2016年09月15日

100%霊界を動かす方法とは?! 《伝道勝利の秘訣は、やっぱり、アベルカイン?!》1


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伝道勝利のためには、霊界を動かすこと、
霊肉合同作戦が一つの大きな秘訣だとのこと。

ただし、霊界を動かすには、やはり、これが必要なのだとか!

篠崎幸郎本部伝道部長の著書
「み言に学ぶ伝道の秘訣」から
紹介したいと思います。



真の父母様の願いは、神氏族的メシヤの勝利


今は、聖和された真のお父様が、真のお母様と、
地上で直接出会った私たち祝福家庭・食口に、
地球星の未来を任せられている時代です。

真のお父様は霊界に行かれる直前、
「神氏族的メシヤの責任を果たしてほしい」と、
私たちに強く願われていました。

私たちもいずれは霊界に行き、お父様のみ前に立ちます。
そのとき、お父様は
「あなたは地上界で、神氏族的メシヤの責任を果たしたのか?」
と質問なさるのではないでしょうか?


2014年以降は、ビジョン2020勝利のため、
一対一原理訓読伝道に取り組んできました。

その結論は、真のお父様のみ言に立ち返ることこそが、
爆発的伝道と神氏族的メシヤの勝利を可能にするということであり、
お父様はその方法を五十年も前から示してくださっていたということです。

正に、天は奥妙に役事をしておられるのです。



アベルとカインの一体化が伝道を実らせる鍵


霊肉界合同作戦が伝道を勝利する秘訣であるのですが、
真のお父様のみ言に


「霊界が援助するような伝道をするには
どうするかというと、
完全に一つになることです」
(『伝道ハンドブック@み言に学ぶ伝道の姿勢』15ページ)


とあります。

そこで、霊界が協助することのできる
アベルとカインの関係について考えてみましょう。


真のお父様は、次のように語られました。


「霊界が援助するには、
神様とイエス様が一つになったように、
班長と班員が一つになれば間違いありません。
……班長はそれを反省しながら、
与えられた使命を絶対に果たす責任をもって、
一つになること。
そういうように内的結束を大切にしましよう」
(同、19ページ)



アベルの立場で何よりも重要なことは、
天の父母様(神様)および真の父母様と一つとなり、
使命を絶対に果たすという決意をすることです。

そのうえで、カインと完全に一つになれば
霊界が百パーセント協助するのです。

私たちは実際の信仰生活において、
アベルの立場とカインの立場の両方の位置を持っていますが、
アベルの前にカインとして立つのが主体であり、
カインの前にアベルとして立つのが対象です。

それが天国の秩序なのです。



心情文化革命時代が到来し、
『和合統一』に天運がある時を迎えました。

今まで以上に『一つになる』ところに
天の導きがあり、天の役事があります。

『神様とイエス様が一つになったように』
とお父様のみ言葉がありますが、
そのくらいの基準で一つになったら、
本当に霊界の役事が起こるに違いありません。

しかも時代圏が変わったのですからなおさらです。
一つになるためにもっと祈りを注がないといけないと感じます。

明日に続きます。


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2016年09月14日

どのようにしたら愛の人になれるか?! 答えは、真の父母を通して!! 《可知講師》


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特別巡回師の可知講師が
毎月、私たちの地区に来られて
み言を語ってくださっています。

印象に残ったところを
不定期にお伝えしていきたいと思います。


幸福を得るために最も重要なものが「真の愛」です。

では人間はどのようにして愛の人間になる事ができるのでしょうか。

もしも、自分に関わるすべての人々が自分を見捨て、
自分も自分に対し投げ出したとしても、
それでも最後の最後まで真の愛で自分を愛する存在がいるとするならば、
人間はその存在を愛そうとしないでしょうか。

そして自分もその存在のように他を愛したいという心情が湧いてこないでしょうか。

それゆえ、人間を絶対的に愛する愛の主体者がいれば、
その存在と関わることを通して人間は愛の人間になっていくのです。
その愛の主体者とは神様以外にはいないのです。


(御言)
「失った神様と人間との関係の回復、
 それは相手のために生きる
 神様の愛によってのみ可能となるのです」

(1981.4.25)『祝福家庭と理想天国』〈T〉p.547


「我々は神の愛を受けずしては蘇える事はできない」
(1967.7.10)


「要は神様がいるという事を
 はっきり知ったならば、すべては解決する」
(1972.4.23)


「神様の愛と一つになれば、
 神様の愛を実践できるようになります。
 そうなれば世界統一は自動的に実現します。

 私たち堕落した人間に必要なのは、
 神様の愛で愛する事のできる人となる事です」

(1977.10.9)『祝福家庭と理想天国』〈T〉p.558


人間は、自分が神の愛を受け、それを受け止めている
度合いしか神や人を愛する事ができません。

自分が神様をどの程度愛しているかという事は、
自らが神の愛をどの程度受け止めているか、
その度合いを見てわかります。

すなわち、受け止めている度合いしか、
神を愛せないし、人も愛せません。


まず、イエス様の場合で考えてみましょう。


「私の父は今に至るまで働いておられる。
私も働くのである」
(ヨハネ福音書5・17)


この聖句により、イエス様は、ある時、
今に至るまで人類の親として
その救いのために働いてこられた愛の神様を知り、
み旨のために神様の解放のために働く決意をされた事を、
伺い知る事ができます。


「父が私を愛されたように、
私もあなた方を愛したのである」

(ヨハネ福音書15・9)


「子は父のなさる事を見てする以外に、
自分からは何事もする事ができない。
…なぜなら、父は子を愛して、みずからなさる事は、
すべて子にお示しになるからである」
(ヨハネ福音書5・19〜20)



「父が私を愛されたように」とは、
また「すべて子にお示しにな」った愛とは、
具体的にどのようなものだったのでしょうか。

聖書ではそれには触れていませんが、
最も関心をそそられる個所です。

しかし、その神様との体験こそが、
イエス様が神様を愛し人々を愛するようになった原点である事がわかります。


次に、真のお父様の場合で考えて見ましょう。

真の御父様は、なぜ神様の御旨成就のために生きる決意をされたかについて、
次のように語られています。


「今までこういう事をやってきたのは、
 御飯がないから…名誉が欲しいから
 …誰かが恋しいからそうするんじゃない。

 これはたった神様をわかったから、
 そなたのその心情がわかったから。

 そなたの悲しみというのは我々には問題にならない。
 千万倍にもなる。
 例に例える事ができない」
(1965.10.8)


「先生に対して一言その時の心情に
触れるものがあったら、
先生は涙を禁じ得ない。
神様もそうだ。

先生と神様と抱き合って泣いた悲しさは、
地上の人々は誰も知らない。

その深い神への心情は計り知れない。
それを思うと体の細胞がしびれるようだよ。

そういう心情で神への孝行の道を進んでいる事が、
あなたたちにわかる?」

(1970.10.13)


それゆえ、私たちの場合も神の愛を受け止めている度合いが、
他への、すなわち神様や真の父母様や家族や
他の人々への自分の姿勢となって表れるのです。

自分の神様に対するいい加減な姿勢は、
神の愛をいい加減に受け止めている表れであり、
アベルの立場に立ったときカインに対して
真の愛で対せないのは、
神の愛を受け止めていない自分の姿の表れなのです。


しかし、人間は新生児からスタートするため、
神様から愛を受けたとしても、
初めから神の愛を感ずることはできません。

そのために神と子女との間に仲保者が必要となるのです。
その仲保者の役割りを果たすのが親です。
親は神が自分を愛して下さったように子を愛します。


アダムとエバが堕落しなければ人類に対する神の愛が
親を通してすべての子女に注がれていくはずでした。

しかし、アダムとエバの堕落によって、
親を通して子女に注がれるべき神の愛が
閉ざされてしまいました。

アダムとエバは人類の真の父母ではなく、
偽りの父母となってしまったのです。

それゆえ、神は人類の真の父としてのメシヤを遣わし、
神の愛の世界を人類に知らしめることが必要となりました。

堕落人間は神と一体化したメシヤが持つ神観を
メシヤを通して相続し神観を確立していくのです。


(御言)
「信仰生活の基準はメシヤである。
メシヤに似る事が信仰である」

『祝と理』〈T〉p.325

「メシヤ…その方は
神様を完全につかんでいるので、
その方を完全につかむ人は
神様をつかむ事ができるのです」
『祝と理』〈T〉p.563



堕落人間は、自分では神様がわからないために、
神と一体となったメシヤを通してしか神の愛を知る方法がないのです。

それゆえメシヤが私たちに注がれた愛をどれほど深く受け止めたかが、
その人の、神を愛し、メシヤを愛し、人を愛する愛の度合いとなるのです。



当たり前のことなのかもしれませんが、
やはり、真の父母様を通さない限り、
神様に至る道はないのだということを
改めて感じます。

そして、日々の生活において、
「真の父母様ならば、どのように歩むだろうか・・・」
「どのように今の私を見つめておられるだろうか・・」
そのことを考えつつ、歩むことが重要だと思います。

どのような意識をもって歩むのか、
それは「私自身」に問われているのです。




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posted by ten1ko2 at 09:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月13日

近づいた分だけ?! 夫婦の距離が子女の祝福に反映! 《父母のための2世祝福講座》


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父母のための2世祝福講座。
今回は、「四位基台:夫婦間の一体化
(夫婦でよく話し合えていますか?)」です。


家庭的四位基台を見つめ直す上での第二のポイントは、
言うまでもなく、「夫婦間の一体化」です。

本来、互いに最も相対的な観点をもっているのが、夫婦でしょう。
夫が「右に行く」と言えば、妻は「左に行く」と言う……、
しかし、そうやって補い合ってきたのが夫婦なのではないでしょうか。

だからこそ、二人が一つの同じ共通の答えに至った時、
そこに「神の声」があると思うのです。


父母マッチングを進める上で、夫婦の意見が
バラバラだったらどうでしょうか。

例えば、父母マッチングを進めようという母親が、
夫婦間で十分な一致点を見いだせないまま、
子女を呼んでこう尋ねたとします。

「私はAさんの家庭がいいと思うんだけど、
お父さんはBさんの家庭のほうがいいと言ってるのよね。
あなたはどっちがいいと思う?」
それは間違いなく子女を混乱させることでしょう。


最近は父母マッチングを進めるための父母集会にも、
夫婦で参加されるケースが増えてきました。

誰にも相談できず、一人で父母マッチングに取り組もうとすれば、
どれほど大変でしょうか。
夫婦で共に学び、共通の観点に立って共に祈るからこそ、
話も進んでいくのでしょう。

それは、一方が昇華されている場合も同じです。
夫を先に霊界に送っているある婦人は、
父母マッチングに取り組む中で、
「霊界の夫の協助を感じた」と語っていました。


どんなに忙しくとも、子女の「永遠」に関わる内容です。
「夫任せ」、「妻任せ」にせず、一緒に取り組んでいきましょう。

もちろん、様々な事情もあると思いますが、
「二世祝福は夫婦で共に取り組む」
ということを基本姿勢にしていただきたいと思います。


もし、夫婦間のコミュニケーション自体が
難しい状況にあるというのであれば、
なおさら二世をマッチングに送る前に、
いま一度、夫婦で向き合ってみてください。

実際、長らく夫婦間で語り合えてこなかった夫婦が、
子女の祝福を「きっかけ」として、再度、
深い対話や交流ができるようになったという証もありました。

あるいは、別居していた夫婦が同居するようになったり、
十数年来、単身赴任だった夫が実家に帰ってきたり、という話もあります。


幼い二世が祝福を受けたなら、祝福後にもまた、
多くのサポートが必要になることでしょう。

父親と母親と、各々異なった両側面のサポートをしてあげられるよう、
夫婦の基台を整えていきましょう。

「夫婦の距離」が近づいたぶんだけ、子女も祝福に近づきます。
夫婦で向き合うこと……、
それは「遠回り」のようで、実は一番の「近道」に違いないのです。



天の伝統を継続しながら、
拡大・発展させていく。。。
簡単なことではないと思います。

一世の祝福もそうでした。
相当の基準がなければ、祝福を受けることができませんでしたが、
様々な壁が取り払われていきました。

しかし、3家庭・36家庭・・・
大先輩たちが信仰の基準を立てて、
祝福の基台が出発し、広がっていきました。

二世祝福もそういう段階に来ていると思います。
だからこそ、私達、親のしっかりとした信仰、
そして夫婦一体が願われているのだと思います。

*以前は《2世祝福父母講座》としていましたが
わかりやすく《父母のための2世祝福講座》と
シリーズのタイトルを変更しました。


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