2016年01月30日

韓国と全世界の人々へ! オランダ人作家が、『家庭連合(統一教会)』 を証す本を出版した理由(わけ)?!



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全世界の多くの国の良心的な人々が
慎重かつ思慮深く選択された宗教が
統一教会(家庭連合)。

この事実をすべての人に
じわじわと伝えたい。


マーティン・メイヤー博士



韓国において宗教エッセイ
「統一教会(家庭連合)を選択した人々」を書いたのが、
オランダ人のマーティン・メイヤー博士です。

ハーバード大学とケンブリッジ大の学生、
一等航海士、元カトリック大司教、
世界的な科学者、国家元首など、
時代の多くの知識人たちと最高の碩学が
なぜ統一教会(家庭連合)を受け入れたのか。
彼らの証言を通して
韓国の大衆に統一運動を紹介するものであるといいます。

博士は多数の本を出した作家であり、
清心国際中高等学校で教鞭を取っているということです。
TPマガジンに博士の証しが紹介されていました。
少し編集し、2回に分けてお伝えします。


私はオランダで生まれました。
一般的にオランダは風車、チューリップ、
自転車とチーズの国として知られている所です。

またインテリジェントの間では
レンブラントとゴッホと
エラスムスとスピノザの国でも知られています。

現代の大衆文化では、ほとんどの人々がフィリップスや
INGのようなオランダの大企業、サッカーの英才
ヨハン・クライフやマルコ・ファン・バステンになじみがあることでしょう。


子供の頃、私は経済に興味がなくサッカーについても門外漢でした。
占い師が私に、世界的に数千万部売れてしまう人気のある
スポーツマンの伝記を書く作家になることを予言しても信じはしなかったでしょう。

私はスピノザとドイツのニーチェとフランスのカミュの
哲学に関する本を原語で読みました。

彼らの影響を受けた私は、宗教不信となり、
実存主義哲学進化論の理解を基にしながら、
神様を崇める信仰者は間違っていることを証明するのが趣味でした。

率直に言うと、このような方向に自分の特技が徐々に上がっていったのです。
もちろん、そのような自分の振る舞いを誇りには思ってはいませんでしたが、
非理想的で非論理的なキリスト教福音書を
盲目的に信じている人を理解することができませんでした。

だから神様を信じることはとんでもないことだという結論を下したのです。
原理講義を聞くまではそうでした。。。

多くの若者が安着できず放蕩していた時期に、
私は人生の解答を求めて努力していました。
絶えず本を読み旅に出ました。
4人で組んだヨットチームと一緒に
ヨットに乗って、大西洋を渡り、南北米の旅もしました。


その時、1980年カリフォルニアで初めて
原理講義を聞いたのです。
今でも、そのことが鮮明に思い出されます。

創造目的や堕落論とメシヤの使命を理解するようになり、
とてつもない衝撃と感動で涙を流さずにはいられませんでした。
その頃から宣教師の使命が始まり、その後35年間、3つの大陸を渡りました。

1982年ニューヨークで真の父母様から祝福を受けました。
オレゴン州とモンタナ州の責任者として赴任した後、
UTS(統一神学校)で修士号を取得しました。

それから東ヨーロッパの共産圏で活動することを志願し、
ソビエト連邦が崩壊して数日後にロシアに到着しました。
そして9年間ロシアで活動しました。
最初はモスクワの教会責任者として務め始めましたが、
モスクワ国立大学の博士課程で勉強するようになりました。


21世紀が始まる頃、妻マイラと私は、
神様が我々を韓国に呼んでおられるように感じました。
そこで私は博士号を取得して2000年の夏、
霊的な故郷の韓国にやって来ました。

折よくその2週間前に真のお父様は、
全世界の食口に韓国に来るよう指示を出されていたのでした。

3人の子供たちと共に完全に新しい環境で定着する厳しい時間を経て、
2002年ワールドカップサッカー大会が開催されました。

韓国にいる多くの人々と共にした蒸し暑くとも幻想的だった
その年の夏を昨日のように覚えています。
私は一度も経験したことのない物凄い感動の激動期でした。

韓国とアメリカの試合を見ていると雷に打たれたような衝撃を覚えました。
韓国代表チームの監督が私と同じオランダ人でした。
「彼について本を出そう!」と当時4人目を妊娠中だったマイラと
突然のインスピレーションに関して話し合った後、
数日後には飛行機に乗って故郷に向かいました。


その後ワールドカップの試合をフース・ヒディンク監督の故郷のとあるカフェで、
彼の両親と兄のハンスの隣に座ってテレビ観戦をしました。
我々の周りをオランダとドイツと韓国のマスコミの記者がうろついていました。

韓国に戻った後、ソウルのグランドハヤットホテルでヒディンクに会いました。
その後ヒディンクの評伝を締め切りに合わせてものすごい速度で書いていきました。
その本はワールドカップが終わって数週間後に出版されました。

私の4番目の息子と私のデビュー作の本が競うように同じ時間に生まれたのです。
これが作家としての出発となりました。

私は続けて本を書き、今は10ヶ国、9つの言語で出版されています。
私はサッカーと韓国文化と教育に関する本を書いてきました。

最近の本は、フィンランドと韓国の教育成果を比べたものです。
この本はヘルシンキで直接調査をしてきた当時26歳だった
長女のレネと共同で執筆したものです。


本を書きながらどんどん意識するようになったことは、
この本が私と私を知らない読者に向けたものでなく、
韓国と全世界にいる神様の子女に向けて書くのだということでした。

即ち、私一人で書いていたのでなく
神様と共に本を書いているのだということなのです。

そこで神様に「神様の声とならせてください。
神様の手の中にあるペンにならせてください」
と言いながら私を神様の道具として使ってもらえるよう祈り始めたのです。


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「神は死んだ」という有名な言葉を残したのは、
実存主義者ニーチェです。
そのような思想を持っていたメイヤー博士が
アメリカで統一原理を聞いて、感動し
大きく生き方を変えていきます。

彼の行動力は、ある面、凄まじさを感じます。
啓示を受けたかの如く、韓国にわたり、
ワールドカップのヒディング監督を見るや否や、
故郷にわたって、監督のご両親とお兄さんとテレビ観戦。
そして、本を書くようになりました。

本当に神様に導かれてきたのだと思います。
そして、最近教会の本を出版したわけですが、
続きは明日紹介します。

ファミリーフォーラムにも
以下の内容が紹介されています。



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posted by ten1ko2 at 13:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする