2017年05月22日

こうして原理講論は執筆された! 1 《史吉子先生》



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原理講論が韓国で発刊されたのが1966年5月10日
今からちょうど51年前のことです。

シリーズで原理講論ができるまでの、
史吉子先生の証しをご紹介します。


『原理講論』が執筆された経緯についてお話ししましょう。

お父様の指示のもとに、『原理講論』をまとめたのが、
私の夫である劉孝元(ユ ヒョウウォン)・元協会長です。

彼も北韓生まれで、普通の韓国人はなかなか入れない
京城帝国大学(現在のソウル大学)に入るほどの秀才でした。
彼は、そこの医学部予科を経て、
本科四年在学中に脊椎カリエスを患いました。

脊椎カリエスとは、結核菌が脊椎を侵していく病気です。
彼の場合、それが股関節にまで下りてきていたのに
発見するのが遅れ、手術を余儀なくされました。
そのときに、結核菌に侵されてしぼんだ骨を切り取ったので、
片足が曲げられなくなってしまったのです。


お父様は後に、私の夫に対して、
このように言われたことがありました。

「あなたは寅年だから、激しい性格である。
だからもし、あなたの足が悪くなかったならば、
独立運動、反日運動で殺されていたであろう。
だから、あなたはお父様に用いられるために、
この世に出ていかないように、
神様があなたの足を打って寝かせてしまったのだ」


けれども彼は、その当時は“自殺しようか”と、随分悩んだそうです。
それでも結局、それを思いとどまらせたのは、
彼のお母さんの篤い祈りでした。

お母さんは、彼の隣の部屋で、
「どうぞ神よ、私の息子を救ってください」
と、毎日、祈っていたというのです。

そんなある日、お母さんが按手で有名な
一人のおばあさんを連れてきました。

すると、そのおばあさんは、
「普通の人は天から星が一つきらめくけれども、
あなたは三つきらめいた。
あなたは将来、きっと神様のために尽くす大物になりますから、
死ぬようなことはしないで、
これからは信仰で生きてください」と言うのでした。


この言葉で彼は、キリスト教会で一生懸命に信仰をするようになり、
同時に聖書を研究するようになったのです。

ところが、聖書は例え話が多く、表現があいまいです。
彼が一番迷ったのは、「善と悪の問題」であったそうです。

また、「だれかがあなたの右の頬を打つなら、
ほかの頬をも向けてやりなさい」とか、
「下着を取ろうとする者には、上着をも与えなさい」
「だれかが、あなたをしいて一マイル行かせようとするなら、
その人と共に二マイル行きなさい」などという聖句に触れるにつけ、
「神様の願われる善に届くには、自分は死ぬしかない」と悩んだといいます。


しかし、真のお父様に出会い、原理を聞いて、
それらの疑問はすべて解けました。
原理における善と悪の定義は、簡単です。

「神の創造目的を成就する行為とか、その行為の結果を善といい、
神の創造目的に反する目的のための行為をなすこと、
または、その行為の結果を悪という」

彼が原理を聞いて、とても感動していると、
「あなたには、ろうそくをともす燭台の使命と
天使長のらっぱの使命がある」という声が、
霊界から聞こえてきたそうです。

ですから、彼が原理講師という、
いわば祭司長の立場を命ぜられたということもうなずけます。


やがて彼は、その預言どおり、
お父様から特別に原理講義の訓練を受け、
あるときから講義を始めるようになりました。

当時は、たくさんのキリスト教会が
統一教会を“異端の群れ”と決めつけて、
つぶそうと躍起になっていました。

「妻を奪われた」と言ったり、
「教会からたくさんの信者を連れていかれた」と言って、
そのような恨みのある人が講義を聞きに来るので、
彼らを説き伏せることは、とても大変でした。

ですから講義といっても、ありったけの声を張り上げて行うので、
それはまるで、けんかのような状態でした。
聞きに来る人たちも、わざとややこしい質問をしたり、
講師の話を聞かずに困らせたりするのです。

