2016年01月28日

私の思いを上手に伝えたい! 有効な「親メッセージ」とは?! 《多田部長の家庭力UP↑講座》



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子を思わない親はいない、
それなのに、そんな親の愛情は子どもには
なかなか伝わりません。

まず黙ることから。
そして、子どもの話を、上手に聞けるようになったら、
今度は、親自身の思いを
上手に伝えていきたいですね。

多田部長の「家庭力アップ講座」
今回は、『親メッセージについて』です。


私たちは、授受作用を通して、家族として存在する力、
喜びを繁殖する力、様々な生活する力が湧き出てきます。

授けていく力と受けていく力がひとつとなって
家庭での授受の関係ができるようになります。


親が、子供に愛を授け受けることとは、子供の気持ちを分ってあげたい、
共感してあげたいと願う気持ちで、子供の話を聞くことです。

そして、子供の気持ちを共感できたときに、
親の愛情が子供に伝わるようになるのです。
すると、子供が「親は、私の気持ちをわかってくれている」と感じるのです。

子供の話を「聞く」ことを通して、親の愛情が子供に伝わるのが、
「共感的聞き方」並びに「積極的聴き方」です。


「家族の対話」のもうひとつの内容が、「話す」ということです。
「話す」ことを通して愛情が子供に伝わるのが「親メッセージ」です。

「親メッセージ」とは、自分の感情的思いではなく、
共感したい思いで子供に接する自分の気持ちをそのままに、
「私」と言うことばを主語にして表現するのが「親メッセージ」です。

「親メッセージ」の特徴は、相手の行動をよいとか悪いとかの評価を下さずに、
自分はどう思うという風に自分の気持ちを表現できることです。

私の言葉の中に、私に対するどの「行動」が、私にどんな「影響」を与え、
私がどんな「感情」を抱いたのかをしっかりと、子供に伝えることです。


子供の気持ちを「共感」した土台の上になされるのが、
ここで学ぶ「親メッセージ」です。

「親メッセージ」とは、親の思いを、愛情を持って子供に伝え、
子供が理解していける方法です。

「共感的聞き方」や、「積極的聞き方」ができるようになって、
「親メッセージ」を正しく実践することができるようになります。

何度も何度も気持ちを共感できるように「聞き方」を実践していく中で、
「親メッセージ」を用いて親の願いを子供に
愛と共に伝えることができるようになります。

慣れるまでは、難しく感じますが、子供の気持ちを
しっかりと共感できるようになれば自然と
「親メッセージ」を実践できるようになります。


「親メッセージ」は、子供の行動を通し、
親が問題を抱えた場合に用いる方法です。

子供の行動や発言により親が問題を抱えたときに、
親はどうするのかといえば、

第一に「直接的に子供の行動を変えようとする」か、

第二に「環境を変えようとする」か、

第三に「自分自身を変えようとする」という三つの方向性があります。



例を考えてみましょう。

「テレビを見たり、ゲームをしたりして、なかなか勉強をしようとしない」という場合に、

第一は、子供の行動を変えようとする。
すなわち、テレビやゲームを見ないように注意したり怒ったりするのです。

第二は、環境を変えようとする。
すなわち、テレビをなくす。
ゲームを捨てる。(壊す人もいた)

第三は、自分自身を変えようとする。
すなわち、子供の気持ちを共感しょうとすることです。
以上の三通りが考えられます。


ここでまず、親と子供の位置を確認する必要があります。

親子が心を一つにしたいときは、親と子が縦の関係ではなく、
横の関係にならないと、心が一つになりません。
親子の気持ちを一つにしていく努力が必要です。
権力を行使するのでは、ますます、子供の心は離れていきます。

親は往々にして、子供の行動を変えたいと願いますが、
子供の心を共感し、理解してあげたいと思えるようになりたいものです。



ゲームについての例題があげられていました。
恥ずかしながら、わが家の子供たちも御多分に漏れず
ゲームが大好きです。

ご存知の方も多いかもしれませんが、
任天堂の「スプラトゥーン」。
大ヒット商品ですが、
うちの子供たちも買って、遊んでいます。

この家庭力アップ講座を読んでいたからではないのですが、
共感しないといけないな。。。
そう思いつつ、ゲームを見ていると
結構、面白そうです(笑)
もちろん、ずっとやり続けているのは良くないので、いいますが。。。


いつか紹介しようと思っているのですが、
「ユダヤ人の家庭教育と伝統」の証しを先日聞きました。
天の伝統を守る、という観点からすると
ゲーム三昧の子供たちを見ていると、
本当に申し訳ない限りです。。。

子供たちに共感しながらも
「親メッセージ」として
必要なことはしっかりと伝えていかないといけないと感じます。



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2016年01月27日

地元も嬉しい、神様も嬉しい、大学生遊説隊UNITEの活躍!! 我が松戸駅頭に進出!!



