2016年04月27日

被災地に降りた天使?! 熊本で2世の子供が活躍! 「為に生きて、地震の怖さがなくなった!」



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先日、熊本地方の地震に関しての記事を書きました。
ボランティアとして頑張っているのは、大人だけではありません。

二世の子供たちがボランティア活動をして
二つの民放番組に取り上げられました。

そのうち、熊本家庭教会の祝福二世(小学6年生・女子)
の証しを紹介します。


4月14日の最初の地震は、お母さんと二人で夕食を食べていた時、
いきなり起こりました。

激しい揺れに、動けず、すぐテーブルの下に隠れました。
とても恐くなりました。
すぐ、お母さんと二人で近くの公園に避難しました。
お父さんも心配して公園に来ました。

益城町がひどい揺れだと聞き、益城町に住む祖父母の家にすぐ向かいました。
途中、ブロックの壁が壊れ、水道管から水が流れ出て、
通れない道もあり、よけい恐くなりました。

祖父母の家は、冷蔵庫、テレビが倒れ、
ドアも閉まらない状態だったので、すぐ近くの小学校に避難しました。
その日の夜は恐くて眠れませんでした。

又、小学校の友達も誰もいないので非常に不安な気持ちになっていきました。
二回目の大きな地震(4/16)が来て、ますます恐くて眠れない夜が続きました。

それでも段々余震に慣れてきた頃、
ボランティアの方が夜も寝ずに活動している姿を見て、
真の父母様が人類を為に生きることを通して愛して下さった姿とダブって見え、
感謝の思いで一杯になりました。

翌日、ボランティアの募集があり、お母さんと二人で参加しました。
小学五年の男の子と一緒に食事を配っていると、
ありがとうと感謝されると、嬉しくなり、恐さが和らぎました。

次の日、食事を配っていると女の子の友達も出来てうれしかったです。
そして、みんなで出来る事はないかと話合い、
食事の準備、配布、片付け、お年寄りの肩揉みをしました。

喜んで頂いて、嬉しい気持ちが大きくなり、
いつの間にか、恐い気持も薄れていきました。
今は、楽しい気持ちが大きくなっています。

今、出来る事を探して、少しでも、避難所にいる人々の恐さや
辛い気持ちが無くなれば 良いと願います。

為に生きることの素晴らしさを感じています。
天の父母様と真の父母様に少しでも喜んでもらえる様に、
毎日頑張りたいと思います。


kodomoborantia.jpg



自分が大変な状況なのに、ボランティア活動を通して、
ために生きる喜びの中で、地震の怖さがなくなった。。。
本当に素晴らしいことだと思います。

子供たちの姿に高齢者の方たちは元気をもらって
とても喜んでいる様子がうかがえました。

われらがU−Peaceもいよいよ活動開始です。

今もなお、大変な状況だとは思います。
ボランティア活動を通して、
被災者の方たちに希望と喜びを与えられるよう、
陰ながら応援したいと思います。


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2016年04月26日

芸術家アボジ!! あふれる才能は、神の心情を表現する?! 《お父様と海と自然4》



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尹世元(ユンセウォン)元鮮文大学校総長による証し。
今回が最後になります。


文先生の深い情は、量ることができません。

この深い情が自然を相手にあふれるとき、芸術的情緒として現れるのです。
この深い情が揮毫に込められるとき、力と霊感にあふれた作品として現れるのです。
この深い情が書画や彫刻、陶磁器、工芸品を鑑賞なさるとき、
専門家の追随を許さない目をもたれるのです。


この文先生の深い情が視覚的に表現されるときは、
調和を基本としておられるように見えました。

調和とは、主体と対象での調和です。
すべてのものが平等で、同じ立場を占めることはできないと、
文先生は考えていらっしゃるようでした。

絵を鑑賞なさるときや、彫刻や建物のように造形美を備えた作品を鑑賞なさるとき、
自然の風景をごらんになるときの文先生は、いつでも中心になるものと、
この中心を取り囲む周囲の環境との調和をごらんになられるようでした。

それゆえ、一度中心を定めておけば、視覚の中へ入ってくる周辺の環境との調和が成されたのか、
成されなかったのかで即座に価値を判断なさるのです。

建築中の建物をごらんになっても、壁の色と取り壊して直すべき部分を即座に指摘なされます。

文先生は、建造中である船に対しても、技術者たちが造った船に上られて見回され、
船首と船尾に至る線の流れを即座に直してくださいます。
本当に横から見ていると、美的感覚が自然にひらめくような感じです。


