2017年07月06日

もうサタンには振り回されない!! 「愛されたい」から「愛したい」へ! 《阿部先生のweb説教》4



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先日紹介した阿部局長のみ言
Web説教「神様のみに仕える生活」の
結論部分です。

私たちは神様に仕える生活をするために、
意識転換・心情転換・血統転換、
三つの転換をしなければなりません。
今回は、心情転換をいかにするのか、
具体的なアドバイスです。。。


このように意識転換の土台の上に、
次は「心情転換、愛の転換」です。

心情とは「愛を通して喜ぼうとする情的衝動」であり、
「愛したい」という思いです。

具体的には、親を愛したいという「子女の心情」、
兄弟姉妹を愛したいという「兄弟姉妹の心情」、
夫または妻を愛したいという「夫婦の心情」、
子女を愛したいという「父母の心情」という四大心情があります。

人生とは各段階において「心情を育む訓練路程」ともいえます。


ここで問題が、人間始祖の堕落によって意識だけではなく愛の中にも
「自己中心の愛」という偽りの愛が入り込んだということです。

堕落によって、「愛したい」という心と共に
「愛されたい」という要求の心が同居する
矛盾した心情世界になってしまいました。

私たちの心の中には、「自己中心の愛」という偽りの愛と
「為に生きる愛」という真の愛が存在していることを
明確に自覚することが重要です。

堕落人間は、二人の自分という矛盾を抱えているように、
二つの愛という矛盾を抱えているということです。
偽りの愛と決別して、真の愛のみで生きることが
幸福な人生に導かれることになります。

「自己中心の愛から為に生きる愛」への転換です。
「要求の愛から与えて忘れる愛」への転換、
「契約的・条件的な愛から無償・無条件の愛」への転換をすることです。

さらには、「変わりやすい・有限の愛から
不変・永遠の愛」に転換することです。


このような転換をするためにも、良心との対話が重要です。
どのようにしたらよいかを良心は知っています。
尋ねてみましょう。

「相手を喜ばせるためにはどうしたらよいでしょうか?」
「相手を幸せにするためには、何をしたらよいでしょうか?」
「相手を愛するためには、何をしたらよいでしょうか?」
と、尋ねてみてください。
そうすれば、最善の道を教えてくれます。

人間関係は、相手に喜びをあげたら喜びが返ってくるし、
幸せをあげたら幸せが返ってきます。
愛をあげたら愛が返ってくるのです。

反対に怒りの思いをあげると怒りの思いが返ってきます。
要求の思いには要求の思いが返ってきます。

このような「やまびこ」のような法則、
「相対基準」という原理に基づいて考えれば、
常に相手に喜びと幸せと愛をあげる人になりましょう。
そうすれば、必ず返ってくるようになります。


どのような時も神様を中心として意識して、
神様を中心とした心情を持って生活するようにしましょう。

「み言」は、神様を動機にすれば幸せを育む糧になりますが、
サタンを中心として自己中心の動機でみ言を用いれば、
人を裁く物差しになったり、人に要求する道具にもなったりします。

様々な出来事に対して、すべて神様を中心として見つめるならば、
たとえ困難や苦難があっても
「愛を育むための試練・訓練」として受け止めることができます。


サタンばかりを気にして生きる人は、悪いことがあると
「試練」とは受け止められず「サタンの讒訴」や
「罰当たり」として受け止めるようになります。

必要以上にサタンを意識して恐れる人は
サタンに振り回されてしまいます。

どんな状況でも神様のみ意や願いを
いつも意識して生活するようにしましょう。
「神様のみに仕える人」は、
物事の良し悪しで一喜一憂するのではなく、
常に平安な心や平常心で持っていくようになります。

「振り返ったらすべて愛だった」という真の父母様の姿勢のように、
神様の愛を中心として生活する人となりましょう。

神様とサタンに仕える矛盾した生活と決別して、
神様のみに仕える生活をしていきましょう。



神様のみに仕える生活をなすためには、
誰もがもっている第2の神様、
すなわち良心を中心とした生活、
それを心がけることが何よりも重要です。

頭ではわかっていても、
心情に根付かせていけるように、
祈り求めながら歩んでいきたいと思います。
 




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