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先日、友好団体である国際勝共連合
大学生遊説隊UNITEの紹介をしました。

松戸は、人口48万人です。
比較的大きい都市ではありますが、
教会の規模は大きくはないので、
「来ないだろうな・・・」
そう思っていたのですが、
何と、やって来てくれました!!


勝共連合遊説隊が松戸に来るときには、
街宣車を使って西口でやるのだろうと思っていたのですが、
隊長さんが私たちの路傍伝道をご存知で、
「今日は松戸教会でいつも使っている東口のデッキで
街宣車を使わずにやろうと思います!」

東口デッキは、私たちの路傍伝道における聖地です。
その言葉に思わず、顔がほころんでしまいました(笑)

大学生4名は、みんな東大生!
スタッフを含めて、6名が演説をしました。
そして、紅一点(女子大生)が1名!

原稿なしで、一人10分くらいの演説でした。
みんな本当に上手です。

中国共産党、覇権主義の脅威、
若者たちに政治に関心を持って欲しいこと、
パートナーシップ条例の恐ろしさなど・・・
あっという間の一時間でした。

私たちはもちろん、一般の方たちも
聞き入っている人がいました。
「そうだ、そうだ」とか
「頑張れよ!」とか言っていましたね。。。
私たちの路傍演説では、出ない言葉です(笑)

しかし、中には、ちょっかいを出す人もいました。
それでも、みんなしっかりと対応していました。


遊説隊のツイッターです。
 https://twitter.com/ifvoc_unite

少しいくつかピックアップしたいと思います。


逆にウォッチャーの端くれとしては
「国際勝共連合は本当にあったんだ!」と軽く興奮している
 

Facebookで見つけて興味をもちました。
……同性婚や安保条約に対するデモなど、
なにか違和感を感じていながらも、
……もやもやするこの頃でしたが、
やはり真剣に今と向き合って、
行動していかなければとみなさんの活動をみて気づけました。


まともな若者が声をあげてくれてホッとしました。
是非精力的に活動してほしい。 
→【SEALDsにライバル登場】国際勝共連合 大学生遊説隊 UNITE(ユナイト)


池袋駅前では、3人組の高校生が演説を聞いてくれ、
最後に「カッコよかった」などの感想を口々に述べてくれたのが嬉しかったな。


きよう午後巣鴨駅前で、ネクタイ、スーツ姿の若い学生の演説、
国際勝共連合の共産主義は間違っている、このままでは沖縄が危ない、
今まさに、日本のために行動するときであるをきいた、
若い垢抜けした、精々しい、若者の姿に好感をえた、



みんな一般の人の声です。
写真を見ても、多くの人の関心を集めています。

今日は、東京(八王子・立川など)
そして、明日は、神奈川(横浜・川崎など)
で演説をして、いったん終えるそうです。

九州や関西の知り合い食口からは、
「こっちにも来て欲しい」
という声がありました。

個人的には、各地にいる学生たちが
このような活動をそれぞれの地域で行い、
全国展開していけばいいのでは。。。
そのように思います。

まさに、私たちが2年前から始めた路傍伝道が
少しずつ火が点いて、まさに全国展開されている
それと同じような状況になっていくことを願うものです。

そして、大学生最大の政治組織になったら、
物凄い影響力になるのではないでしょうか。

今年の参議院選挙から投票権が
18歳以上に変更されます。
そういう意味でも
時代の最先端は、若者・学生です!


