2017年06月28日

タイ大会勝利までの軌跡! 21年間の法廷闘争を経て、国家的基盤を成すまで!!



20170613_photoline_26.jpg


タイ・バンコク大会、
お母様のみ言にあったように、21年の長い蕩減期間を経ての
大勝利でした。

タイでは1991年以降、国家的な迫害が起こり、
真の父母様が入国できなくなる中、
3次にわたる21年の法廷闘争を展開したといいます。

タイで天一国特使として活躍しておられる
ドクター・レクが語られる、
今回の大会、そして裁判の証しです。


21年の蕩減路程を勝利して迎えた2012年、
タイの食口たちは真の父母様のご訪問を切に願いましたが、
その年、真のお父様が聖和されました。

それ以降、食口たちはお母様をお迎えするために、
神氏族メシヤの使命完遂を目標に掲げ、
精誠を尽くしてきたのです。  

そうして、その勝利者が12家庭にまでなりました。
すると、お父様が『12家庭が神氏族メシヤを完成すれば、
国家の復帰が成し得る』と語られたように、
タイ国民が歓迎し、政府も私たちを支持し始めたのです。

特に、私たちは青年教育の依頼を受け、
教育大臣の協力のもとで、純潔教育を
全国の学校に広げることができました。

今回、お母様を中心として、タイから
太平洋文明圏を開く貴い大会を勝利できました。
タイでは、国家次元を超えた救国救世の扉が開かれたと確信しています。


タイでは統一運動が、1991年から
国家的な次元でひどい迫害を受けるようになりました。
タイでの法廷闘争は真の父母様に多くの心配をおかけしました。

当時の軍政府が作った国家保安法によって、
深刻な疑いを受けた私と私の妻、
そして6人の若い指導者たちが21ヶ月間監獄暮らしをしました。

1992年5月、流血デモで軍事政府が沒落した後、
民主政府が樹立した1993年になって始めて、
私たちは仮釈放されました。

それ以後、私はタイ家庭連合会長として
統一運動を再び起こさなければなりませんでした。
それと共に法廷闘争を続けなければならず、
真の父母様と統一運動の名誉を守るための闘争は
21年が過ぎて、終りを告げました。

法廷闘争が始まってから12年が過ぎて
初めて地裁で勝利しましたが、
政府はそれを不服として控訴し、高裁でも争ってきました。

2年が経過し、控訴審でも私たちが勝利しましたが、
政府は権力を動員してその争いを最高裁判所まで持って行きました。
一審と二審ですべての疑いに理由がないとの判決が下り、
私たちが勝利したにもかかわらずです。

法的な観点から見れば、政府は上告の根拠を
捜すことが出来なかったにもかかわらず、
私たちに対して非常識的な行動を取ったのでした。

最高裁判所で私たちが勝利するのは
時間の問題のように見えました。
しかし最高裁判所は、何の約束もなしに、何もしなかったのです。

21年の蕩減期間が終わった2011年9月1日になって初めて、
サタンもこれ以上私たちを讒訴することができなかったようです。
サタンが降伏するしかなかったヤコブの路程のように、
私たちが完全に勝利することができました。

真の父母様にその法廷闘争の結末を
「勝利」でご報告差し上げることができ、
とても嬉しかったし、真のお父様が
喜ばれた姿を見ることが出来てとても幸せでした。

レク・タンビタムサクル タイ天一国特使



裁判の証しは、TPマガジンで
以前、掲載されているものをピックアップしました。

先日、真のお母様が
「21年間の蕩減」と語られた
その内容が理解できると思います。

蕩減は、勝利のための条件である、
そのことを感じるし、
また、迫害も無駄な歩みではないことを
改めて思わされます。

そして、本当にお父様が語られる如くに
神氏族メシヤの基台により、国が動くことを感じます。
まさに、『神氏族メシヤ勝利と救国救世基盤造成』なのです。




にほんブログ村

良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!
(なお、記事の冒頭の家庭連合のバナーもブログ村のものです
どちらからでも応援して頂けます)


※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、ブログの記事においては
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 08:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする