2017年07月18日

ウリヌン ハナダ!! 私たちの家庭と教会に、神様を呼び込むためには?!  《李ヨハネ先生》



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一つになれず
「不和の種」を作ってしまうと
サタンが簡単にやってきます。

それでは、神様を呼び込むためには──
これも簡単です。
一つになることです。
ウリヌンハナダですね。

李ヨハネ先生のみ言の続き
今日は、「私はだれに拠る私なのか」です。


私たちの思考方式は、自分が主張し、
それが通用しないと争うようになるのです。

自分の考えどおりにいかないといって争うのが家庭不和ではないですか?
多分それ以外には、争うことがないでしょう。
教会でも同様です。


例えば(教会)職員の会議で「野遊会(ピクニック)」という案が出たとしましょう。
ある人が「雪岳(ソラク)山に行こう」と言うと、一方では
「費用がたくさんかかるので近くの公園に行こう」と言います。
そのようになると、もはやすったもんだの争いが起こります。

「毎日行く公園に、何をしようとまた行くと言うのですか? 
行ったことのない所に行かなくては」
「だけど、ものすごく経費がたくさんかかるのに雪岳山に行くのですか」
「一年間お金をためてこの時に一度使うこともできないなら、
いったいいつ使うのか?」
「なぜ人の気も知らないで自分の主張ばかりするのですか?」

このように自己主張ばかりするので、争いが起こるしかないのです。
本当に雪岳山へ行きたい気持ちがあるなら、
雪岳山へ行こうという意見を提示し、
あとは相談したとおりに従おうという心でなければならないのです。

少しだけ譲ればいいことなのに、
「雪岳山へ行こう」と言って、
しきりに自分の意見ばかり固執するようになると、
教会に暗やみが宿るようになります。

教会でも家庭でも相談してこそ、結果が平和的になるのです。
このようにしろと一人で決定すると、よくありません。
ですから神の立場を離れることが罪だというのです。


もう一度、もとに帰ってみましょう。
罪とは何だといいましたか? 
神の立場を離れることが罪だといったでしょう。

ですから神を喜ばせようとするなら、
神の決裁を受けて生きなさいというのです。
神の立場を離れたということは、
神に決裁を受けなかったということです。

では神はどうすれば現れますか。
あなたと私が和睦すれば、神でしょう。
あなたと私が喜ぶなら、
神様という名詞をつけることができます。

神が別にいますか? 
主体と対象が一つになったその名前が神様なのです。
そのように称することができるのです。

神は私を離れても存在することができず、
あなたを離れても存在することができません。

カインとアベルが和睦すれば神が臨在し、
不和になればサタンが臨むので、
神とはすなわち、あなたと私が共に合わさった方です。

職員修練会での説教 
『み旨による私』より
1977年5月23日 中央修練所



韓国語では神様を「ハナニム」といいますね。
すなわち、「一なる方」とでもいいましょうか。
一つになることが神様なんだ、ということなのだと思います。

アベルもカインもまだ未完成です。
しかし、一つになることによって、
神様の導きがあるのです。

お互いに批判しあっても何の得にもならないし、
生産ではなく、後退してしまいます。。。
特に今は、家庭連合時代に入り、
疎通と共有が協調されています。

昔のアベル・カイン観ではなく、
兄弟姉妹、という意識、
ウリヌンハナダの精神をもって、
心情共同体であるという意識を強く持つことが
とても重要でしょう。

李ヨハネ先生は、1970年代にこのような
貴いみ言を語られているのですが、
今の私たちにとって、とても必要なみ言であると感じます。

ウリヌンハナダ、一つになること。
言うようには、簡単には実行はできませんが、
この言葉を合言葉にしていきたいと思うのです。

続きます。





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2017年07月16日

草創期、お父様は警察が怖くて逃げ回っていたのではない?! 《李ヨハネ先生》



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李ヨハネ先生のみ言
今日は、「草創期の先生と私」
とても貴重な証しです。


草創期に先生が憲兵や警察を避けて回っていた時は、
先生がおじけづいてそうされるのだと思いました。

しかし過ぎてみると、おじけづいたのではなく、み旨が重要だと思い、
神のためにそうされたのだということが分かりました。

そのように逃げては再び集まって礼拝すると、
「韓国がしがみついて、文先生を殺そうと押しかけてきても、
私が死にさえしなければ勝つのであり、
世界が先生ゆえに風を起こそうと、
私が死にさえしなければ私の前に負けるのだ」
このように語られたりしました。