何年か前、文先生は教授たちを招請してみ言を語られた後、
教授たちの前で「故郷無情」という歌を歌われたことがあります。
このとき、歌詞と曲に合わせて、文先生独特のメロディーで
渾身から湧き出る歌を歌われたとき、多くの教授が涙を流しました。

文先生は歌を歌われるとき、歌詞を口で歌うのではなく、
まず感と情が主体であり、口と音は道具として使われるだけです。
それゆえに、歌全体が歌詞に合う感情の流れとなるのです。

このように、文先生は音楽に対しても深い理解を持っていらっしゃいます。
民謡であれば民謡として、ポップソングであればポップソングとして、
ジャズであればジャズとして、古典音楽であれば古典音楽として深い理解をしておられ、
踊りと歌と音楽は、すべての人が一つになる近道だと考えられて、
踊りと歌と音楽で和動の母体をつくられるのです。


文先生は説教される度ごとに、神様に孝誠を尽くせと教えられます。
孝誠は理と法で説明できないものであり、ただ、深い情感としてだけ説明できるのです。

私は神様の心情と触れ合う文先生の深い心情が、
文先生の芸術的資質を高揚させるのではないのかと、考えてみるのでした。



ある意味、お父様は「神様の心情を表す芸術家」であると言えると思います。
神様の心情を歌に表され、また揮毫に表されます。

先日、聞いた話ですが、書道の大家がお父様が書かれたある揮毫の一文字を見て、
「この字は普通の人が書くことのできない文字です。
もの凄く価値のある字であるとともに、天の気が強く表れた字です」
そのように証しされたそうです。

神様と完全に一つになっておられるお父様。
そのお父様に侍ることができるということ、
それ以上の感謝はありません。


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2016年04月25日

「地上天国を必ず成し遂げるでしょう!!」 御聖婚56周年記念式、お母様のみ言



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これから天一国時代に
統一家が進んでいく道には、
天の父母様、真の父母様が
ともにおられるゆえ、
実質的に地上天国の姿を、
私たちの精誠とすべてを動員して、
必ず成し遂げるでしょう。


22日に行われた真の父母様ご聖婚56周年記念式典で
真のお母様が乾杯の音頭をとられました。

その時に語られたお母様のみ言を
書き起こしてみたので、紹介します。


全世界でこの場をともに過ごしています。

本日、世界で起きている全てのこと
難しかったり、悲しかったりするすべてのことを考えてみた時、
また、もう一つ気候温暖化の問題、
創造することができない天変地異、
一日も幸せに過ごすことができない状態で
生活していることが事実です。

ですから、人類はどうしたら
神様を中心としたOne World Under God
新しい世界を、その夢を実現することができるでしょうか。

この夢は、本来
創造主であられる神様が経綸なさったものです。
(しかし人間は)摂理歴史がわからなかったわけです。

ですから、さきほど少しの時間、真の父母様に対して、
多くの学びを持ったわけですけれど、
天の父母様の夢、人類の夢、真の父母、そのものなのです。
真の父母によってのみ、すべての問題が解決されるのです。

ですから、先に行く皆様方が、
見せてあげなければならないということ。
教えてあげなければならないということ。

だから、世の中の前に、
堂々と真の父母様が来られたということ、
人類の願いだった、ということを伝えていかないといけない。

そして、私たち、統一家。
これから心情文化芸術革命を
全世界的に起こしていくんです。

キリスト教2000年の歴史の中、
多くの有名な芸術家たちが誕生したわけですけれど、
彼らには中心がなかったんですね。

これから天一国時代に統一家が進んでいく道には、
天の父母様、真の父母様がともにおられるゆえ、
実質的に人類の前に、願いであるその地上天国の姿を、
私たちの精誠とすべてを動員して、必ず成し遂げるでしょう。

それに同参する皆さんになることを願いながら、
私が勝利提議*をします。
天の父母様と私たちの夢を、勝利!
(勝利、勝利、勝利!)


*乾杯の音頭を勝利提議といいます



今回のご聖婚式は特別なものだったと思います。
お父様が聖和されて3年間が経ちましたが、
2020年に向けて、本当に実質的に出発する時を迎えました。

本当にこの日を期して、4年間の歩みの
出発であることを感じます。

昨日も書きましたが、聖物を下賜されるというのは、
どれほど大きいことであり、
そのためにお母様は本当に精誠を捧げられたのです。

その価値をしっかりと受け止める私となって、
後半4年路程の出発を
決意していきたいと思うのです。


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posted by ten1ko2 at 09:33 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする