことを心から詫び、
息子が死なずによかったと思うと同時に、
自分の不安から、息子に無駄な言葉を浴びせ、
傷つけていたことに気がつきました。

それに対して息子は、
「でも、今、おれは気にしてないよ。
5、6年の担任から教えてもらったこともあるし、
今は楽しいし。母ちゃんのアドバイスも、
役に立ったこともあるから」

息子のこの言葉に本当に救われました。
今も、つらかった過去のことを少しずつ話してくれています。
私の黙って聞く習慣も身につき始めています……


この例の中でとても大切な二つのポイントがあります。

一つは、「今までのことを心から詫び……」とあります。
これは、母が子供の話を共感的に聞いてみて、
子供の心が分かっていなかったと、
初めて「自覚」できたのです。

二つ目は、「自分の不安から無駄な言葉を浴びせて、
子供を傷つけていた……」というところです。

私たちは、意外と人の心を共感する聞き方に慣れていないのです。
ですから、「共感的聞き方」の練習をしてみる必要があるのではないでしょうか。

子供が自分の不安を打ち消す方向に向かうまで、
黙って話を聞くようにします。
親が黙ることは、子供を何とかしてやりたいからこそなのです。
黙って子供の話を聞くことは、子供が何をどう感じているのか分からないと、
「なんとかしてあげる」ことができないからなのです。

特に、思春期の子供は、話を聞くのに、もっと本気度を求めるようになります。

黙って聞いてあげるというのは、素晴らしい愛情です。
子供に対しても、黙って聞いてあげることが大切なのです。
親にとって、言いたくなってしまう自分との戦いでもあります。
どんな相談にでも乗ってあげられる親になっていくことが大事なのです。

「心が育つ」ということは、聞いて、共感してあげることです。
一回の練習ですぐにできるようになるものではありませんが、
何度も何度も繰り返して練習をしてみましょう。
だんだん子供の気持ちが理解できるようになるはずです。

教えるよりも「育つ」環境を作ること。
そのためには聞いてあげること。
「不登校、学校に行けないのは苦しいよな。辛いよな」
と共感的に理解してあげるのです。

共感的に理解してあげると、子供は喜び、
親の愛情を感じ、心が正常になっていきます。
子供は、お父さん、お母さんに心配をかけていることを気づき、
学校に行こうと思うようになるのです。

「絶対愛は、相対を絶対視する所で成立するのです」
(『後天時代の生活信仰』p63、64)

このみ言は、子供を心から尊敬して、
相手の気持ちを共感していくことなのです。



多田部長は、お父様のみ言を紹介しておられます。
とても深いみ言だな、と感じます。

教育部長さんのブログ『教育部長の講義日記』では、
「相対絶対主義」と題して、解説しておられます。

子供というのは、私が父母として完成するために存在するのだ・・・
そのように考えて、もっと謙虚になって、
子供を見つめていきたいと思いましたし、
『共感的聞き方』を実践していきたいと思います。


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