今回、他教会の伝道部長さんご夫婦が
息子さんの演説を見に来られていましたが、
こんなにも立派に成長したと感じているだろうし、
嬉しいだろうな・・・そんな風に思いました。

私も親目線で見させていただきましたが、
彼ら若き学生たちがこのように躍動する姿は
神様・御父母様にとってみれば、
私たち以上にどれほどの喜びでしょうか。。。

これからの彼らの今後の活躍を期待するとともに
私たちも変わらずに叫んでいきたいと思います。


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posted by ten1ko2 at 12:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月26日

釜山到着、そして開拓!! 〜生涯の友であり弟子、厳徳紋先生との再会〜 《金元弼先生》



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厳徳紋先生☆


金元弼先生の受難と源流。
今日は、*厳徳紋(オム ドンムン)先生の入教と釜山での開拓伝道です。

釜山に到着したのが、1951年1月27日、
厳徳紋先生と再会したのが、1月28日のことでした。
今からちょうど65年前の証しです。

(先回のポムネッコルは、この年の8月に
建てたといいますので、それを遡った南下直後のお話です。
興南での12名の弟子についても、少し話されています。)


ニヵ月ほど過ぎたころ、
朴さん(朴正華氏、興南の弟子の一人の足がほとんど治ってきたので別れて、
先生と私だけが釜山に向かうことになりました。
途中、蔚山で初めて汽車に乗ることができました。

釜山に着いた最初の夜、先生は昔、ソウルで
日曜学校の先生をしておられた時の弟子の家で休まれました。
私は他人の家なので、共に世話になることができず、
ある食堂に就職して、そこに寝泊まりするようになりました。


先生は、日本で一緒に勉強していた厳徳紋さんに会われました。
そして厳さんの家に落ち着かれることになりました。

厳さんは、先生と学校時代(早稲田大学附属早稲田高等工学校)の同窓生であり、
互いに友達のような間柄で、先生は厳さんに
これからの理想世界に対するいろいろな話をされました。

すると彼の夢にイエス様の妹が現れ、
「私はイエス様のことで私の母に恨みがあります。
その恨みを解くには、大きな門があって、その中に小さな門があり、
またその中にさらに小さな門がありますが、
それを開けなければなりません。
その鍵を持っている人は文先生だけです」と言うのです。

その人は仏教の人ですから、キリスト教のことも
聖書の内容も全然知らないのです。
それで朝になって目を覚して、先生にお話しされるのですが、
その時はひざまずいて話しました。

昨日の夕までは、「君」「おまえ」と言ったのが、
その朝はひざまずいて、「先生」と言うのです。
そして先生に鍵のことを「それは何のことですか」と聞くのです。
そこで先生は、ずっと歴史をお話ししてくださったというのです。

そして、厳さんはそれからずっと熱心に先生と共に歩んでいらっしゃいます。


また、先生は金さんという弟子の家に
二週間ぐらいとどまられたこともありました。

金さんは北韓の興南の獄中での最初の弟子でしたが、
その後結婚して小さな家に住んでいました。
先生が厳さんと働いておられた時、部屋がありませんでした。
それで結婚して何日もたたない金さんの、
四畳の小さな部屋に行って一緒に暮らしたのです。

そこで先生は原理を書かれました。
『原理原本』です。
先生は厳さんと一緒に本の表紙を作る仕事をしながら、
原理を書き始められたのです。


ある時、先生は、「ここではどうしても原理を書くことができないから、
お前が下宿している所に私は行かなければならない」とおっしゃいました。
それで先生は私が下宿していた所に一緒に住まわれるようになりました。

その下宿というのは、三畳の部屋なのです。
だからもう先生の頭と足が壁にぶつかるのです。
そういう狭い所にいらっしゃりながら、先生は原理を書かれ、
また開拓伝道をされたのです。

先生は時々、私が働いている食堂に厳さんや金さんをお連れになって、
紹介してくださり、また私のことも二人にお話ししてくださいました。
そうすると、食口がとても多くなったような気がして、
私は本当に力がわいてきたものです。


そのころの先生は、あまり満足に食事をしておられないようでしたので、
食堂の主人に、私の尊敬する方なので
昼食を接待したいと頼むと、承諾してくれました。

そこで部屋にお連れしてお膳を整えると、すぐに御飯を召し上がりました。
それでもう一杯差し上げると、それもすぐになくなってしまうのでした。
そのころ、先生は召し上がるものがなくて、波止場に出掛けて夜は仕事をし、
昼には暖かい日の当たる所で休む、という生活をされていました。


