2017年05月19日

お母様ご来日エピソード、総会長夫妻が感動した母の愛!! [東京大会、4つの意義] 



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ニュースレター最新号に
お母様来日特集が掲載されています。

お母様が大会前に、VIPとの懇談会をされた内容、
また、李海玉サモニムの手術の件で、語られたみ言、
そして、宋龍天総会長が、お母様訪日の意味を語られたみ言、
三つを紹介します。


5月12日、日本に入国された真のお母様は、
旅の疲れを癒す間もなく、9日に日本の国会議員たちと
「日本―アメリカ国会議員 有職者懇談会」に参加した
世界平和国会議員連合のアメリカのVIPたちとの
晩餐会を開かれました。

晩餐会で、アメリカのVIPとの有職者懇談会に関する
報告を聞かれた真のお母様は、以下のように語られました。


「アメリカの誕生は清教徒たちの信仰で出発し、
まず初めに天の父母様のための教会を建て、
次に後代のための学校を建て、
その後に自分たちが住む家を建てました。
天の父母様をまず先立てたので、
200年という短い期間に
世界の政治経済のスーパーパワー国家となったのです」

「これからアメリカは、
メシヤとして来られた真の父母様の環境圏をつくり、
過去のローマと同じ立場で
責任を果たさなければなりません」



翌日は、真のお母様はほとんどの時間、
宋龍天・全国祝福家庭総連合会総会長を通して、
日本家庭連合の全国の活動状況について一つ一つ報告を受けられました。

真のお母様は、健康な姿で病院から退院した
李海玉総会長夫人をエレベーターで見るや否や、
慈愛に満ちた眼差しで

「大変苦労しましたね。
日本の使命のためにも、
いつも健康に気をつけなければなりませんよ」

と語られ、李海玉総会長夫人は
お母様の慈悲深いお姿に感動を禁じえませんでした。

以前、宋龍天総会長から李海玉総会長夫人の手術に関する
報告を受けられた際も、真のお母様は、

「すべて上手くいくので、
何の心配もないと夫人に伝えなさい」

と語られたといいます。

急変する摂理の中で昼夜を問わず公務を遂行される中でも、
真のお母様がすべての子女たちに細心の配慮をされるお姿に、
宋総会長夫妻は母の愛を体恤し、より一層真のお母様に
心配をかけない子女になるとの決意を新たにしました。


祝勝会での総会長が語られた、
今回の真のお母様の訪日の意味


1番目に今回の大会を通して、真のお母様は
『天宙平和の王』であられることを公にされました。

2番目に、真のお母様は、韓国と日本、そして
アメリカの摂理の真なる主人であられることを宣言され、

3番目に真のお母様は、救援摂理を終結させるのは、
天の独り子・独り娘である真の父母様であられることを宣布されました。

最後に、日本の母の日の真の主人であられることを
宣言された大会でした。


(一部省略・編集しています)


アメリカの国会議員は、実力者ばかりと聞いています。
お母様をお迎えした先日の東京大会にも来られていましたね。
アメリカが、共和党政権になったので、
ワシントンタイムズの影響力が大きくなったようです。。。

李海玉サモニムが手術されたのは、
ちょうど総会長が7日断食をしておられた時でした。
総会長ご夫妻が、日本の全てに責任を持たれて、
重荷を背負ってくださっているのだな、と感じます。

東京大会は、退院されてすぐということでしたが、
とてもお元気そうでよかったと思いましたし、
お母様からの励ましのみ言が何よりの薬だったと思います。

「天宙の平和の王」
「真なる主人」であられる
真の父母様と一つになって、
120日路程を邁進していきたいです。






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posted by ten1ko2 at 09:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月18日

集中して祈れない人に?! どうしたら神に通じるのか、主の祈りに近づく方法 《李ヨハネ先生》



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李ヨハネ先生のベスト・アンサー、
今回は珠玉のみ言です。
栞をはさんで、何度も読み返したい内容です。

信仰がない人も、あると思う人も、
よく祈れない人も、祈れる人にもお勧めします。

『意識が集中できず、祈りに起伏があるのですが』
に対する回答です。


祈りやすい時は、何か公的に尽くした基準で、祈祷ができるのです。
生活に対してふまじめな時は、祈祷ができないのです。
与え、尽くすという心がない人は、祈れないのです。

