2016年07月16日

感謝の心で生きれば、毎日天国です! 《真のお母様のみ言 7/7》


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7月7日午前7時より韓国の天正宮博物館3階宴会室で、
聖和祝祭組織委員会特別集会が開催されました。
真のお母様がみ言を語られました。
中和新聞に要旨が掲載されていますので、紹介します。


真のお父様聖和3周年までが、
天の父母様と真のお父様のために
精誠を捧げる期間だという時、
私たちが天の前に約束した天の父母様の夢、
真の父母を通した人類一家族の夢を実践し、
実現する聖和4周年とならなければなりません。

天の父母様が地上で安らかに共にいらっしゃることのできる
環境圏を造らなければなりません。
祝福家庭が天の前に約束した
責任を果たさなければなりません。
天一国の民が多くなるほど、その夢は実現されます。
それが地上天国です。

先ほどのみ言でも
「私たちは一つにならなければならない」と言っています。
心と体の統一が重要であり、
私と隣人が一つにならなければなりません。
一つの心、一つの志で生きるのです。
その環境圏が広がるほど、天が臨在され得る天国となるのです。

一昨年から私は心情文化革命について強調しています。
「私たちがみな成した」という時代に生きるようになる時、
それはどのような幸福ですか。
自由な幸福です。

誰が強要しなくても私の本心が、
天の父母様と真の父母様のために孝行したい思い、
何か一つのものに対したり食べ物に対した時に、
まず先に天の父母様、真の父母様を思い、
万事に天を忘れない心です。
そのような人たちが集まって暮らす所に争いはあり得ません。
完全に自由です。
自然に体がそのように表現します。
そのような世の中になれば、どれほど良いですか。

孝行は父母が生きていらっしゃる時にしなければなりません。
父母がみな去った所で、
いくら孝行するといってじたばたしても、
誰が分かってくれますか。
この瞬間がどれほど貴く誇り高い位置にあるか、
忘れてはなりません。



私たちは変わらなければなりません。
それまでの生活習慣が完全に180度変わらなければなりません。
そのため、私はチョ・ハンジョの
「欲心を一つ脱いでしまったら」の歌が好きです。

全ての争いは自己中心の欲心から起こるのです。
国家間、宗教間、人種間の争いも、みな欲心から起こります。
この地球、天地万物は、自分たちの所有ではありません。
天の父母様の所有です。
それを借りて使っている立場にあって、
天に報いてさしあげるべきでしょう。
私たちの生活習慣は今や変わらなければなりません!

そのようになれば、よく伝道できるようになります。
天が待ち焦がれていた日を、地上にいる皆さんと私が、
そのようにしてお返ししてさしあげようと決心して行動するのに、
天が黙っていらっしゃるでしょうか。
皆さん自身が、家庭で、教会で、
兄弟たちの前に模範とならなければなりません。

ここは平凡な大韓半島の一地域ではありません。
ここに天正宮博物館があるということは、
天上の天正宮博物館に直行しているのです。
皆さんは毎日、天に報告祈祷をするでしょう。
その祈祷は、み旨を中心とした位置では直ちに伝達され得るのです。
そのような所です。



人間の永生を中心に生きようとしますが、
体を中心としては限界があるのではないですか。

これから環境が良くなって、100歳以上生きるとしても、
結局は永遠なる本郷に行かなければなりません。
本郷に行って幸せに暮らせる生活を
教えてくださった方が真の父母ではないですか。
どれほどありがたいですか。

サタンの手足となった私を呼んで祝福してくださり、
私を信じ、私の子孫を通して「名門家」として
祝福しようと言われる父母様。
その時がいつもあるのではありません。
私が地上にいる時だけです。
地上で受け得る全ての福を受けた位置です。
どのように責任を果たすかは、皆さん各自の責任です。

皆さんが欲心を捨て、ねたみや嫉妬をなくして
全てに感謝する心で生きるようになれば、毎日が天国です。
実践してみてください。
それで私は「孝情文化センター」を建てます。
そこを通して全世界の食口たちの
心情文化革命を指導することでしょう。
そうして多くの祝福を受けた二世圏、三世圏を育てるのです。
天の父母様の前に喜びと頌栄を捧げる道だけが私の幸福です。

そのような環境になれば夫婦間や兄弟間に争いはありません。
嫉妬し、私が人よりもよく食べようと考える心もありません。
私が成功するなら、兄弟たちと一緒にしたい、分かち与えたいという、
ために生きる真の愛にあふれ、
自然に行動に移せるような人々だけが暮らす所が天国です。

地上で真の父母様に侍って生きた私。
その時の心と姿を芸術として、声楽、絵画として未来に残し、
真の父母様に直接お会いできず、
天一国の民となった人たちが実感的に体験でき、
体恤することができる、そのような芸術革命です!

お父様の代に多くの組織があり、
(お父様は)多くのことをなさいました。
しかし、(私たちは)それを持続させることができませんでした。
使命意識をもつ責任者、働き手がいなかったためです。

今は違います。
働き手がいなければ、つくって教育してでもするつもりです。
地上天国がこのような姿だと見せてあげるのです。
毎日の生活の中で感謝しながら、天の前に喜びと頌栄を捧げたい
という心が大きいほど幸福であり、
私たちの文化が世界の前に現れるようになります。

今回の聖和祝祭からは少し違う方式となるでしょう。
全世界の食口たちが、内的に一つの心を集める、
そのような記念日となるでしょう。
内的に皆さんが成長し、外的な世界を指導し得るよう、
内実をしっかりするところに心情文化革命が起こることでしょう。





「今回の聖和祝祭からは少し違う方式となるでしょう」
と語られているように、
お父様が聖和されて3周年までは、
韓国・アメリカ・日本がそれぞれ担当し、
平和ワールドセンターを中心に
式典が開催されてきましたが、
4周年目の今年からは、
それぞれの国と地域で開催されるようになります。

お母様ご自身も3年間、侍墓生活をされながら、
精誠を捧げていかれました。

「お父様の夢、お父様の願いを果たしたい・・・」
そんな熱い思いを持たれているお母様と一つになって
歩んでいきたいと思います。

今日は『天地人真の父母様天正宮入宮・戴冠式十周年記念式』
が午前10時から開催されます。
可能な方は御覧ください。
http://japan.ipeacetv.com/board/notice/notice_view.asp


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posted by ten1ko2 at 07:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月15日

(証し) 両親へ涙の手紙、再び! 今度は祝福式へ!! 総務部長、還故郷する?!(後編)



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昨日の証しの続きになります。


その後、新しい教会長が赴任され、
私の氏族メシヤ活動の取り組みに理解を示され、
両親の祝福も意識して下さりました。

教会では年に2回、「春の祭り」と「秋の祭り」を
教会の駐車場で行っています。

昨年 11 月の「秋の祭り」で、私の3男がマジックショーを披露するので、
教会のイベントに初めて両親を誘いました。
参加した両親は「こんな楽しいお祭りは、 生まれて初めてだ」
と、とても喜んでくれました。

今年に入り、父親は食道癌の為、4度目の手術をしました。
その際、教会長御夫妻が、病院にお見舞いに訪ねて下さいました。
両親は、教会長御夫妻の温かいこころ配りを大変喜んでいました。
その後、手術は無事に終わり退院できました。


大自然と共に生活してきた両親。
毎年6月1日の鮎の解禁日となると、麓の川へ行き、
鮎を捕獲し河辺で鮎を堪能するのが、我が家の恒例行事です。

今年も両親と川へ行きました。
その日は教会長も来られ、獲れたての鮎を刺身で頂きながら両親と交流。
そのなかで、両親が結婚した当時の話になりました。

母親は「昔は家で結婚式を挙げたので、ウェディングドレスも着たことがない」
という話題から、「今度6月19日に教会でイベントをやるので、是非来て下さい。
お孫さんもマジックをやりますよ」と教会長が切り出され両親を誘い、
祝福式への参加を促して下さいました。


そして祝福式前日の6月18日、実家で田植えをしました。
式前で忙しい時であるにも関わらず、教会長と壮年一人が、
イノシシ2頭を教会に献品して頂いたお礼ということで、
田植えのお手伝いに来られました。

私は、まさか中心者自らが肉体労働をしてまでも、
両親の祝福を意識して下さっておられるとは想像もつかず、本当に感謝でした。
2人が田んぼに入って一生懸命に働いている姿を、
体が思うように動かない父親は温かく見守り、
母親も自ら率先して働かれる2人にとても感謝していました。

田植えが終わり、庭先でシートを広げお茶を飲んでいる時、
「明日、教会でイベントがあって、お孫さんがマジックをやります。
教会に来ませんか?」
と、教会長が再び両親を誘って下さいました。

当初、母は「あまり遠くには行きたくない」と断りましたが、
壮年の方が「僕が迎えに行ってあげますよ」と言って下さったおかげで、
教会へ来ることになりました。


翌日の祝福式は午前11時から開始でしたが、10時頃に両親が教会に到着しました。

祝福式の会場へと様変わりし、とてもきれいに飾られている教会の中を見て
「今日は何のイベントがあるのかな?
場違いではないのかな?」と、両親は戸惑いながらも、
教会長室へ教会長に挨拶するために行きました。

これまで「秋の祭り」「病院へのお見舞い」「鮎獲り」「田植え」と
交流をし続けて下さった教会長への信頼感は、
とても大きなものとなっていました。

ですが、今日が祝福式であることすらわからない両親に対し、
祝福式参加へのお願いを切り出すため、
時間が刻々と経過していき、教会長も私も焦る思いになりました。
まさに時間との闘いとなりました。


そこで私は「手紙を書いてきました」
と言って立ち上がり、それを読みあげました。
両親に自分の本心を伝えるため、事前に手紙をしたためていたのです。

私は、溢れ出る涙を必死に堪えながら、
両親の苦労に対する感謝の気持ちを伝えました。

そして「私の一生のお願いです。
祝福を受けてほしい。
そして、母親が結婚式で着ることのできなかった
ウェディングドレスを着せてあげたい」と涙で痛切に訴えました。

このとき祝福式開催まで、あと20分しかありませんでした。


私の思いを両親は素直に受け止めてくれました。
そこからは導かれるように2人が更衣室に移動し、
父親はスーツ、母親はウェディングドレスに着替えて、
ほぼ定刻通りに祝福式を始めることができました。

私は、田舎で生活してきた二人なので、
祝福式は落ち着かない雰囲気なのだろうと思っていましたが、
驚くほどに両親は落ち着いて式典に参加し、
ときに周りを和ませる雰囲気まで漂わせていたのには、非常に驚きでした。

そして蕩減棒行事も全く抵抗なく行い、
両親の教会に対する過去の思いは完全に消え去っている様子が伺えました。

祝福式後の祝賀会では、自慢の孫のマジックショーに
「孫がプロになってくれたら嬉しい」
と皆の前で、にこにこしながら話していました。

帰りの車中で「教会長に『ありがとうございました』と伝えてほしい」
と父親は言い、「こんなことをしてもらえるとは思わなかった」
と母親は大変喜んでいました。


還故郷して8年半。総務部長が土曜日の日中に教会に来ない人は、
全国でも珍しいと思います。
私は申し訳なく思うと共に、氏族メシヤ活動も公務のひとつだと
自分に言い聞かせて歩んでまいりました。

かつてのマスコミ報道が激しかった時代を考えると、
当初は「両親に教会の話をすることも、
ましてや祝福を受けさせてあげることなど
100%無理だ!」と感じざるを得ない困難な状況でした。

それでも、ようやくこの日を迎えることができました。
私は、これで神氏族メシヤの道がやっと突破されたと感じています。

今後は、両親のみ言教育と、さらなる氏族の祝福伝道に
前向きに積極的に取り組んで行きたいと思っています。
そして、いつの日か、両親と氏族の前で直接、
原理講義を通してみ言を伝える日を今後の目標に歩んでまいります。



ご両親の祝福式勝利の背景には、
教会長の愛の投入があったのですね。。。

もちろん、証しの方ご自身もどれほどまでに、
両親を祝福に導いていきたいか・・
そのような熱い精誠があったのだと思います。

ご両親の中には、すでに
かつては家庭連合(統一教会)を反対していた、
そんな思いは消え去っている感じですね。
やはり、恨みを解く道は、
真の愛しかないのだと改めて感じさせていただきました。



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2016年07月14日

(証し) 両親に感謝の手紙披露! 涙の氏族メシヤ宣言と、和解の瞬間!! 総務部長、還故郷する?!(前編)



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今日も伝道の証しになります。
氏族メシヤのため還故郷された方が、
教会に大反対だったご両親を見事に伝道された証しです。


私は1992年に復帰されました。
その頃から「3万双の国際合同祝福結婚式に著名人が参加する」と報道され、
統一教会に対するマスコミの激しい偏向報道が映像を通じて連日のように流れました。

私は、復帰されてからすぐに3名を伝道し霊の子の基台が出来たので、
責任者から8月25日に行われる3万双の祝福式に推薦して頂きました。

祝福を受けるにあたり、親に証しするのが第一条件であるので、
早速、鹿児島の実家に戻り、教会の信仰と祝福式参加について説明しました。
しかし、親はマスコミの影響故に非常に大きなショックを受け、
それ以来、親子関係は崩壊して断絶状態に陥り、苦難の路程が始まりました。


復帰されてから16年目の2008年1月、
私は公務を降り還故郷することになりました。

しかし、引っ越す資金の当てがない私に、
両親は「教会をやめるのであれば、引っ越し代を出してやる。
今すぐ、教会をやめると言いなさい」と激しく追及されたので、
私は親の言うことを受け止め、
名目上の理由をつけ還故郷することができました。

しかし、両親や氏族からの不信感はその後も大きく、
心の落ち着かない毎日を過ごしました。

数か月後、教会から公務推薦のお誘いがありました。
「私は、氏族メシヤ活動をしたいので、
毎週土曜日は実家への訪問を許可して頂きたい」
という一見無理な要望をお願いしましたが、
当時の教会長がそれでも了承して下さり、
私は総務部長(兼二世部長)として勤めることになりました。


私は「公務に復帰したものの、公務をやりながら、
氏族メシヤ活動をやっていけるのだろうか?」という不安感、
親への口実を破ってしまうという後ろめたい思い。
公務がばれてしまうのではないだろうか?
という緊張感で、不安に駆られる毎日でした。

それでも毎週土曜日に実家へ戻り、両親をケアし続けました。

私の故郷は、毎年イノシシが出没して家の周りで田畑が荒らされるほどの田舎です。
父親は30代の頃から猟銃の資格を持ち、
イノシシや野ウサギなどを狩猟する名人の腕前でした。
しかし年齢的にも体力的にも自由がきかなくなり、
最近では癌を患い、闘病生活も重なり3年前に狩猟を引退しました。

私が還故郷してすぐのこと、父親から「罠の資格を取りなさい」
と言われたので、免許を取得。
私と父親とで一緒にイノシシなどの捕獲もしました。

その甲斐あり、昨年はイノシシ2頭を捕獲。
教会に献品して、丸焼きパーティーをして、
食口達に振る舞ったこともあります。


私は、氏族メシヤ活動に対して
「いつか親や氏族の前で講義をしてみ言を伝えたい」
という夢を持ち続けてきました。

天に反対し続けるまま霊界に行けば、
親は永遠に後悔するだろうと思うと共に、
私に対する讒訴も免れないだろうという気持ちもありました。


2013年、真のお父様聖和1周年100日精誠期間に、
毎朝5時の聖地訓読会に家族6人で参加。
氏族メシヤのみ言を訓読の最中、天からの突然の役事なのか
「今だ!今こそ、親に教会を証する時だ!」
と私の心の中でゆるぎない決意と確信が芽生えました。

くしくも、聖和1周年と両親の誕生日が同じ8月。
私は両親に手紙をしたため、両親の誕生日に家族6人で出向き、
目の前で手紙を披露することを決意しました。

そして後日、両親の誕生日に合わせ実家へ行き、
両親の目の前で手紙を披露しようとした瞬間、
私の目からとめどなく涙が流れ落ちました。

私は「不自由な田舎で、私達3人の子供を苦労して育てて下さってありがとう。
私を生んでくれて本当にありがとう。
私は両親の子供として生まれてよかった。
私は今、とても幸せです。
愛しています。
そして、今まで嘘をついて教会に通っていました。
嘘をつくことは本当に辛かったです。赦して下さい」
と、涙を流して謝罪しました。

私の姿に家族全員も涙でいっぱいでした。

全てを読み終えたとき、父親が私達に頭を下げながら、
「ごめんなさい。教会については、今後は何も言わない。
お前たちのやりたいようにしたらいい」と、
今度は親が私に赦しを求めてきたのです。

この瞬間、お互いの心の中にあった辛い思いやわだかまりがすべて解かれました。


それ以降、両親は私に感謝の言葉を口にするようになり、
妹達に今回の出来事を伝えてくれました。

それまで妹達は「親に引っ越し代は返したの?」など追求し、
私たちへの不信感を露わにしていましたが、
今では態度が変わり「いつもお父さん、お母さんの面倒を見てくれてありがとう。
本当に喜んでいるよ」と感謝するまでになりました。



氏族メシヤは、長子権復帰の戦いが重要です。
この方は、まさにその如くに歩まれたと思います。

総務部長というのは、基本的には
土曜日というのは、『週報作り』で忙しいのですが、
この方は、氏族復帰に投入するために
毎週土曜日に実家に帰り、尽くしていきました。

その愛の投入をご両親は
肌身で感じておられたのでしょう。

そして、手紙を通して、
本当に率直に悔い改めの思いを吐露しました。
ご両親にその気持ちが伝わり、
教会の信仰を認めてくれたのです。

明日は、そのご両親が
祝福に至る道のりを紹介します。


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