2016年07月10日

すべての問題は、自分中心に解決しないこと!! 《金元弼先生》



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金元弼先生のみ言、
昨日の「7たびを70倍するまで許す」の続きです。

イエス様もすべてを許す道を通過されましたが、
ご父母様も、十字架を越える道を行かれました。

それでは、私たちはどのようにしたらいいのか、
貴重なお話です。


ですから皆さん、先生からみ言を受ける時には、
先生の過去の内面の世界や現在の内面の世界において、
こうしたことがいつあったのだろうか、
今はどのような心の世界なのだろうかと考えながら聞くのです。

そうすれば本当に、神様の心に、先生の心に響く、
呼応することのできる私たちになれるでしょう。

そういうことですから、今もそうですが、
これからたくさんのみ言を学ぶ時には、
常にそういうことを考えながら聞かなければなりません。


原理で学んでいるように、本当にサタンは少しのすきも与えません。
ですから神は、サタンが少しでも
未練をもつようなことはされないというのです。
サタンに未練があるならば、やってみなさいというのです。

ヨブの信仰を試されたことがありますけれども、
サタンの未練があるならば、それをサタンの手に渡してしまいます。

渡すのは神の子を苦しませるためではなく、
サタンが未練をもたない、そういう完全なる、
絶対的な、愛する子女として誇らんがため、たたえんがためなのです。
「見よ、我が子はこうだ」とたたえんがためなのです。


そういうことがありますので、先生がこの復帰の摂理を解いていくには、
先生御自身もアダム家庭やノアの家庭やアブラハムの家庭での
摂理を通じて私たちが学んだように、
心を少しもゆるめることのできない生活の延長だということを、
私たちは考えていかねばなりません。


時の重大なことに対しては、諸先生からも聞いていると思います。

現実というものは、非常に厳しいものです。
ですから現実の中にあって、いつもその観念、理想と現実とが合わない、
それで非常に苦しいのです。そういうことで、
この現実をいかに勝利していくかということに対して、
皆さんも苦労していると思います。

私たちの内面に、また周囲に起こるいろいろな現象があります。
仕事をする時に、気が合わないとか、そういうことが色々起こるのです。
私たちの願わないことが起こるのです。

そういうことに対して、皆さんは逃れようとしないで、
いかに勝利していくかということに心を遣っていただきたいと願います。


一つの例をとって話しましょう。
兄弟が私を苦しめるということがあるとします。
あるいは社会においても、対人関係で色々そういうことがあるでしょう。
家庭の中にもあるでしょう。

とにかく私の心を苦しめることがあるとした場合には、
必ずそれを自分を中心に解決しようとしてはいけません。
全体の、すべての問題を、自分を中心として解決するなということなのです。

それは深く戒めなければいけない問題です。
絶対に、それでは解決ができないというのです。


そこで私は七七七双の祝福家庭の人たちに、
祝福記念日に一応お話ししたのですけれども、
人が私を苦しめるとすれば、常にこう考えてほしいのです。

自己を中心とせず、常に神を中心とし、先生を中心として考えるということです。
み旨を中心とするということです。

人が私を苦しめるのは良くないことです。
これを教えてやらなければいけないという時、それを感じ取ったのは自分です。

自分というものがあって感じ取るのですが、
解決の時には自分を先にして絶対に解決するなというのです。
問題視するのは自分ですが、その問題解決には自分を介入してはいけないのです。

ということは自分を苦しめる人を、
その人のこととしてだけ考えないで自分自身であると考えるのです。
そして苦しめられる自分の立場を神様として、
あるいは先生として考えるのです。



イエス様と同様、真の父母様も
私たちを愛し、許してくださっています。

今回行われる聖酒式が何よりもそれを示しています。
お母様が四大聖物を下賜してくださいましたが、
その背後にどれだけの深い愛と許しがあるのか。。。
そのことを求めていかないといけないと思います。

40日間の条件も、
自分の足らなさばかりが出てきて。。。
それでも、いろんなことを事実は事実として、
神様、父母様が私たちにかけられている願い
時の重要性を思い出して、
自分の思いではなく、神様とみ旨中心として
絶対にあきらめないでいきたいと思うのです。



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2016年07月09日

「7たびを70倍するまで許す」! イエスは許したのか?! 《金元弼先生》



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金元弼(ウォンピル)先生の「伝統の源流」
今回は、「七たびを七十倍するまでに許す」です。


イエス様には十二人の弟子がいました。

その第一弟子のペテロがイエス様に
「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯した場合、
幾たびゆるさねばなりませんか。
七たびまでですか」と質問した時に、

イエス様は「七たびを七十倍するまでにしなさい」と
言われました。
(マタイ一八・二一〜二二)


ということは、完全に許しなさいということなのです。
結局はみな許し、何遍でも許しなさいということです。

その人が神に喜ばれる人になるまで、
何十遍、何百遍でも許してあげなさいということなのです。


そう言われた時に、ペテロはどういうふうに考えたでしょうか。
どういうふうに考えたと思いますか。

何遍許したら良いでしょうかと聞いたペテロは、
「七たびを七十倍するまでにしなさい」という答えを聞いた時、
あまりにもけた違いなので、ぼう然としたというのです。
ピンとこなかったというのです。

メシヤのみ言ですから、限りなく許さなければならないのだ
とペテロは考えたけれども、それ以上は考えられなかったのです。

それ以上は考えられなかったとは、どういうことでしょうか。
ペテロに対して、「七たびを七十倍するまでにしなさい」と言うからには、
イエス様にも、許し難い怨讐があって、
そういう怨讐を七を七十倍する以上許したという世界があったということを、
ペテロは考えなかったというのです。


皆さんもそうでしょう。

皆さんが私に「Aさんが私をいじめます。
どうしたら良いでしょうか」と尋ねた時に
「永遠にその人を許しなさい」と答えたとすると、
皆さんは私に対してどう考えますか。

えらいことを言うなあと考えるでしょう。
“ああ許さなければいけない、
そのように許さなければいけないかなあ”
とそう考えるでしょう。
それ以上のことは考えないと思います。


ところがイエス様がそのようなみ言を下さったからには、
イエス様にそういったような過去、現在の内的世界があったというのです。
しかし、私たちはそれを知ろうとしないのです。

イエス様御自身、そのような世界に悩まれ、
そして勝利された世界があったからこそ、
ペテロにそう言われたのです。
イエス様は勝利したからこそ、そう言いきれたというのです。


皆さん、イエス様はいつ許したのでしょうか。
考えてみてください。

イエス様にとって本当に許し難い事件とは、
どんなものがあったのでしょうか。

マリヤがそうでした。
ヨセフがそうでした。
兄弟がそうでした。
洗礼ヨハネもそうでした。
イスラエルがそうでした。

理解できますか。


神の前に、メシヤを証して、そして否定していった洗礼ヨハネは、
イエス様の前にあっては怨讐の中の怨讐であったというのです。

個人的に考えればそうではないのですが、
神のみ旨を中心としたときには、そう考えざるを得ないというのです。

人々の前で、イエス様をメシヤだと証しながら、
後でイエス様を疑ったのです。
そして弟子を遣わして「本当に、あなたは来るべきメシヤなのですか」
と質問した洗礼ヨハネは、神のみ旨を中心として見れば、
本当に許し難い怨讐中の怨讐であったというのです。

メシヤが十字架につかれたその遠因が洗礼ヨハネだったのです。


マリヤは、自分が生んだ方がメシヤである、
人類のメシヤであるということをよく御存じでした。
イエス様は、そのマリヤを怨讐とは考えなかったというのです。
許したのです。


ユダという弟子を考えてみなさい。

イエス様を売ったユダに出会った時に、イエス様から離れ、
イエス様を売るような兆候が前からあったというのです。

ですからイエス様は、何度も話してあげたのです。
こうしてはいけないと教えてあげたのです。
それをユダは聞き入れなかったのです。
そういう期間を通じてサタンと手を結んでいったのです。

しかし、メシヤはそういうことを全部許してあげたのです。
そればかりでなく愛したのです。
それぞれの永遠の生命に対して非常に心配しておられたのです。


ですから、ペテロはイエス様に
「七たびを七十倍するまでにしなさい」と言われたその瞬間に、
イエス様のそのような内面の世界を知らなければなりませんでした。

そしてこんなふうにして許してくださったイエス様であり、
自分の事情よりも大きい事情、自分の心情よりも深い心情、
自分の痛みよりも大きな痛みを、
イエス様がもっておられるということを知った時には、
自分の心が痛いからといって、その人を許せないとは言えないのです。

神様も、イエス様もこれを耐え忍んだのに、
どうして私は耐え忍ばないでいられるだろうか、
とこう思うようになるのです。



イエス様は神様と全く同じように真の愛をもって
それを実践していかれました。

ですから、「七たびを七十倍・・・」
そのようなみ言を語られたのでしょう。

旧約聖書においては、
「目には目を、歯には歯を」
そのような教えですから、
神様を親として侍っていなければ、
このような言葉は出てこなかったと思います。

そのイエス様の精神を
真の御父母様はそのごとく受け継いでおられるのです。

そのことに関してのみ言は
明日に続きます。。。


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2016年07月08日

今日をありがとう! 明日もありがとうございます!! 《真のお母様を中心とする摂理2 :祈祷とみ言》


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趙誠一世界本部長の特別報告
昨日の続きになります。


内外の摂理の土台の上に、ようやく聖和3周年を迎えられました。

その時、お母様はこうおっしゃいます。


「今日集まった皆さんは、
お父様にどんな言葉をお捧げしたいですか?

私はこのように言いたいです。

お父様、これからは心配なさらないで下さい。

私たちは必ず責任を果たしますので、お父様は永遠の本郷苑で、
これまで孤独だった神様、天の父母様を慰労し、
頌栄の対象として自由になられることを切に願います」


結局は、この3年間の至極精誠を通じて、
今や天の父母様の前にお父様をお送りし、
お母様を中心とした地上での摂理を本格的に出発されます。


その後、すべての指導者たちを招請されました。
そして、

「今から2020年まで、
ビジョン2020の摂理をおいて見る時、緊急事態である。
本部にいる中心的な指導者たちを現場に派遣する。
これからは現場を中心に摂理が繰り広げられる」


と、宣布されました。


そうして、総がかりで現場に人々を送られました。

そして彼らを激励されながら、
今回の御聖誕日と基元節3周年を迎えるまで、
父母様は再び、具体的な精誠を捧げられながら戦略を立てられます。

伝道と伝道環境創造、指導者養成という3つの軸を持って、
具体的な摂理を出発するようになります。


最終的には、教会成長と神氏族メシヤの使命の完成、
そして世界平和戦略を中心にして、カイン圏世界を動かすことができる、
全世界人類を私たちが導いていくことのできる
流れを作っていくことができるよう、戦略をお立てになります。

今や、伝道と伝道環境創造、指導者の人材育成を通し、
私たちが進んでいけば、ビジョン2020を必ず実現することができる!
という希望を、お母様に持っていただくことが
できるようにして差し上げるべきなのですが、
お母様が先に、私たちにそのような環境を作ってくださいました。


そして、お母様は2ヶ月間、深い精誠を捧げられます。

釜山ポムネッコルを訪ねられ、全国を巡回して戻って来られ、

「私たちがビジョン2020に向かって進むべきなのに、
祝福家庭と指導者たちが再び心を正して出発しなければならないのに、
どうしたらできるか」

と悩まれた末、
これまでのお母様の摂理歴史の結実として、
大きな枠組みを作ってくださり、天一国の4大聖物を
すべての祝福家庭に伝授してくださることを決意され、
準備するよう指示されました。

それで、今回の御聖婚記念行事を通して、
私たちが天一国の聖酒、聖塩、聖燭、聖土を通して、
すべての祝福家庭が再び新しく出発することができる
きっかけを用意してくださいました。


今回、天一国4大聖物を通して、
自身のアイデンティティを明確にする必要があります。

それを伝授され、再び、私たちが73億人類を復帰するための
お母様の心情と一つになって、出発する
私たちの姿となるべきではないかと思います。


私はその姿を見ながら、お母様が私たち皆をおいて、
最後まで責任をもたれようとされ、どんなことがあっても、
霊界に共に行きたいと思っておられることを
切実に感じることができました。

そのためお母様は再び愛の十字架を負われなければなりません。
その心情を考えながら、全世界の統一家が、
お母様の心情を相続し、新たに出発することを願います。
ありがとうございました。



4大聖物下賜に当たって、私たちが受ける目的は
二つあると世界本部長は言っておられます。

お母様の祝祷にあるように、一つ目は、
「サタン圏内のわずかな痕跡もない、
そのような姿で本郷の地へ行くことができる、
最後の真の子女の姿になること」

そして、「73億人類を真の父母様の前に導く責任を果たす」
これがもう一つの目的だといいます。

つまり、私たちのため、そして人類のために
与えられる4大聖物の祝福だということです。

お母様と一つになる、
「ウリヌンハナダ」の精神をもって、
神氏族メシヤ勝利に向けて、
邁進していきたいと思います。

お母様のみ言を掲載して終わります。




2016年4月23日、父母様の御聖婚56周年記念式
祝勝会の時のみ言

真の父母、真のお母様は(まだ)地上にいます。
それをありがたく思わなければなりません。

皆さんの一日一日の生活は
「ありがとうございます。ありがとうございます」
で出発しなければならないのです。
そうしてこそ、発展があるのです。

私が(地上に)いる時に、「責任を果たした」というのと、
私が霊界に行ってから「責任を果たした」というのでは、
天地の差があります。




5月15日、日本天一国青年宣教師の特別午餐のみ言


我々統一家の真の父母様を中心として、
新しい時代に、天一国時代を開いていく上で、
皆さんは特別な天一国の勇兵です。

ですから、私が地上にいる時に、
皆さんの成功談を祝ってあげようというのが、
皆さんの願いであり、私の願いでもあります。





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