それをお父様は、そばで聞かれていて、
彼らに対して霊的な話や心情的な話をされ、
納得させていかれたのです。

このように、私の夫が講義をして、
それをお父様が助けるというように、
二人は親子のような関係にあったのです。



劉孝元協会長は、お父様に出会うべくして、出会われました。
ソウル大の医学部ということは、日本で言えば、
東大の医学部と同じ立場ですね。。。

キリスト教の疑問をすべて原理で解明された・・・
その喜びはいかばかりだったでしょうか。

また、講義は、劉協会長、質問の答えはお父様。
そのやり取りがどんなものだったのか、
とても興味が湧きますね。。。

史吉子先生の証しは、
何回か続きますので、お楽しみに。





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2017年05月21日

ウリヌン ハナダ! 真のお母様と一つとなり、南北を一つにしよう! 《南北統一国民連合30th》



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週刊ブリーフィングの最新号に
5月10日に行われた
『南北統一運動国民連合創立30周年記念式』の
模様が掲載されています。

お母様が語られたみ言(一部)と
大会の様子を紹介します。



この民族の統一は、
韓国だけの問題ではありません。

韓国、日本、アジアの全ての国々が一つとなり、
真の父母を中心とした新しい心情文化革命!
ために生きる真の愛を実践する
太平洋文明圏時代を開かなければなりません。

その道のために私は全て準備しました。

国民連合の会員の皆さん!
いまや、皆さんは
歴史の真実を明かさなければなりません。
これ以上躊躇しないで下さい。

この民族が、天の前に責任を果たす、
永遠に歴史に残る中心国として、
世界の前に堂々と立つことの出来るその日に向かって、
皆さんは真実を明かすことに
先頭に立ってくださることを願います。




政府長官次官レベルの指導者と国会議員、駐韓大使をはじめ、
国民連合会員約2500名が参加したそうです。

真の父母様の貴いみ言と共に、この日の記念式では、
シム・ジェクォン国会外交統一委員会委員長の祝辞と
金ヒョンソク統一部次官の祝辞が続き、
真の父母様の功労牌授与と共に、
国会議長と統一部長官の表彰等、政府の褒章も行われました。

大統領直属の統一準備委員会、市民諮問団体である、南北統一国民連合は
創立以来、汎国民統一教育と、第5国連事務局誘致100万署名運動、
DMZ世界平和公園造成運動とピースロードプロジェクト等、
多様な統一運動を展開し、韓半島の統一時代を切り開いています。



韓国動乱(朝鮮戦争)から、67年がたとうとしています。
3年間で400万人も犠牲になったといいます。

思えば、1950年、お父様とお母様もそれぞれ
その時北から南下され、今の家庭連合の前身
統一教会ができたのです。

南北統一を一番真剣に考えているのは、
真の父母様であり、
そして、私たち食口なのではないでしょうか。。。

今年からの3年間は朝鮮戦争の3年間以上の
精誠が必要な期間なのかもしれません。

韓国動乱から数えて67年、
北朝鮮生まれの人たちも高齢化が進み、
どんどん少なくなっています。

今また、朝鮮半島をめぐって緊迫した情勢の中、
目の前の現実だけを見ていると、
実現不可能ではないか。。。
そのようにも思わされます。

しかし、すべての解決の道は、
真の父母様と一つになること。
一つになることで、奇蹟が起きるのです。

そういう意味で、今回の大会には、
多くの有識者が来られています。
行くべき道を模索しつつ、
何か、「韓鶴子総裁に希望を見いだすしかない、
でも、光明が見えてくるような気がする・・・」
そのように感じておられるのではないでしょうか。

こういう映像を見ていると、
やはり、私たちが、真の父母様と
完全に一つになることが重要だと思わされるのです。





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posted by ten1ko2 at 09:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月19日