凡一洞(ポミルドン)の谷にいながらも、大きな話ばかりされました。
将来は人々があまりにも押し寄せてくるため、
ジェット機に乗って逃げなければならないとか、
世界旅行をするのも、一文もなしにできるようになるとか、

「李牧師、あなたも一等で歩めば、
将来世界のどこにいるのか分からない一等の食口の家に行くようになり、
二等の食口になれば、世界の二等の食口の家に行くようになるのだ」

こういうみ言を語られながらも、憲兵隊が来れば、
なべや瀬戸物の器をみな投げ捨てて逃げていきます。

そのようにして帰ってみると、
警察が所帯道具をすっかり持っていってしまっているのです。
大邱でも何回も所帯道具をすべて失ってしまいました。
そういう時節に信じることができたでしょうか?


その時の私の願いとは何だったかというと、
まず家でも一軒買って、先生の部屋を一つ造り、
礼拝堂でも一つ造って看板を掛けることでした。

貸家に隠れて通い、礼拝を受けるので人々が一層疑いました。
しきりにうわさが立ちました。
平壌から来た文なにがしという青年が、教会でよく信じる
教会員ばかり引き抜いていくといううわさが立ちました。
事実、よく信じる人たちが啓示を受けて来るので、
引き抜いてくるみたいでした。

ですから、他の人たちが聞けば疑うのは当然です。
堂々と看板でも掛ければ、それほどでもなかったでしょう。
それで、私の願いは家を買って看板を掛けることでした。


そのようにしたのならいいのですが、
先生はお金ができるとよく使いはしても、
家を用意する考えはもたれませんでした。
私には理解できるはずがありませんでした。

ただ来る人ごとに服を買って着せてあげました。
男性が来ると、洋服を買って着せ、
女性が来ると高級なチマチョゴリを買って着せて、
恨を解いてあげられました。

その日に稼いできたお金を、その日に全部使ったりされるのですが、
私は横にいながらも意図が分かりませんでした。

過ぎてみると「ああ、あの期間には、
先生の財布に一文もあってはならなかったんだなあ」
ということが理解されたのですが、
その時は一言のみ言もなくそのようにされるので、
理解ができませんでした。


先生はその時既に神の悲しみを知っておられ、
「世界が自分を追い詰めるならそうしたらいい、
世界が追い詰めてきた時は、私が父の恨を解いてさしあげるのだ」
こういう覚悟で暮らしておられたので、逃げていって座っても、
泰然自若としてみ言を語られました。

私たちなら再び捕らえられるかもしれないとおじけづき、
心配になって精神が曇り、み言がよく語れなくなるでしょうけれど、
先生は前後左右をすべて知って出遭う事件なので、
毅然としておられました。


その時私には十分に理解できませんでしたが、
今は凡一洞で語られたことがたくさん成されていくのを見て、
本当に驚くべき方だなあと、いまさらのように感じられます。

私も今まで信じると言いつつも驚き、悩み、
心配になる時が多かったのですが、
過ぎてみると神の心配は考えもせず、
自分の心配が先立ったからだなあと悟るようになりました。

「み旨による私だ」
このように言いながらも、
自分の事情による役目をより多くしていたということです。

職員修練会での説教 
『み旨による私』より
1977年5月23日 中央修練所




草創期、お父様は引っ越しを
たくさんされていたことは聞いていましたが、
このような事情があったことは、初めて知りました。

食口たちには、事情を言うに言えなかったことは、
お父様としてはあまりにも歯がゆくて歯がゆくて、
本当に仕方がなかったと思います。。。

その頃の時代を思えば、
今はどれほどありがたいことでしょうか。。。
それにも関わらず、否定を受けると
すぐに動揺してしまう私たちなのではないでしょうか。。。

どんな時にも、「生きた神様がともにある・・・」
そのことを確信されながら歩まれた真のお父様でした。
今こそ私たちも強い気概をもって、
立ち上がらないといけないのだと思うのです。

続きます。




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*李ヨハネ先生のお名前について
李耀翰と書いて、イ・ヨハンというのが正式なお名前ですが、
日本では、李(リ)ヨハネ先生としてもお馴染みです。
ご父母様が、文鮮明(ムン ソンミョン) 韓鶴子(ハン ハクジャ)であるように
元老の方々のお名前についても、日本語読みではなく韓国語読みに変えるべきであるかとは思うのですが、
このブログでは、シリーズとなった《李ヨハネ先生のベスト・アンサー》で紹介するに当たり、
親しみを込めて李ヨハネ先生とお呼びしています。



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2017年07月15日

苦労のチャンピオンは誰か?! 自分の苦労が小さいと思える時  《李ヨハネ先生》



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李ヨハネ先生のみ言の続き、
「苦労の中でも神の心配をされる先生」(後編)です。


私たちが処している現実もそうです。
2、30年、いやわずか10年前に
私たちの世代が生活していたことと比較しても、
どれほど差がありますか?

最近入ってきた教会員と、3、4年前に入ってきた
教会員ともかなりの差がないでしょうか?

最近でも入教すれば大変だというけれど、
過去に比べれば何でもありません。
入教したといって、今も頭を剃られて追いかけられる人がいますか?

どこかへ行くといえば、お金をくれて
早く帰っておいでというのではありませんか?

ですから、先に歩んだ方々の話を聞くと、
私たちが出遭うことは問題でなくなります。
同様に今日の私たちの苦労は、
神の苦労に比べれば何でもありません。


イエス様は神のみ旨のために生きた方なので、
ご自身の十字架、すなわちご自身が苦しい、おなかが減った、
痛いということを問題視されませんでした。

なぜなら、神がより一層心を痛めておられるのを知っていたからです。
神の心配をよく知っていたからです。


先生も獄中生活をする時、
自分のためには祈祷しなかったといわれました。
獄中の苦痛の中でも神の前に祈祷されなかったそうです。

神が心を痛められることを知っていたので、
むしろ苦労するたびに、「だいじょうぶです」と言いながら、
人を愛するところに喜びを見いだし、仕事に全力を注がれました。

ですから獄中で賞をたくさんもらったとおっしゃいました。
そうしてこそ神を喜ばせることができるから……。
他の人より仕事の実績が劣ったなら、
かえって神が心を痛められるだろうと心配された方です。


困難な中で、難しくないと考える人が孝子です。

物心のつかない幼い子供は、
少し血が出ても死んでしまうと、大騒ぎするでしょう。
物心のつかない時は、少し痛くてもお母さんが
びっくりするのがおもしろくて、もっと大騒ぎします。


私たち信仰者が本当に神の心配や悲しみを知っているなら、
自分にぶつかることをもって、やたらと
「難しい、生きていけない、痛い、苦しい」と言うことはできません。

考えてみてください。
いくら難しいといってもイエス様ほど哀れですか?
先生ほどひどい目に遭ったでしょうか。
飼い葉おけから十字架まで行かれたイエス様ほどかわいそうですか?


先生に「伝道師がまだ冬の服も着ることができず、
あのように苦労しています」と申し上げると、

「何だって? 苦労?
エデンの園のアダムとエバが服を着ていたと思うのか?」
と言われて、ただ一言ですぐ終わらせました。

私たちの苦労を問題視されません。
先生は既に神の苦労や悲しみやすさまじい事情を知っているので、
今、私たちが出遭うことぐらいは、既に超越しておられます。
ですから、毅然とし、凛々としておられるのです。

職員修練会での説教 
『み旨による私』より
1977年5月23日 中央修練所



「かわいい子には旅をさせろ」と言いますが、
苦労が、人を成長させるのでしょう。

親とは、父母とは、苦労するものかもしれません。
人類の真の父母であり、救世主であるなば、
そして私たちを含む宇宙を作られた神様であるならば、
苦労の次元が違いすぎると感じます。

苦労のチャンピオンは、
天と真の父母様に間違いありません。
イエス様の生涯、十字架一つも
なかなか私の次元では、越えられるものではないと思うのです。

我が子のわがままや、伝道する相手の言動に
一喜一憂してしまったり、
そんな私たちの苦労など微々たるものだと感じてしまいます。

親の愛、真の愛を実践するということは
つまり、苦労しなければならないのかと、
今更ながらに思うのです。





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*李ヨハネ先生のお名前について
李耀翰と書いて、イ・ヨハンというのが正式なお名前ですが、
日本では、李(リ)ヨハネ先生としてもお馴染みです。
ご父母様が、文鮮明(ムン ソンミョン) 韓鶴子(ハン ハクジャ)であるように
元老の方々のお名前についても、日本語読みではなく韓国語読みに変えるべきであるかとは思うのですが、
このブログでは、シリーズとなった《李ヨハネ先生のベスト・アンサー》で紹介するに当たり、
親しみを込めて李ヨハネ先生とお呼びしています。



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