祈れる人は、悲しい人、苦労する人を自分のように思える人なのです。


祈祷は自分のことではしないのです。
絶対に私のために祈るのではなく、人のために祈るのです。

その人の苦労を自分が痛感したその時には、
それは一人の苦労だけれども、兄弟の苦痛となる。


それを考えれば、神も大先生もイエス様もみな、気の毒な方であったのです。

一人の問題が自分の問題のごとく思ったその種が、
神様の苦しみにまで繁殖するから祈りができるのです。

だから、涙はどういう時に出るかというと、
目の前の人を愛したのちに、大先生は私たちのような人間を担当して苦痛を受けたか、
神様はどれほど信じられない人間に対して摂理され、どれほど苦痛だろう。
そこまで神を慰めたくなるのです。


だから私は、「なんでもかんでも祈祷せよ」とは言わないのです。
何かにぶつかった時に、「ために」暮らしたいと思っても、
思うようにいかない時、祈祷せよというのです。
神様が憐れんでくださるからです。

人間関係と同じで、相対基準が立たないと、祈祷しづらいのです。
心を閉じていると話が通じないし、
神様の心のドアを開けられる実績をもたないといけません。


祈祷は報告なのです。

これからこう暮らしたいと願うのです。
自分で考えるよりも、神様がこう願うから、
このように生きたいと報告するのです。

いつも神に報告して委ねていくのです。
すると神様は、危ない時に主管してくれるのです。


聖書にもあるように、日曜日に礼拝に出るのが神のみ旨です。
その日に行くために、日曜日には火事や戦争が起こらないように、
祈祷しておけというのです。
前もって報告し、お願いしておくのです。
日曜日は聖日です。
その日はいつも頼んでおくのです。

私たちはみ旨を勝利しようとするのですから、常に頼んでおく。
するといつも守られるのです。

私は、一カ月に一度の地区長会議には、大先生にお会いしているのです。
その時に事故がないように、いつも祈っておく。
そういう時に、いつも参加できない人がいるのです。

あなた方も三年間の信仰を積んで、
一生に一度の祝福の日に出席できない人がいるのです。
悔しいことです。
事故が起こったり、反対する両親につかまったりしてです。


生活の中で、常に神に尋ねてみるのです。

そばに相談して教えられる人をおいていると、神は干渉しないのです。
一人ぼっちの所へ開拓に行った人は、いつも霊界が干渉します。

大先生と共にいる人は、全然霊界のことを知らないのです。
私たちの教会の食口より、他の教会の霊通者が、
大先生の価値を、天の秘密をもっと知っているのです。


兄弟を貴重に思って、苦痛を共に祈祷しなさい。
主体者と自分との関係をいつも分かって、祈祷するのです。

起きる時、顔を洗う時、服を着る時、自分がやると思ってはいけない。
観念的ではなく、神と共に暮らしているという生活に、
情的に生まれ変えさせなくてはいけません。


最初、私たちも訓練しました。
「何も知らない人々と、共に風呂に入ることを条件にしてください」

バスに乗る時も、席がない時、お父様の席を考えていると
パッと他の人が立って席があくとか、道を歩く時、
右側は大先生が歩いていると思うのです。

それが慣れたら神と共に暮らすという実感をもつのです。
家を出る時の三歩は必ず思い、御飯を食べる時の三回は必ず思い、
そのうちに基準が立てば、初めは私は神のものだと思い、
慣れれば自分が自分でないという実感をつかむのです。


先生が御自身のことを「先生」と言われるのは、
自分でないからです。

自己否定ということは、大事なことなのです。



「祈祷は報告なのです」
神様に通じている方は、
こういう世界がわかられるのかな、と思います。

昨日の夜に、この記事を作り、
家内に修正してもらい
朝に皆様に送っていますが、
「家を出る時の三歩は必ず思い、
御飯を食べる時の三回は必ず思い」
肝に銘じないといけないな・・・
そう思って休みました。

ところが、子どもの用事で朝、少し外に出た時に
早速忘れてしまいました。。。
反省しきりです。
四六時中意識できるように、
真の父母様を慕っていかないと、ですね。






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2017年05月17日

お母様、最高です!! 一番に支えていきます!! 感動の2世スピーチ、全文 《東京大会》



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お母様の東京大会、もう一つ紹介させてください。

私がエンターテイメントで感動した一つが、
青年のスピーチでした。

彼がUNITEとして、首都圏を回って演説したときなどに
会っていることもあり、原稿を送ってくれないか頼んでみたら、
すんなりと送ってくれました!

一部だけ紹介しようと思っていたのですが、
読み直してみて、改めて感動したし、
皆様も関心があると思いますので、
全文紹介させていただきます。


皆さん、初めまして!

