2017年02月13日

(証し) 人口の1%を動員! 鳥取2千名大会は、こうして成された!!



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☆天地人真の父母様御聖誕記念式2.2☆


鳥取で2000名の書写大会に、多くのVIPが
喜んで参加しておられる証しを、先週紹介しました。
その、続報です。

人口が少なく、大雪で活動が困難な鳥取。
そんな一つの教会で
どのように勝利することができたのでしょうか。



動員に死力を尽くし 2000名大会勝利 鳥取教会

教区長が「人口20万人の地方都市鳥取市で
2000名書写大会を勝利し、基元節を前に天に奉献する」
と繰り返し強い決意を示されるなかで、
全食口が教区長と一つとなり出発しました。

そして現在まで、中心リーダーとスタッフ、食口のすべてが
多くの涙を流しながら、困難の山を乗り越えて参りました。

私は、今までも最高の決意と使命感を持ちつつ、取り組んできました。
しかし今回は具体的に救国救世基盤の造成が願われる中で、
VIP渉外を常に意識して取り組みました。

その結果、今回初めて国会議員や地方議員のほか、
自治体の首長や民間会社社長の参加が決定。
その内、議員と自治体首長が本大会で来賓挨拶をしてくださいました。


鳥取家庭教会単独の2000名大会の開催にあたり、
教区長と浅川先生から
「この大会は、単なる地方のイベントではなく、
人類のメシヤ、真の父母様をこの世に証す『自叙伝書写』の大会であり、
地域を代表する人口の1%の方々をお招きする
全国のモデルとなる重要な大会である」
というメッセージを受け、全体が出発しました。


食口達は、精誠を尽くして
真の父母様のお写真と真のお父様の最後の祈祷文が入った『御守り』を製作。
食口全員がその『御守り』を握りしめ、毎日動員に励みました。

強い否定を受け挫けそうになっている食口がいると、
他の食口達が励まし、助け合いました。
皆が同じ目標に向かって一つとなって取り組んでいくと、
不思議と智恵が与えられ、力が湧き上がり、強い否定もなくなっていきました。

さらには、夢に真の父母様が現れて慰労してくださるなど、
正に真の父母様が直接導いて役事しておられるような奇跡が
連続して起き始めました。

動員対象者が書写堂に直接訪ねて来たり、
ある動員対象者は自分の友人を動員し始め、
SNSで繫がった知人からチケットの要請が入るなど、
連鎖反応の様に次々と考えられないような事が起きていったのです。


動員路程中、私は体調が思わしくなく、
体が重くてどうにも動けない時もありました。

さらに鳥取県内が、観測史上最大の1日で1メートル以上の豪雪に見舞われ、
自衛隊が災害派遣されるような状況でしたが、
断食をしながら「私は倒れるまでやる」と決死の覚悟で歩み、
雪道で渋滞して車内にいるドライバーにも声をかけていったのです。

神氏族メシヤとして、夫婦で氏族圏の動員に向かうと共に、
地域の人々や同級生、職場、議会、民間会社、SNSなど、
ありとあらゆる対象にアプローチをしていきました。

そんな中、私は夢をみました。
「あなたが困難に直面しているとき、
あなたは絶望の淵にひとり佇んでいるのではなく、
希望の扉の前にいることを信じなさい」
というメッセージが与えられたのです。

私はそのメッセージを胸に刻み、動員を続けるなかで、
天の導きにより多くの方々を動員することが出来ました。
ありがとうございました。



勝利の背後には精誠があるのだな。。。
そのことを改めて実感させられます。

神様からのメッセージを与えられるほど、
神様に強烈に覚えられた歩みの中に、
大きな役事が起こるのですね。

そして、中心性と一体化。
一人の決意に全体に火がついて、
多くの実りを起こした鳥取の歩みを
相続していきたいです。




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2017年02月12日

祝福家庭を犠牲の道に送るのは?! 神に守られる理由2 《金元弼先生の信仰サプリ》 



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2.1☆


千歳の願い荒れの園に
勝利の基を求めて
尽くし来られた血のみ跡
これが父の賜う愛



金元弼先生の信仰サプリ、「主流の道における伝統」
の2回目、「尽くしてもまだ足りないという先生の伝統」です。


先生は、常に神のため、人類のために、
ご自身を、家庭を、氏族を犠牲にしていく道を歩まれました。

統一教会の中で祝福を受けた人たちは、
先生にとっては氏族と同じです。

この氏族を国家を救うために犠牲にしたということは、
祝福家庭を三年路程の伝道に行かせたことを見ても
知ることができるでしょう。
そして今もなお、アメリカにおいても祝福家庭を、
アメリカと世界を救うために、全部前線に出しているのです。


ある国が世界を救うために犠牲になった場合、
世界が救われたときには、世界はその国を守るというのです。

ですから、先生は私たちを、自動的に、個人のレベル、
家庭のレベル、氏族のレベル、民族、国家のレベルにおいて、
孝子、愛国者、聖人、そして聖子となるように訓練し、
導いておられるということに気がつきます。


次に、先生は、その孝子の中、愛国者の中、聖人の中でも、
最も中心的な者としてあるために、
どのような道を行かれたかということをお話ししたいと思います。

それは、人に尽くしても尽くしても、
まだ足りないという心をもつということです。

これが先生の歩まれた道です。
私は全部尽くしたという人と、尽くしたけれども
まだ足りないとする人では、どちらがより尽くす人でしょうか。


先生が作られた歌に、獄中から出られて、
神の愛に深く感謝された歌があります。

それは、感謝しても感謝しても、まだ治まらない心を歌った歌です。
それは、夜昼なく仕事をしても、まだ時間が足りないという心、
疲れ果ててベッドに入る時でも、
まだやることがたくさん残っているのに体を休めなければならないことを
お許しくださいと祈って休む、その心です。


先生は人々が訪ねてきた時にはみ言を語られ、
そして人々が時間になって帰ろうとする時にも、もっといてほしい、
もっととどまっていてほしいという心であられました。

また、ある食口が家庭の迫害で何日も教会に来ない場合には、
先生はその人の家が見える所まで訪ねていかれ、
そこに立って、食口の顔だけでも見たいという
待ち焦がれる心で、一日中祈られたのです。

ある食口が朝買い物に出かけたのですが、たどりついた所は
教会だったということが起こったのですが、
それはそういう心で先生が
私たちを非常に愛し尽くしておられたからです。

そういう、人を思いやる心は、人を引きつけ、
霊界の協助を受けることのできる動機をつくっていたのです。


そういう心を先生は、万物を通しても常に読み取られていました。
先生のお住まいの寝室の前には、大きな木が何本も立っています。
そしてその周りには警備員が、夜寝ないで先生を守っています。

ところが、先生が外を眺めておられると、
たまたま警備員の中に居眠りをしている人がいました。

その時先生は、「彼らは眠っても木は眠っていない。
この木は私を寝ないで守ってくれているのだ」と考えられて、
この木に倣って、私も神をこの木のように守らなければいけない
というように考えられたのです。

このように先生は、
尽くしてもまだ足りないという心でこの道を歩まれたのです。

そのような先生を眺める神の心には、
もっと守ってあげようという心が起こるのではないでしょうか。
神がそうであるがゆえに、霊界はどうでしょうか。

そういうことで、眠っている警備の人に霊界が現れて、
「あなたは寝てはいけません」と、お告げがどんどん下りるのです。



お父様は本当に「真の愛」の人ですね。。。。
常に、与えたい心情を持ち続けておられます。

その背後には、「神様に愛されている」
その実感、確信を持っておられるお父様なのですね。。。

その歩みはお母様も全く同じだと思います。
先日書いたように、御聖誕日にも受けることを願うのでなく、
与えることだけを思い続けていかれる真のお母様です。

もっともっと神様の深い心情を求めつつ、
御父母様の愛の世界を相続していきたいです。




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posted by ten1ko2 at 08:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月11日

神のためにすべてを捨てた時に…?! 神に守られる理由1 《金元弼先生の信仰サプリ》 



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☆基元節4周年 餅ケーキカット☆


神のために、善なることのために、
家庭を犠牲にすれば、
神がその家庭を守ってくださる



真の父母様の生き方は、まさしく神様が守らざるを得ない
生き方だといいます。

金元弼先生の信仰サプリ、今日からは
1987年ドイツで「主流の道における伝統」と題し、
草創期の貴重な証しをふんだんに盛りこんで語られたみ言を
何回かに分けて紹介します。

今日は
「すべてを捨てたとき神が守ってくださる」
という内容です。


最初のころに導かれてきた人たちは、
長く深い信仰生活をしていた人々で、
いろいろな神体験をし、そればかりでなく、
いろいろな霊的役事をしてきた人たちでした。

病気を治したり、過去、現在を透視し、
未来を予言する人などいろいろです。
ですから彼らは、周りの人々から神のごとく侍られていました。

そんな彼らが主の来臨のお告げを受けたのですから、
今まで待ちに待っていたがゆえに、すべてを断ち切って、
いつまでもいつまでも先生から離れようとしなかったということは、
皆さんもよく理解できるでしょう。


例えば、韓国の土着宗教を信じていた人で、
ある時、亡くなって他界していたその宗教の教祖が現れ、
「これからあなたは、私が導く新しい宗教の道を行きなさい」
と言われて、キリスト者になった人がいました。

彼女は、土着宗教を信じていたときに、
病気を治すなどいろいろの役事をしていたのです。
そしてキリスト教に入信し、
神のみ言は聖書に著わされているということで、
その神のみ言を読みたいのですが、文字が読めませんでした。

ところが神が彼女に現れて、
聖書の内容を一つ一つ導きながら言葉を教えたので、
彼女はそれが読めるようになったのです。

その方がまた導かれて、先生が再臨のメシヤだ
ということが本当に分かるようになったのですから、
すべてを捨てて、先生に侍っていくのが当然だったのです。


ところが、そういう人たちがいろいろと迫害に遭うようになりました。

それは、キリスト教を指導している指導者たちには、
その神のお告げが理解できなかったからです。

このような人たちは非常に家庭で尊敬され、
教会で神のごとく侍られていた立場だったのですが、
家庭から迫害され、教会から迫害され、
行く所は先生の所しかなくなったのです。


当時、先生が二十六歳のころでした。

また、とても素晴らしい牧師の家庭がありました。
その牧師の娘さんは結婚していて、
神からお告げを受け、先生に仕えるようになりました。
子供もあり、またご主人は非常に反宗教的で、
共産党の党員でもありました。

そういう中で、先生の所に来るので、
そのご主人は奥さんを愛しているがゆえに、
先生を殺してやると、いつも銃を所持して脅迫していました。

また親からも迫害を受ける、そんな中に神がお告げされるには、
「すべてを捨てて、み言を宣べ伝えなさい」ということだったのです。


私たちはそういう人たちに、何とアドバイスしてあげればよいでしょうか。

今、私たちは、氏族復帰の恵みの時代を迎えていますので、
家族がそろってこの道を行くことを教えています。
しかし当時は、開拓の時代でした。

その時に、悩んで訪ねてきた食口たちに先生がアドバイスされたことで、
忘れられない一つのみ言があります。


それは、

「神のために、善なることのために、
私たちが家庭を犠牲にして出て働くならば、
神がその家庭を守ってくださるでしょう」

ということです。


神は、人間が神のためにあるとき、その人のためにあられる方なのです。
ですから、神のために自分の子供や家庭を犠牲にしたときに、
神はあなたを否定しても、その家庭を、
子供を守ってあげなければならなくなるというのです。

ところが、私たちが自分の子供のことを心配すると、
神は、「私が心配してあげなくても、
彼らが心配して見ているから助ける必要がない」ということになるのです。

そう考えてみますと、人が子供を見るのが安心でしょうか、
神が子供を見、家庭を守ってくださるのが安心でしょうか。

そのような話をされたとき、すぐに私は、
先生がそういう道を歩き、勝利されたので、
そう教えておられるのだと気づきました。




み言を拝読させていただきながら、
改めて、「神様は親であり、
生きて働いておられる・・・」
そのことを強く実感しました。

多くの先輩たちが本当に苦労の道を行きました。
多くの犠牲の土台の上に、
今の私たちがあることを忘れてはならないと思います。

そして、先輩たちの苦労と犠牲の背後にも
神様の多くの祝福があることも、
後輩の身としてはありがたいことです。
お父様のみ言を私たち以上に噛みしめて歩んでこられたと思います。

今は大手を振って、氏族に向かえる時です。
神様も待ちに待ったこの時。。。
果敢に立ち向かっていきたいと思うのです。

次回に続きます。


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