小さな下宿に、食口たちが集まってきました。
ある婦人は、ソウルにいる時に信仰で交わった人で、
韓国の一流新聞の編集局長をやった人の奥さんでした。

その奥さんは四十年の信仰生活をして、
聖霊を受けて霊通するようになった方なのです。

その人の家を先生が訪ねて、先生の家を訪ねてくるようにと約束したのです。
それで訪ねてきました。その人は霊通する人ですから、
いろいろな話をするのも簡単です。

その人の信仰を先生はよく知っていらっしゃいますから、
結論的に何を言うかというと、
「世界の全部の人間と文鮮明と、誰が高いか祈ってみなさい」
と言われるのです。

先生のことを普通の青年ではないことは知っていましたけれども、
世界の人類と比べよということにはカッカしました。

そしてまた、イエス様を生命の中心としているその婦人に、
「祈ってみなさい」と言うのです。
それでその婦人はとても信じられなくなって、家に帰ってしまったのです。

帰ってからも先生に会いたいという気持ちはもうありません。
しかし先生のお話を否定しようとすると心が暗くなり、
納得しようとすると心が本当に平和になるというのです。

そこで、“これではいけない。
私は生命を懸けても祈って解決しなければならない”という決心をしたのです。
そして再び先生を訪ねて、私たちがいた家の前に小さな山があったのですが、
その山に登ってお祈りをしました。

「神様、この問題に対して教えてもらわねばなりません」と心から祈っていると、
「先生のお話のとおりだ。文先生が高い」というふうに教えてくれたそうです。
けれどもその人には実感がないのです。

そこでまたお祈りしていると、イエス様よりも、
無形の神が現れていつも教えてくださったそうです。

御主人から石をぶつけられて迫害されている時も、
いつもいつも無形の神が現れて、その人にいろいろと教えてくれたということです。

それは、先生が座っていらっしゃると、
無形の神がだんだんと先生の体の中に入って、
ついに見えなくなってしまったというのです。
これは何かというと、無形の神が先生の実体の中におられ、
先生と一体であるということの証を示しているのです。


そういうことがあって後、その下宿で先生が礼拝をされました。
しかし、部屋があまりに狭くて、どうにもこうにもできない貧しい生活でした。

先生はそのような貧しい生活の中でも、いつも歌を失われませんでした。
お友達の厳さんは歌が上手で、先生は何回も歌わせられました。

下宿から少し上がったところに、公共の墓地があって、
そこに平地が少しあったのですが、いつもそこに登って、
歌いながら瞑想にふけったりしておられました。


先生の開拓伝道を通して、一人を立てるために御自分のすべてを尽くして、
愛と真理で語られたということを知っていただきたくてお話ししました。

先生のそういうことを心に置いて、
先生が開拓していかれたその道をついていくのです。

本当の開拓というのは、先生が既になさったものですが、
開拓された時の心情をもって私もこの道を行ったら、それも開拓ということです。
開拓の伝道を通じて、父母の心情を所有するならば、
私の心は父母の心情と同じということです。

監獄で弟子になった人たちは、全部北に残っており、
南にいる人は、南に帰ってきて私がお会いした人が三人と、
まだ会っていない人が一人です。
計四人くらいです。
他の人たちは、今はもうどうなったか分かりません。



お父様の自叙伝には、釜山についた直後、物乞いをしたこと、
また、厳徳紋先生との出会いについても、書かれています。
お父様はそれまでの路程を話されるのに
3日3晩かかったということです。

そうして、厳徳紋先生が、お父様の弟子となったのですが、
今回の証しは、初めて知りました。
霊的な体験があったのですね。
その後、霊的な婦人の証しなどを通しても、
このころは多くの霊的体験があったことがわかります。

お父様が『一人を立てるために御自分のすべてを尽くして、
愛と真理で語られた』ので、役事が起こったのだと思います。

今、私たちが相続していく心情
まさに、開拓伝道の精神です。
お父様の心情を思いながら歩んでいきたいと思います。


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*厳徳紋(オム ドンムン)先生
 2012年天暦5月12日(陽暦7月1日)聖和。享年93。
 真のお父様の日本留学時からの友人であり、後にお父様を人生の師として仰いだ。
 世宗(セジョン)文化会館やロッテホテルなどを設計した韓国有数の建築家。
 真の父母様は嚴徳紋先生の聖和の報告を聞かれると、「天心(チョンシム)親舊(チング)」の揮毫
 と花を贈られ、霊界入城の道を祝福された。

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