2017年05月25日

講義を聞いて「いいお話でした」で終わるワケ?! こうして原理講論は執筆された3 《史吉子先生》



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お父様の原理講義、
説教は
“涙”です。



史吉子先生の証し、続編です。


こうして「原理原本」を基に
『原理講論』が執筆されていったわけですが、
当時においては、いろいろな問題も生じてきました。

例えば、「洗礼ヨハネが責任を果たせなかった」という内容は、
大変な反対を引き起こしました。
クリスチャンにとって、洗礼ヨハネという人は、
とても尊い聖者ですから、それも当然です。

また、イエス様の母親のマリヤのことも「原理原本」には、
すでにはっきりと書かれていました。
しかし、それらの内容は、当時はそのまま出すことができないので、
「これくらいだけ発表しなさい」ということで、選んで書かれたようです。


また当時は、「皆さん聞いてください。
六千年の神様の秘密が文鮮明先生によって解き明かされました」
という調子で、既成教会を意識して書かれたので、
そこには聖句がたくさん引用されていました。

こうして、まず第一段階としてまとめられたのが、『原理解説』です。
『原理解説』は、原理の一部を説明するものにすぎません。
そして当時は、原理講義と言わず、「原理宣布」と言っていました。

その10年後の1967年に、
「今度は、講師が読みながら講義することができるように、
もっと論理的に書くように」と言われて、何年間かを費やして、
今の『原理講論』がつくられました。
これは、“読みながら論ずる”ということです。


特に、お母様が来られて以降は、平和の時代となり、
愛と教育で世界を迎える時代になりました。

ですから、今さら暗記をする必要はないので、
お父様は、「原理の本を読みながら講義しなさい」
と強調されるようになったのです。


けれども、それまで劉協会長から伝統を受け継いだ
講師や牧会者たちには、一つの癖があるのです。
それは、相手を説き伏せるための“けんかのような講義”です。

当時は、今のように「静かに本を読みながら聞いてください」と言っても、
だれも聞いてくれないような時代です。

そのような中での原理講義は、例えていえば、
正規軍ではないゲリラ部隊のようなもので、
激しい戦いの中で口で言えるだけバババッと言って、講義していたのです。

その癖が、いまだに抜けない講師たちは、口さえ開けば、
あとは自分なりに講義ができるので、
今さら本を見ながらするのはめんどくさいらしく、
なかなかお父様の言われるとおりにやらないのです。

何回も何回もお父様からしかられながらも、
それでもやっぱりやらないのです。


原理講義において、『原理講論』をほったらかして、
自分の言いたいことを言い、たくさんの例え話や本で
読んだ知識を語るとどうなるでしょうか。
お父様の原理は薄められて、原理の味がしなくなってしまいます。


お父様の原理講義、お父様の説教は“涙”です。
金恵子さんのお母さんであり、平壌から侍ってこられた
金仁珠さんの証しを伺ってみると、そのことがよく分かります。

金仁珠さんが平壌で、お父様に初めてお会いしたとき、
お父様はまだ二十七歳(数え年)でいらっしゃいました。

お父様の歌われる讃美歌はとても静かでしたが、
やがてお父様の額からは汗がにじみ出て、しばらくすると、
涙が滝のように流れ、鼻水も垂れて、後で見てみると、
コップの水を半分くらいこぼしたように、床に水がたまっていたそうです。

それを見た金仁珠さんは、原理を聞く前に、
“ああ、このように必死になって讃美歌を歌われ、神様の心情、
イエス様の心情をこれほどまでに真剣に伝えてくれるこの方から、
私はもう離れることができない”と決心したというのです。


要するに、原理講義というものは、
その講師がどのような心情で行うのかによって、
聞く人の決心が決まるのです。

そのことを理解できないので、適当に例え話をしながら、
物知り屋みたいに、あれやこれやと本で読んだものを語っても、
聞く人は絶対に心霊的に復活しないのです。

「いいお話でした。面白かったですよ」とは言うけれども、
“この道をついていこう”という決心は、なかなかできないというのです。
ですからそのような講師は、
霊的生命に最後まで責任を持つことができないのです。



お父様は、原理を訓読するように、
昔から指示されていたんですね。。。

原理のみ言をしっかり受肉していれば、
今の分派の問題もないのだろうな、と思います。

原理講論は、本当に理路整然としていますが、
背後には、深い神様とお父様の涙があることを、
噛み締めながら、受肉していきたいです。

続きます。





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posted by ten1ko2 at 09:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 私と御父母様 ・信仰の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする