2016年01月22日

合同結婚式、その後のカップルは?! ≪低・離婚率★高・出生率≫ 知らなかった、私たちの家庭力!!



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合同結婚式で知られる祝福結婚。

昨年、あるテレビ番組で、
統一教会から家庭連合に名称変更したということ、
また祝福結婚に対しても
批判的な報道がなされました。

それでは、実際、これまで祝福結婚を受けたカップル、
家庭はどうなったのでしょうか・・・

気になるその実態は?
統計的データで明かします



「誇りある教会づくり」プロジェクトの一環として、
オープンな家庭連合の実態を、広く一般社会に公開すべく、
家庭連合FACT・Q&Aサイト
「家庭教育フォーラム」を開設したということです。

早速見てみると、興味深いデータがありました。
  それによりますと・・・


今までの祝福結婚式参加人数は、約17万5千人
(既成・独身祝福などを含む)

国内在住のマッチング家庭は、約1万8千家庭。
(真の父母様による紹介、あるいは教会のお見合いでの結婚)

祝福合同結婚式に参加した国際カップル数は
1万6千組近くあり、
祝福の相手国は126カ国にのぼるといいます。
(日本在住は約5千家庭)

そして、注目すべきは、離婚率です。
祝福家庭の離婚率は、なんと1.7%!!。
(注)家庭出発者とは、祝福合同結婚式に参加した上で、実質的に結婚生活を始めた家庭を指す(一世・二世・既成祝福を含む)。
家庭連合・家庭教育局に報告されている国内家庭出発者総計40,093名のうち、現在離婚している離婚者数から算出(2015年11月24日現在)

また一般的には、国際結婚のカップルは
総じて離婚率が高い傾向にありますが(約24~49%)、
家庭連合の場合は、突出して低いのです。

例えば韓国・朝鮮人相手の国際結婚の場合
一般には49%の離婚率なのですが、
家庭連合の場合は、1.3%に過ぎません。


それから、この少子化の時代の中、
家庭連合の出生率は2.1人です。

政府が発表した日本全体の結婚した家庭の出生率1.92、
一人の女性当たりの出生率1.42ということから比較しても
きわめて高い水準にあり、
2.1という数字は、昭和40年代とほぼ同じ水準だそうです。

実際に統計をとっての数字であり、
FACTDATAということですから、
これが真実の数字です。
(これは、日本家庭連合の統計です。)


上にあげたテレビ番組では、
祝福後結婚が破綻した、元信者にインタビューをしていました。

報道というものは、公平・公正が求められます。
そういう意味でも、同じ合同結婚式に参加して
幸福な家庭を築いている大多数の信者たちに対しても
インタビューをすべきではなかったでしょうか。

1.7%という離婚率を考えたなら、
祝福を受けて離婚している人たちはごく少数です。
こういう人たちにターゲットを絞って報道すること自体、
公正な報道というよりは、
なんらかの意図を持っているのは確かでしょう。

うちの教会でも、この番組を見た、教育センターで学んでいる人が、
教会に悪い印象を持ってしまい、教会をやめる寸前までいきました。
マスコミの力、噂というのは、おそろしいものです。

そんな状況を打破するべく、
このようなサイトが取り上げられたことは
本当に素晴らしいと思います。
そして、私たちの真実の姿を知って欲しいと思います。


家庭連合では、社会に貢献する
幸せな家庭つくりを目指しています。

世間にアピールするという意味では、
友好団体である、国際勝共連合が
新しい遊説隊を作りました。

それが国際勝共連合大学生遊説隊UNITEです。
HPはこちら
http://www.ynite.org/

参加しているのは、東大生!
また、詳しくはブログで紹介したいと思います。
今後の活動に期待します。


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posted by ten1ko2 at 15:11 | Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月21日

あの日、ボンネッコルで! 〜お父様が原理を執筆された頃〜 《金元弼先生》



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金元弼先生の受難と源流。
今日は釜山、ボンネッコル時代。
金元弼先生が似顔絵を描きはじめられたときのこと、
また、『原理原本』の執筆に関してのことなどを紹介します。


その後、私は米軍部隊で働くことになりました。

その間、先生は原理を執筆され、私が帰ってくると
それを私に渡してくださるので、読んで差し上げると
先生はじっと聞いておられました。

先生はよく山に行かれ、暇さえあれば山から石を拾ってきて、
土を運び、家を造る準備をされました。


そのころ、私は米軍部隊でいろいろなペイントの仕事をしていました。

ある日、私がいたずら半分に絵をかいていると、先生が御覧になって、
「これからどんどん絵をかくように」とおっしゃるので不思議に思っていました。

するとある時、同じ職場の人が私に、絵をかいてみないかと言うのです。
その人は米軍の婦人とか女友達の写真をかいてあげていたのですが、
私にもその注文を取ってやる、というのです。

最初の仕事は黒人の写真でした。
私は黒人を見たことがなかったので、どんな色を入れたらよいのか迷いながら、
とにかく四時間半かかってそれを仕上げました。

私はそれでお金をもらおうという考えはなく、
ただ悪口さえ言われなければと思っていたのですが、
意外にもその人は「良くかけた」と言ってお金をくれ、
さらに注文を取ってくれました。

