2016年01月19日

私たちは、ただ天国に入る人なのか、それとも、天国を創る人なのか?! 



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天国を創るには──

神様に親孝行すること
そのためにも
真の父母様を誇り証しすること

実践しない傍観者になってはいけない



「天国に入る人と天国を創る人」という題目で
礼拝説教が本部コンテンツに紹介されていました。

今がどういう時であり、
どのような信仰姿勢で歩めばいいのか、
とてもわかりやすいと感じましたので、
皆様にもぜひ紹介させていただきます。

少し長いので、編集して
2回に分けて、お伝えします。


新年を迎えて新しい出発をされたことでしょう。

何事も出発の決意、出発の誓い、出発の動機など、「出発」が肝心です。
皆さんの信仰生活の出発はどうだったでしょうか?

初めて真の父母様をメシヤとして明かされた時、
どのような思いでこの教会に入教したのでしょうか?
初めて原理を学び感動した時、人生を捧げようと献身的な歩みを決意した時、
どのような思いで出発したのでしょうか?

その時の気持ちと現在の気持ちを比較するならば、何か変化があるでしょうか?
変わらない人もいれば、全く変わってしまった人もいるかもしれません。
変わらないことも大切ですが、より本質的に変わるのであればさらに良いです。


真の父母様の生涯路程は、一言で表現するならば
「天宙復帰」のために歩まれた生涯だったので、
私たちは「天宙復帰の同参者」です。

言葉を換えれば「天国を創る人になろう!」と出発したと言えます。

多くの人が天国を創る者として出発しましたが、
そこに多くの苦労や困難があった場合、そのための多くの犠牲の道を歩む中、
いつしか「天国を創ろう」という決意から、
「天国に入ろうとする人」になってはいないでしょうか?

天国に入ることは良いことであり、間違ったことではありませんが、
み旨の前に「主体者」になるのか、「対象者」になるのかでは
み旨に対する捉え方が大きく違ってきます。


多くの宗教において信仰を出発する人のほとんどは、
自分や家族の幸せのために信仰を始める場合が多くあります。
悩みを解決し、豊かな福を得ようとして信仰するものです。
一年の出発の初詣の祈りも同じように、自分や家族の福を祈ることでしょう。

しかし、家庭連合の場合は、きっかけが個人的な悩み、
家庭的な課題の解決だとしても、信仰の出発は
「神様のみ旨を成し遂げよう」「神様の願いを叶えよう」
「真の父母様と共に歩んでいきたい」・・・という動機で
教会に入る人が多いのではないでしょうか。

まさに、「神様から福を受けようとする人」ではなく
「神様に親孝行しようとする人」です。


親孝行するためには、どのようにしたら良いでしょうか?

二つの方法を紹介します。
第一は、「真の父母様の生き方を相続すること」です。

真の父母様は生涯をかけて、私たちに生きる見本を示して下さいました。
その似姿になることこそ最高の親孝行です。


真の父母様の生涯を一言で表現するならば、
それは「愛天愛人愛国の生涯」でした。
天に対して、人に対して、地に対して愛を投入する精誠の連続でした。

まず、神様を愛する道を歩まれました。
真の父母様は「神様の事情や願い」を明らかにされて、
「神様に喜びを返す」歩みをされ、「神様を慰労」してこられました。

このように、神様の目で見つめ、神様の心で感じ取り、
神様の体となって実践する歩みでした。
私たちも、このような神様第一主義を意識して歩んで行きましょう。


さらに真の父母様は隣人のために愛を施す歩み、
人類を我が家族のように愛されました。

私たちは身近な人や気の合う人に対しては愛の施しができますが、
情的に遠い人や気が合わない人は敬遠しがちです。
真の父母様は敵である怨讐までも愛されたように、
私たちも誰に対しても愛の心で対処したいものです。


また、「平和を愛する世界人として」という自叙伝の題名のごとく
国や世界を愛する道を歩まれた真の父母様です。

私たちも救国救世の精神を持って愛国運動に立ち上がらなければなりません。
このように、真の父母様に心も行動も生活も似るように心がけて歩んでいきましょう。


親孝行する第二の方法は、「真の父母様を誇り証しすること」です。

父母の願いを叶えることが孝行であるように、
真の父母様の一番の願いを叶えることを何よりも心がけるべきものです。

それは、真のお母様が繰り返し語られているように
「人類が真の父母様の存在を知らないことがないようにしなさい」
というみ言を実践することです。

真の父母様の存在を知らせ、
真の父母様の偉大な業績を知らせ、
真の父母様のみ言を知らせ、
真の父母様の祝福の恩恵を知らせることが重要です。
それこそ、生涯最大の実績です。

真の父母様の存在を知り、偉大さを知り、み言を知り、
祝福を受けても、それを他の人にも誇り証しできない人は、
恩恵だけ受けて恩返しできていない人になるのではないでしょうか。


それを、言葉を換えれば、天国を創ろうとする人ではなく、
天国に入ろうとする人と言えます。

天国を創ろうとするならば、
真の父母様の事情と心情と願いの中で生きることが大切です。
そして、いかなる時も笑顔と感謝の心で重荷を担おうとする姿勢です。

決して実践しない傍観者になってはいけません。
客観的に分析することも必要ですが、
み旨を実践しない評論家は、ただの批判者に過ぎません。



先日、路傍伝道をしているときに、
ある男性から言われました。

「神様なんて、目に見えないものを何で信じるんだよ。
今ここで見せてみろ。
神様って、本当にいるんなら、電話してみろ。
神様なんて、いないんだよ!
宗教っていうのは、弱い人間がやるもんなんだ」

本当は、もっと激しい口調で言われたのですが、
控えめに書きました(笑)

私たちは神様にすがって
福を得ることだけを求めて、
入教し、献身したのではありません。
神様の心情、事情、願いを知って、
足りないながらも「孝行しよう」
そう思って、み旨を歩んできました。

もし弱い人間だったら、この道に残ってはいないでしょう。
ましてや、拉致監禁を越えてきたのですから。。。
その男性に、言い返そうと思っていたら、
いつの間にか、行ってしまいました(笑)

何よりも真の御父母様ご自身が
多くの迫害を乗り越えてこられたのも
生きた神様とともに歩んでこられたからでした。
神様に親孝行しようという心情で
どんな困難な道のりも越えていかれました。

今、真のお母様が幾多の困難を全て背負って
乗り越えていかれているのも、
真のお父様に喜んでいただきたい、
そのような心情とともに、
神様に孝行していこうとする心情があるからでしょう。

私たちも今こそ、相続して歩んでいきたいと思います。
明日に続きます。



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posted by ten1ko2 at 09:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする