2016年01月15日

なくても与える愛?! 離れた食口を、一人ひとり訪ねたお父様!! 《金元弼先生》



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興南での生活、そして解放後の歩み。。。
いつでも、どこでも
ひたすら愛していかれる姿。
お父様は
その頃から私たちの父母だったのです──



金元弼先生の「受難と源流」
今回は、興南から解放されて、
40日間、弟子たちを訪問したときの証しです。


先生はそれから後、平壌で因縁をもっていた
弟子たち一人一人を訪ねられました。

霊能者やメンバーたちが教会から離れていたことをよく御存じでありながら、
直接訪ねて行かれました。直接行けない時は、
人を遣わし、私が行くこともありました。

年を取って病気になっている人にさえも、
「先生が無事に牢屋から出られた」ということだけでも、
全員に知らせるようにしました。

このことは、大変重大なことです。
なぜか分かりますか。
人と人の交わりではなく、神の前で永遠を誓って交わった関係だからです。

その人たちは一人も牢屋に訪ねて来ませんでしたが、
霊的にも先生は知っておられました。
面会に来る弟子から、メンバーたちが離れていった
ということを聞いて御存じでしたけれども、
先生は相変わらず二年八か月の間、
一日も抜かさないでお祈りされていました。

その人たちとは、先生が直接因縁をもったのですから、
直接会ってみて先生を受け入れるならば問題はないのです。
受け入れられなくても、直接会って確かめない限り、
因縁を切ることはできないのです。
それは本当に難しいことです。


平壌にとどまっていた期間は四十日でしたが、
先生はお帰りになっても、どういう苦労の生活をしたか
ということは全然お話しにならないのです。
その間ずっと弟子を訪ねて、
先生が帰って来られたということを知らせて回ったのです。

中には反対する人もいましたが、
先生は全員を訪ねてお話しされました。
それゆえに、そういう人たちが霊界へ行っても、
讒訴することはできないのです。

先生の父母、兄弟、親戚は故郷にいるのに、
そういうことは全然気にかけていないように振る舞っていらっしゃいました。
三日もあれば訪ねていける所にいらっしゃったのですが。

先生の心情の中には父母、親族を思う気持ちは誰よりもあると思います。
けれども先生は、み言によって、天の因縁で結ばれた
食口たちを見舞うということを先に立てたのです。


先生は、刑務所から出て平壌に帰られてから三日ほどして、
二、三人を周りに集めて、牢屋から持って来られた米の粉を出しました。
それは先生に外から差し入れられたものでした。
牢屋の中に米を差し入れる時には、焼いて粉にしました。

牢屋での食事の問題は、非常に重要な問題です。
先生は牢屋を出て平壌に来るまでの道のりを、
ひもじくとも食べ残したものをそのまま持って来て、
私たちに分け与えてくださったのです。
普通の人だったら全部なくなっているはずなのに、先生はそれを残したのです。

「牢屋の中ではね、名日(節日、祝祭日)なんかには、
米の粉でもちを作って、分けて食べるんだよ」
と説明されながら、先生御自身がその米の粉に水を混ぜて練られました。
練るのは手ではなく、先生が刑務所の中で作られたおはしで練ったのでした。

もちを作ってから、残っている食口に一つ一つ分けてくださいました。
こういうのを私たちに見せるのは、
御自分がそのように苦労なさったということを見せるのが目的ではないのです。

苦労の中にあっても、神が私たちを救おうとされるように、
御自分が食べたいものも全部食べずして、
食口たちに食べさせてあげたいという心情で分けてくださったのです。


それを見ていると、先生の刑務所での生活は追われる生活ではなく、
もっと苦しい生活を追求する生活だったということをつくづく感じました。

苦しい生活の中にあっても、自分の生活、生命は
どうなるのだろうかという危機追る生活ではありませんでした。
人類をどういうふうに救おうかと考えられ、
また人類をして復活の忠誠を示させんがための
余裕ある生活をしたいという思いで生活されたことが感じられました。

牢屋の中では、人類を救わんがために、
どういうふうにしなければならないのだろうかと、
ひたすら天のみ旨に走っておられたということをつくづく感ずるのです。


先生が残っている者たちを呼び集めて、
その米の粉でもちを作って食べさせてくださったという話をしました。
「ああ、そのようにしたんですね」と皆さんは受け取るかもしれませんが、
そこには深い意味があります。

囚人たちは、生命よりも食べ物を大事にします。
けれども、先生は食べたくとも食べないで、
残っている者に何かをおみやげとしてあげたいという心をもたれたのです。
私たちはそのお心をとても大事にしなければならないと思います。

死ぬか生きるかという中にありながら、自分と因縁を結んだメンバーに、
あるいは霊の子女に何かをあげたいという心、
大事な物をおみやげとしてあげたいという先生の心を、
最も学ばなければならないと思います。

皆さんが教会員に、あるいは兄弟に、
本当に大事にしているものをあげたとしたならば、
その教会員や兄弟は、どのように考えるでしょうか。
私たちは大抵、使って余ったものや、持っている物の中から贈ります。

先生の場合は、ないところからあげようとするお心なのです。
聖書の中にも、お金持ちのたくさんの献金よりも、
貧しいやもめのレプタニつの献金の方が、
もっと価値あるものだといわれているのは、そういうところからなのです。
(マルコ一二・四一〜四四)


レセプションなどに行ってみると、ドネーション(寄付)という箱があります。
開けてみると中には何もありません。
これは神が喜びません。
そういう心を基台としては、神は教会を祝福することはできません。

センターに行けば、ドネーション・ボックス(献金箱)もありません。
祝福を受けるためには、受ける器を作らなければいけません。
心のドネーション・ボックスを作るのです。

兄弟に与える先生の贈り物が、どれほど貴重であるか分かると思います。
自分のポケットの中からというのは、これはギフト(贈り物)ではありません。

ギフトというものは、あらかじめ全部聖別して、人にあげる時にも、
「これは本当に少なく、足りないものです」
という心を合わせて差し上げるものです。

先生のなさることは、すべて一つ一つが
原理的な生活であることが分かるようになったと思います。


私たちが子女の立場に立っている限り、
絶対に先生は安息できないということを、
皆さんは考えなければいけないと思います。

子女を持っている父母は、休む時間がないのです。
子女が父母の身代わりにならない限り、父母を絶対に休ませることはできません。

父母の身代わりになるには、父母の心情を自分のものにすることです。
そういう立場に立てば、先生を絶対的に安息させてあげることができます。

ですからぜひとも早く私たちが、先生自らが私たちに示してくださった
勝利の路程を勝利して、栄光を先生に返さなければいけないと思います。
先生が御苦労されて得たこの栄光を、
神と先祖と子女に返そうというのが父母の心情です。
私たちは逆に、その栄光を先生に返す心情をもちましょう。



神様に侍るということは、
神様を関与して出会った方に対して、最優先し、
最大限の愛を与えていくことであることを
お父様の歩みを通して、また
金元弼先生が感じていかれたことを通して、
学ばさせていただきました。

神様を愛する心情で人を愛する、
お父様が語られる愛天愛人愛国の中で、
愛天・愛人の精神であると感じます。
本当に相続していかないといけないですね。


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