それで私は力を得、先生のお言葉どおりに絵をかくようになったのです。
その後、食口の数が増えれば増えるほど、注文も多くなっていきました。


私は毎日、五時に仕事を終え、注文を受けて帰って来て、
それから絵をかき始めるので、いつも終わるのは午前零時か一時ごろでした。

先生は私が帰る前に市場に行って必要なものを買って、
絵をかく準備をしてくださいました。

そして、私がかき終わるまでそばで見守っていてくださり、
そのあと私が休むと、先生はそれを朝持って行けるように、
切って丸めて準備してくださるのでした。

そのうちに、先生も色を選んだり、背景をかいてくださるようになり、
またしばらくすると、私は顔だけかけば
先生が服や髪の毛や背景を塗ってくださるようになりました。

そうして、一日に十五枚、二十枚と注文が来て、
時には午前四時、五時までかかることもありました。


時々おばあさんの食口が訪ねて来て、疲れるので横になろうとすると、
先生は「このように苦労しているのに眠ってはならない。
眠りが来たら壁に寄りかかって寝なさい」とおっしゃいました。

仕事をする人は仕事に酔うのでそれほど疲れを感じませんが、
そばでただ見ている人は、大変だったろうと思います。

そのような中で、先生は絶対に私の前から
離れないで見守っていてくださったので、
私は疲れても耐えることができました。


私は働いて得たお金は全部先生に差し上げました。
すると先生は、一か月間食べる米と燃料、石油、
そしておかずとして煮干しを先に買っておかれました。

私は部隊で食事をしました。
先生は御自分で御飯を炊いて召し上がることが多く、
先生は女の人よりも上手に食事をつくられました。

先生は貧しい修道者たちに米や服を買ってやったり、
またお金を与えたりして、お金はすべてそのように使われるようでした。

ある日先生が、「あなたが持って来たお金を全部使った」
とすまなさそうにされ、誰々に何を買ってやったとか、
何にいくら、本を買うのにいくらかかったと、私に報告をされました。

先生がそのお金をどう使われようが、
いったんおささげしたものだから私には関係ないのに、
かえって私の気持ちを案じてくださる先生の姿に、
自分の足りなさを感じ、もっと尽くさなければと心の底から思いました。


私の帰りが遅くなると、先生は路地まで出て来て、
待っていてくださいました。

また私が疲れて眠ってしまうと、
先生はよく泣き声の混ざった声で歌われたり、祈ったりされました。

ある時には、まだ暗いのに私を起こして山に登り、
岩のある所で、先生が「あなたはここで祈りなさい、私はあそこで祈るから」
と言われて、一緒に祈ったこともありました。


ある日の早朝、先生は突然私を起こして
「早く明かりをつけなさい」とおっしゃいました。
私がランプをつけると先生は、鉛筆と紙を用意させて
「私の言うとおりに書いておきなさい」と言われました。

私たちが何か文章を書く時は、途中で考えたりしますが、
先生は初めから終わりまで休まず続けられました。

それは再臨論に関するもので、『原理原本』はほとんど先生の筆跡ですが、
その部分だけは私の筆跡になっています。


先生は神のために愛して、それでもなお不足を感じられる方です。

だから私たちも、いつも不足を感じながら神と先生を愛し、
またすべての人々に愛を与え、また与えながらも自分の足りなさを感じている、
そうすることによって初めて、
天の誇りうる人となることができるということを信じます。


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お父様に慕わしさを感じるとき、
お父様の若き日に、ともに歩まれた
金元弼先生の証しを読ませていただくと、
その時の情景が思いおこされ、胸が熱くなります。

お父様とともに、
お二人で生活された金元弼先生が
とても羨ましくなりますね。


以前、ある方から、教わったことがあります。

自分自身が御父母様とともに生活していた
お父様から愛されて育った・・・
そのように瞑想の中でイメージしていくと
本当に御父母様と親子の心情関係を結ぶことができる。


ですから、金元弼先生がその場におられたのではなく、
私がお父様とともに生活していたんだ。。。
そんな心情を持つことが重要だと感じます。

実際、2000年前におられたイエス様を慕うクリスチャンたちは、
一度もイエス様にお会いしたことがないにも関わらず、
かつては殉教を乗り越えてきたことがあったことを思えば、
イエス様を恋い慕う心情が強いのだと思うのです。

私たちはそれ以上に強烈に
真の父母様を慕っていかないといけないと感じます。


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2016年01月20日

何度もあった7年路程!! 天国を創る人になるために、2016年は?!



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2016年は、
7年路程・後半の
最初の年
──



天国にただ入る人ではなく、
天国を創る人になろうという昨日のお話でした。

後半の今日は、具体的に、この2016年を
歩んでいくための、貴重なみ言です。


さて、VISION2020を掲げて出発した7年路程も、
前半の3年路程を終えて、後半の4年路程を出発しました。

3数は天の数であり、4数は地の数です。
前半の3年は、天を見つめて精誠を尽くす期間でした。

その象徴が「侍墓3年期間」です。
亡くなった親に対して子女が侍墓精誠を捧げる期間でしたが、
真のお母様が本郷苑を中心にして精誠を捧げられました。

またこの3年間は、天一国の宣布を土台に、
定着させるための精誠でもありました。
後半の4年は、天一国を
さらに安着・安住させることができるように
私たちが責任を全うすべき期間です。


また、日本においては前半の3年期間の最後(聖和3周年の直前)に
「世界平和統一家庭連合」に名称変更されました。

前半は天と我、真のお父様と我との関係において息子・娘として
「親子関係」が問われる期間だとすれば、
後半は地の家庭的四位基台の安着を目指して
「家庭・家族関係」が問われる期間でもあります。

家庭連合としての出発を機に、
統一運動も「宗教や信仰」を中心テーマとする時代から
「家庭と愛」をさらに強調する時代に入りました。


この7年路程を母の国・日本として勝利するためには、
真のお母様が歩まれた7年路程を相続することが大切です。

それは1960年「真の父母様御聖婚」から
1968年「神の日制定」までの7年路程です。

前半の3年期間は、天の娘として立つための試練があり、
後半の4年期間は妻として、母として立つための試練がありました。

その期間を信仰と愛によって勝利することを通して
神の日を迎えることができました。
そのような勝利圏を相続する日本になるべきです。


また、1992年に世界平和女性連合総裁として立たれた
真のお母様が歩まれた大切な7年路程もあります。

正式には成約元年と言われた1993年〜1999年です。
成約時代とは再臨のメシヤである真のお父様が新婦を迎えて
「真の父母」として顕現して人類を生み変えて行く時代です。

ですから、1992年の3万組国際合同結婚式の前日に、
人類の前に「真の父母宣布」がなされ、
統一教会の枠を超えて人類に対する祝福式として
「世界平和文化体育大典」が行われるようになりました。

成約時代は「雌牛の時代」というみ言があるように、
聖霊の実体としての真のお母様が重要な立場に立っていました。

真のお母様が世界を巡回して「真の父母と成約時代」を宣布されました。
そのような中、真のお母様は絶対信仰、絶対愛、絶対服従の
基準を立てられて歩まれました。

そして、1999年6月14日に「真の父母様天宙勝利祝賀宣布式」を通して、
真のお母様の勝利が天地において宣布されました。
これらの土台に上に「神様王権即位式」が挙行されるようになりました。


このように、真の父母様を中心とした摂理を見ていくと、
「真の父母様御聖婚からの7年路程」と
「成約時代を迎えてからの7年路程」がありました。

いずれも真のお母様の責任分担が大きく問われてきたように、
2013年からの7年路程、まさに
「天一国時代の基元節を迎えてからの7年路程」においても、
真のお母様が先頭に立って歩んでおられます。

霊界におられる真のお父様を中心として、
地上では真のお母様と完全に一つになり
「神氏族メシヤと救国救世基盤造成」を勝利する願いがあります。

何よりもお母様との一体化が鍵であるが故に、
お母様に対する非難や中傷、誤解が多くなっていることを、
ただの混乱として捉えるのではなく、
天一国安着・安住のための試練として受け止めていきましょう。

どんな事があっても、真のお母様と一つになり、
天国に入ろうとすることにとどまることなく、
天国を創る人になり結果を残す者になりましょう。




7年路程というと、お母様が家庭的基台を作られた
1960年からの7年を思い浮かべますが、
その後にもあったんですね。

よく考えてみれば、7年路程を果てしなく越えて来られた
真の父母様でした。

キリスト教の失敗により、1945年から7年で
天国が成されるはずだった摂理は流れ、
代わりにお父様は、洗礼ヨハネの立場で
その7年を興南を通過しながら歩まれました。

1960年からのお母様の7年路程が家庭的路程、
1992年からが、世界的路程とすれば
この2020年までの7年路程は
天宙的な路程と言えるでしょうか。

2020年に向かう7年路程。
本当に神様は、ふさわしい「時」を
与えてくださっていることを感じます。

後半の4年路程最初の年が
今年、2016年です。
この4年間が何よりも重要なのです。

昨日の話の中で、天国を創ろうとする人は
真の父母様を誇り証す、親孝行な子女であるとし、
「実践しない傍観者」になってはいけないということでした。

今年こそは、更に愛し、実践していく年にしたいと思うのです。


天国に関するみ言を紹介して終わります。



天国とは、
準備したことをもって誇るところであり、
侍る生活をしたことを誇るところです。

それでは、その天国とは、
どのような人が行くところですか。
主を信じて恵みを受けようという人、
恵みを前面に立てていく人が行くところではありません。

天国は、侍るために心情的に
準備する生活をした人が行くところです。
準備する期間に死んだとしても、
侍る生活を残して
喜んで逝くことのできる人が行くところです。

そこに復活があります。


(天一国経典「天聖經」P714)




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