2016年10月13日

(証し) 仙台にも秋が来た?! 「仙台の初穂」が立つまで!! 《mrs.千鶴子ロニヨン》5



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当時の本部教会☆


たった一人で、仙台の開拓伝道に行かれ
仙台教会を立ち上げた
ロニヨン(旧姓 春日)千鶴子さんでしたが、
なかなか献身的に歩む人を立てることができません。

今日は、一人の大物、「仙台での初穂」が立つまでの証しを
紹介します。
1962年秋の物語です。


仙台の地に秋も深まったころ、一人の青年が
統一教会の伝道所を訪ねて来ました。

私が夏に開拓伝道をしに来た当時、
教会訪問に明け暮れしていたころに出会った青年で、
聖イエス教会の信者でした。

この青年こそ、仙台の初穂として天が準備され、
仙台統一教会で献身的に歩む初穂となった阿部知行さんです。

そのころキリスト教会からの迫害を盛んに受けていた私は、
「天のお父様、この仙台の地で最も神様を愛する人に会わせてください!」と、
このように天に祈り叫んでいました。

そうして仙台統一教会としての看板を掲げることができたので、
彼にも「統一原理」の講義の案内を送っていたのです。


秋田県出身の彼は、当時、東北大学工学部の二年生でした。

彼はまた再臨を待望する熱心なクリスチャンであり、
雲に乗って来られるイエス・キリストを迎えるために、
朝早く広瀬川のほとりで空中に飛び上がる練習をしていたというのですから驚きです。

さすがの私も、いまだかつてこのような人に会ったこともなければ、
このような話を聞いたこともありませんでした。

でもお互いに話をしていくうちに、神様を愛すること、
イエス様の再臨を待望していることに共通点を見いだし、
彼は「統一原理」の講義を聞くことになったのです。

後で聞くところによると、実は阿部さんもこの私を伝道して、
聖イエス教会につなげようと思って来たということでした。


初めに「メシヤ降臨と再臨の必要性」を講義しました。
講義を聴き終わった彼は、いろいろと反論もしましたが
「統一原理」に引かれていることも事実なので、
講義をひととおり聴くことを約束したのです。

第一の難門は無事に通過したものの、
果たして彼が次の約束の日に来るかどうかが心配でたまりませんでした。
でも彼は約束の日に来てみ言を学び、
その後も続けて受講していくようになったのです。

阿部さんは、講義を聴くたびに喜びに満ちていくように感じました。
私はひたすら彼に希望を託し、彼のために祈り続けました。
この間、周藤健さんが巡回に来たことも大いに助けになりました。


ついに阿部さんに主を証す時になりました。
何といっても、彼にとって最大の関心事は再臨の主のことです。
すでに彼は、「主が地上に肉体を持って現れても、
自分は受け入れられる」と言っていました。

そこで私は、阿部さんにすでに肉体を持って
この地上に誕生されている再臨のメシヤについて証ししました。
彼は非常に衝撃を受けたようすでしたが、
「信じます」と言って、天に祈りをささげたのです。

「統一原理」のみ言に感動した阿部さんでしたが、
現実に直面したときには耐えがたい苦痛に襲われたのでした。
彼は悩みに悩んで、ぼう然としながら
仙台市内をさまよい歩いたそうです。

そうして三日目の夜、イエス様が現れて
「わたしがこの道に導いたのである」との声を聞いたのだそうです。
その声は、イエス様の慈愛に満ちた声であったので、
彼はこの道が正しいことを確信したのです。

彼はすぐに大学を退学し、聖イエス教会と別れて
統一教会の東京の本部に向けて出発しました。


それからが大変でした。
阿部さんが統一教会に行ってしまったことを知った
聖イエス教会は驚愕して、その教団の責任者が
すぐに彼の後を追って行きました。

少したって阿部さんから便りがあり、
そこには「いろいろと説得されたけれど、
自分の決意は変わりませんのでご安心ください」と書いてありました。


次に降りかかってきたのは、家族からの反対です。

学校の教師をしていた阿部さんのお母さんから便りが来て、
「うちの息子を取っていったのは貴方ですか……」という書き出しで、
達筆な文字で滔々とつづられていました。

無理もありません。
秋田県の田舎から有名な東北大学に入ったというだけでも、
どんなにか周りの人々から将来を期待されていたことでしょう。
それがあっという間に、連れ去られるように
大学を辞めてどこかへ行ってしまったのですから。

私は心の中で言いました。
「お母さん! いつの日か必ず、
あなたの息子を天の息子としてお返しいたします」と。


それから間もなくして、阿部さんのお父さんが私を訪ねて来ました。
お父さんは、秋田で校長先生をしていらっしゃる、りっぱなかたでした。

そのお父さんが、自分の息子が、突如このようになったので、
一体何事が起こったのかと思い、
事の真相を知るために息子に会ってその帰り道であるというのです。

お父さんが上京して東京の本部に着いたとき、
すでに息子の知行さんは地方に出た後だったので、
お父さんは息子を追って福岡まで行き、息子に会って来たのだそうです。

「いろいろと話し合ったけれど、息子の考えは変わらない。
でも、元気でやっている姿を見たので帰って来た」と言われるのです。

初めは、怒られるのではないかと思って緊張していた私も、
その言葉を聞いて安堵しました。
また阿部さんが元気で頑張っているということも分かって、
内心、天にも昇る思いでした。

お父さんは、帰り際に私に向かって
「春日(旧姓)先生、これからも息子をどうぞよろしくお願いいたします」
と言われて、丁寧に両手をついて深々と頭を下げられたのです。

そしてお土産の和菓子の折り箱を置いて帰って行かれました。
私はこのときの感激を決して忘れることはないでしょう。

これはずっと後の話になるのですが、
阿部さんのお母さんも統一教会の教会員になられ、
「原理」講師となって婦人部で大いに活躍されたと聞いています。



阿部先生は、777双です。
20年以上前でしょうか。
氏族メシヤ修練会が水澤里修練所で行われた時、
講師として、阿部先生がお話しされていたのが
印象深く残っています。

イエス様の再臨を切望し、
空中に飛び上がる練習をしていたというのですから、
本当に純粋な方だと思います。

千鶴子さんの熱烈な祈りと実践によって、
素晴らしい方が伝道されました。

多くの先輩方もそして私たちも
この道に導かれたというのは、
霊の親の精誠とその人自身が越えてきたもの
その賜物だと思います。

今こそ、天の願う人を導くために
精誠を尽くしていきたいと思います。



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