悩みがある時、苦しい時、病気の時、寒さに震える時・・・お父様の克服法?! 《李ヨハネ先生》



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李ヨハネ先生のみ言、
「一つのことを考え悩むと兄弟にも話せず、体にも現れて一人苦しむのですが」
という質問に対してのベスト・アンサーです。


悩みがあるとき、それをいかに告白するかです。
その時は、まず祈祷する。
率直に祈れば、だれに言えばいいか方向が出るのです。

私のためにいる人、私の苦しみを聞いて
自分のごとく考えられる人に話すのです。

そういう人がいなくても、そういう祈りをしていると、
時が過ぎると解決するのです。
期間が条件となっているからです。

苦しむ以前の心構えでいれば、解決するのです。

私のためにいる人でない人に、報告する必要はないのです。
なぜなら、私の秘密をサタンに渡す可能性があるからです。


悔い改めるものが分からない場合は、
自分は歴史的なものを蕩減するのだと考えるのです。

兄弟もこういう苦しみの中にいるということを、
自分の苦しみではなく、兄弟がこれ以上の苦しみをもって
勝利したと思って、自分の苦しみを甘受する。
これが公的な、原理的な考え方です。

イエス様は目の不自由な人を見て、
「これは自分の罪でも、祖先の罪でもない」と言われたのです。
何のため、神の栄光のためだというのです。

私たちも苦しみに遭った時、皆の罪を贖罪するために、
神の栄光を現すために、そしてこの苦しみを自分で消化すれば、
人の苦しみまで担当できるのだ、
「苦しみよ、もっと来い」と言わなくてはならない。

この勇気をもっていれば、苦しみは恐ろしくて、
すぐに逃げ出してしまうのです。
本当です。


すぐに解決しようとする者は、弱虫だ。

病気を治そうとする者も、病気が来たら、
「これを通じて神に栄光を返す道ではないか。
この時は兄弟の苦しみ、歴史的な苦しみを味わおう。
もっと病気にかかって神の苦しみを任せてください」
と言うものは生きる。

病気を治そうとする者は、病気に引っ掛かるのです。
病気そのものを無視しなければならないのです。


大先生から教えられた方法ですが、
深呼吸をし、いっぱいためておいて、
一度に全部はき出すのです。

そうすると、全身の細胞がよみがえるのです。
足の先まで温かくなる。

体の調子が何かおかしいと思ったなら、闘うしかない。
よし、来るなら来いと。


大先生は四十日間、冬の開拓に行っている学生たちに、
そこでは食物がないくらいなので、
もちろんオンドルをたく薪もなく、
学生たちは冷たいオンドルに背をつけて
寝るので凍ってしまうというのです。

それを知った先生は、「そういう時は頭を壁につけて、
よーしと押して寝れば汗が出るじゃないか」と勇気を与えられたのです。

寒い時になぜ黙っているのか、
黙っている者は凍って死のうとする者じゃないか。


その話を聞いてから、体の痛む時は、痛い箇所に力を入れてみるのです。

「きょうは調子が悪い。早くふとんに入って……」というのは、
「病気よ早く来て、私の中で成長してください」と言っているのと同じです。

苦痛が来たら、「もっと任せてください」と勇気を出して祈るのです。
これは神様から与えられたと思いなさい。
サタンからではない。

サタンも神様から許可を得てから与えるのです。
サタン自体が直接もってくるのではありません。


「病気になったから神様、どうか早く治してください。
貧乏だから、どうか神様、お金持ちにしてください」
というのは既成教会の祈りです。

何でも神様を僕のように、「あれやこれをしてください」
これは今までの信仰です。

悪いものは私たちに、死しても私たちに任せてください。
いいものは、あなたに返します。
こうする者は、死のうとしても死なない。
全く反対です。



神様とともにある祈りは
超アベル的思考の祈りですね。

『全て神様から与えられたもの』

そのような捉え方には、サタンの侵入する余地がない、

そのように感じます。



常に神様を先立てながら、物事を見つめていく。。。

そのためにも、主とともにある、深い祈りが大切ですね。







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