今日ここにお集まりの皆さんの中には、
「家庭連合という団体では、いったいどういう若者を育てているのか?」
という興味や関心を抱いていらっしゃる人もいると思います。

今日ここに立った私は、その家庭連合のいわゆる二世です。


私はここ数年、ある人の背中に憧れ、追いつこうと頑張っています。
それは誰か? 
文鮮明先生です。

私は二世として生まれたので、先生のことは小さいときから知っていました。
しかし当時の私にとって先生は遠い存在でした。

神様については、自然を通して多くのことを教わり、親しみを持ちました。
生き物の美しさを通して、創造主である神様の偉大さを知りました。
そして生き物の死を通して、愛する子女を失った神様の悲しみを知りました。

しかし相変わらず、文先生は私にとって、
テレビの向こう側の人物のように、遠い存在でした。


今から一年と少し前、日本の安全保障の問題をめぐって
世間がたいへん騒がしくなっていました。

私はこの日本の為に何かできることはないかと、
友人といっしょにUNITEという遊説隊を結成しました。

しかし、何度か演説をするうちに、私は葛藤を覚えるようになりました。
スーツを着て駅前に立ち、「私たちは日本の未来の為に立ち上がりました」
と何度も訴えるのですが、マイクを握っていないときの私の生き様は、
国や世界を愛する者のそれである、と堂々と言えるのか?


そのように悩んでいた私は、文先生の大学生の頃の
エピソードに触れ、衝撃を受けました。

自分と同じ年の頃。
おなかがすいて、ご飯を前にするたびに、自分は国のため、
世界のために生きたのかと自問しながら、
ご飯を求める気持ちよりもっと多くの人を愛そうと決意していたというのです。

このとき、初めて文先生の大きな背中が私の前に見えて来ました。

街頭で演説する機会を持つたびに、
私は「今、先生がこの場に立っていたなら、何を語るだろうか」
ということを考えるようになりました。

そして同時に、自分の全てを誰かの為に捧げるこの人格の伝統を、
何としても絶やしてはならないと感じたのです。
その伝統を、私が受け継がなければならないと。


一つ、文先生のみ言を紹介しましょう。

「先生はどんなに苦労が絶えなくとも、
もっと苦労しようと思う。

もっと誤解され、もっと非難されようとも、
それに一言も文句を言わず全て受け、
たずさえて霊界へ行こう。

そしてひき続いて伝統を立てて行こう。」



多くの迫害と非難を受けながら、苦労されてきた文先生ご夫妻。
そのような先生が神様を思いながら、そして韓国や日本、
世界を思いながら流した涙は今、私たちの胸に確かに残っています。

私はこの涙の伝統を引き継ぎ、残していきたい。
そうして、今度は私たちの流した涙が、
未来の人々の胸に残っていくようにしたいのです。


今日、ここにいらっしゃった韓鶴子総裁は、
文先生の夢であったOne World Under Godの実現のため、
先頭に立って走っておられます。

私たちを無条件に愛し、信じてくださる韓総裁は、
私たちにこう言ってくださいます。
「チェゴヤ」と。
「あなたたちは歴史上最高です」と。

私はその韓鶴子総裁の思いに応え、一番にお支えし、
文先生の伝統を相続する者として、一心不乱に歩んでいきます!

皆さん、神を愛し、国を愛し世界を愛する伝統の担い手として、
共に歩んでいきましょう!



本当に素晴らしいスピーチです。
「本番では原稿と少し違っていましたけど」
そんな風に言っていましたが、
やはり、演説慣れしているのか、
本番の演説はとても素晴らしかったです。
全く問題なかったですよね。。。

私が一番感動したのが、
「お父様がご飯を前にして・・・」
という件(くだり)です。
彼がお父様と心情を近くした場面、
やはり、最前線で歩んでいるからこそ、
深い出会いがあったのだと思います。

彼がお父様を背後に携えながら、
お父様の代身となって演説している姿が、
頭に浮かんできます。

私たちも路傍演説を通して、
そのような『心情の伝統』を相続しつつ、
また、食事をいただくときにも、
お父様の思いを刻み込みながら、
国のため、世界のために生きる者になっていきたいです。

そして、何よりも一世として、
二世、後孫にしっかりとした霊的財産を残せるよう、
父母様の伝統を相続する者になりたい。。。
そのように思わされるのです。




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posted by ten1ko2 at 07:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする