2017年08月16日

神様と和睦する?! 一番の要因は、「絶対信仰」!! 《李ヨハネ先生》和睦1



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苦痛、試練、悲しみ、十字架・・・

李ヨハネ先生の先回の講話では、
それは宝物であるといわれていましたが、
それでは、「苦痛」を越えていくには
どうしたらいいでしょうか?

新シリーズは、「苦痛と和睦」です。


「苦痛と和睦」という題目で、神と和睦するための人間の責任と、
また、私たち人間が互いに和睦できる方法について
み言を分かち合いたいと思います。

「和睦」というのは、私たちがよく知っているように、
互いに意志が通じ合って仲が良いということを意味します。

この和睦という言葉は原理ではあまり出てきませんが、
「復帰」という言葉が「人間と神との和睦」を意味するのです。

そして、神と和睦しようとすれば、
まず人間からサタンを分別しなければなりません。


こういう立場から見る時、復帰摂理は
神の怨讐だった人間がサタンを分立して
再び神と和睦しようとする、
本来の創造目的を成就するための摂理だといえるでしょう。

み言の前に祭物となり、宗教儀式や法の前に絶対的に従順に従い、
屈伏するようになさる神の摂理は、
例えば旧約時代の律法などは、結局それを通して兄弟の愛を築き、
その基盤の上で、神と人間のむつまじい父子の関係を回復なさろうとする
過程的な摂理だったのです。

イスラエル民族に契約の箱を与えたのも、
その契約の箱をエホバの神のように思って、
これを与えた神のみ意に、絶対的に従順屈伏することによって、
神の選民となり、神の祝福を受けることのできる、
むつまじい関係をもった立場に引き上げようとする意図があったと思います。

私たちの信仰路程も、普段の生活で和睦するための基盤を築き、
神との和睦という目的地に向かって歩む過程だといえるでしょう。

きょうのみ言の題目も「苦痛と和睦」ですが、聖句を見ると、
イエス様は神と人間との和睦のために十字架の祭物になられたとあります。

それなのに、人間が神と和睦できずにきた理由は何でしょうか。
一言でいって、絶対的な信仰がなかったからです。



神と和睦する原則


絶対的な信仰で、一つの中心をつかんで自分を否定すれば、
神と和睦することができますが、
そうできなければ失敗してしまいます。

ノアの家庭を見ると、息子たちが父であるノアを、
神が立てた人として絶対的に信じたなら、神の願いを成就し、
また、その家庭も破壊されなかったかもしれませんが、
息子たちに絶対的な信仰がなかったので失敗してしまいました。


ところが、アブラハムの妻サライからは、
絶対的な信仰について素晴らしい手本を見ることができます。

「エジプトにはいろうとして、そこに近づいたとき、
彼は妻サライに言った、
『わたしはあなたが美しい女であるのを知っています。
それでエジプトびとがあなたを見る時、
これは彼の妻であるといってわたしを殺し、
あなたを生かしておくでしょう。
どうかあなたは、わたしの妹だと言ってください。
そうすればわたしはあなたのおかげで無事であり、
わたしの命はあなたによって助かるでしょう』。」

(創世記一二・11〜13)

という聖句があります。

アブラハムは自分が死にそうなので、異国の王に嫁げというのです。
妻サライに、耐えられないようなことをさせたのです。

ところが彼の妻は耐えられないことにも従順に従いながら、
復帰摂理の一つの結び目を解いていったのです。

サライは、エジプトの王やアブラハムにはもちろん、
神にも恨んだり不平を言ったりせず、夫と神に対して
絶対的な信仰をもっていたので、
神は彼女を助けることができました。

怨讐の懐にいる自分を、神が再び訪ねてこられるように、
サライが自らの責任を果たしたので、
神が彼女を救うことができたということです。


こういう絶対的な信仰をもった信仰者になれるのでしょうか? 
これが、私たち皆の関心事です。

自分を否定して初めてそうなれるといえるでしょう。
自己否定ができなければ、絶対的な信仰が生じるはずがなく、
したがって、神と和睦することもできません。

神は、私たちを導くにおいて、
私たちの考えや立場にぴったり合うように導く方ではありません。
自分の計算や考えには合わないことも、
信じて従順に従ってこそうまくいくように導かれるので、
自分を否定しなければならないのです。

自己否定には本当に大きな苦痛が伴います。


ところで、自分を否定してこそ和睦できるという、こういう原則は、
人間相互間の生活にも同じように適用できます。

私たちの生活で互いに不和になる出来事をよく調べてみると、
自分自身を先に立てて計算し、勘定するので問題が生じるのです。

では、これをどうすべきでしょうか。
信仰感情が良くなければなりません。

信仰感情、平和の心情があふれるようになれば、
理論や計算に合わなくても、心情には合うものがあります。
打算的に考えれば明らかに不可能なことなのに、
情ではそうしようとするのです。

私たちの生活では、このように、自分自体の内でも
情と理性が全く食い違う時があります。

自体内でもそうなのに、ましてや他人との和睦は易しくないのです。
ですから、他人との和睦が、どこでも、いつでも問題視されてきました。



神様は目には見えません。
そういう意味では、厳密にいうと、
一人一人の神観は異なるものになってしまいます。

それで、神様はご自身の代身として、
人を立てて、背後の神様を見つめさせながら、
「絶対信仰」を願われてきたのだと思います。

「私は神様を信じているが、人は信じない。
だから組織にも入らない・・・」
そのように言っている方も実際おられますが、
それは違うと私は思います。

背後の神様を見つめないと、
サタン分立されません。
また、神様は喜ばれるはずはないでしょう。

神様は人を関与して摂理なさいます。
だから、やはり「絶対信仰」が重要なのだと思うのです。

不定期に続きます。






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posted by ten1ko2 at 11:53 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月15日

〜カナダからの2つの証し〜 26年前、お母様が後継者として立てられた詳細情報?!



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私は真のアダムを象徴する。
真のお母様は真のエバを象徴し…
カナダは、本来のエバ国家であった
イギリスの延長線上にいる




以前作ったブログから、カナダからの貴重な証しです。
真のご父母様は数えるほどしか、訪問されていないようですが、
初めての訪問の46年前、そして2回目はその20年後でした。

カナダと言えば、以前、エバ国日本と
お母様にまつわる特別な儀式が行われたことを、
記憶されている方もおられることでしょう。

それが、2回目の訪問でした。
その時の詳しい状況も含めてお伝えします。


真のお父様が初めてカナダに訪問されたのは、
1971年12月12日 のことでした。

じつは、1971年真のお父様は
宣教活動を始めるために、アメリカに向かわれました。
しかし米政府は当初、真のお父様の入国を許容しなかったのです。

当時10人にもならなかったカナダの食口が、
急に真のお父様がトロント空港に到着する予定という事実を知りました。
アメリカに入国のビザをもらうためだったわけです。

当時、カナダの食口は市内のやや小さい
長屋を借りて暮らしていました。

真の父母様はカナダに到着されるや否や
ホテルの予約を取り消すよう指示され、
食口たちと共に泊まられると言われました。

そこには家具がなく、ベッドさえなくて、
真の父母様は長屋の最上階の寝室の床に置かれていた
マットレスでお休みになられました。

生まれて初めて霊的指導者とお会いできたという事実に、
おろおろとどうしてよいかわからず、緊張した食口の心を
真のお父様は楽にしようとされました。

真のお父様は、年令や職業あるいは入教してからどの位経つかなど、
個人的な質問をされ、食口たちと自由に時間を過ごされました。

そして家族アルバムを見せてくださり、夜明けの2時まで
韓国の運命とアメリカに対する計画などについて、語ってくだいました。

翌朝、男性食口の中の誰かが、唯一あった浴室を使っていたため、
簡易キッチンでひげ剃りをしている途中、
鏡を通じて誰かを見かけました。

そのおかたは、肌着の身なりで洗顔するために
近付いて来られた真のお父様でした。
それほど当時の環境は親密な状況だったのです。

毎日夕方、真のお父様は多くの国に対する心配と
復帰摂理における真の父母様の役割、
そして神様の摂理について夜遅くまで語られました。

12月14日にはみ言を終えられ、


「祈祷を捧げる時、
自分自身のためではなく
他人のために祈りなさい。

そうすれば、その結果は
皆さんのものになるでしょう。

皆さんの家庭のために祈らずに、
神様が皆さんを犠牲にし、カナダを救い
世界を救われるように祈りなさい!」


とおっしゃいました。


1991年6月14日、2回目に訪問された時、
真の父母様は夜中の3時を少し過ぎ、自動車でカナダに到着されました。

そして午前7時頃、真の父母様が同行した日本食口たちと
特別な儀式を持たれました。

その時参加した日本食口の報告によると、
真のお父様は祈祷をされた後、
ご自身が霊界に逝かれてから、ご自身のメシヤ的な使命を
真のお母様がずっと引き継いでいくことを
誓うようにされたというのです。

そして真のお父様は日本食口たちを証人として立てた前で、
真のお母様に、日本語でそのようにするという誓いをさせられました。

真のお母様がみ言通りおっしゃると、
真のお父様はカナダでこのような儀式を行った重要性に対して、


「私は真のアダムを象徴する。

真のお母様は真のエバを象徴し、
4人の日本女性たちは
世界的なエバ国家である日本の
核心的な代表たちです。

カナダが本来のエバ国家であった
イギリスの延長線上にいるため、
このような儀式をここで行ったのだ。」



と説明してくださいました。

真のお父様は真のお母様の使命を中心として、
新時代の出発を現わす儀式が行われた後、
真のお母様と日本女性4人が一致団結するように
勇気を引き立ててくださいました。

『真の父母様のカナダ摂理と愛』
フランコ・ファミュラロUPF カナダ支部事務総長
TPマガジン2014年10月号より編集・抜粋



お父様がお母様に対して、
メシヤの使命をお母様が引き継ぐように
23年前に、そのことをすでに指示されていました。

カナダでこのような儀式があったということは、
その当時聞いた事はありましたが、
日本語でお母様が誓いを立てたなど、
詳細な様子は初めて知りました。

やはり、日本は母の国の使命があるので、
真の母であられるお母様が、その時
日本語で語られたのは、意味があると思います。

そんな過去の土台があって、
真のお母様はご自身でみ旨を成就する、
そのように20年も前から準備されていたのです。

お父様の命を受けて、最前線で歩まれる
真のお母様をお支えする「私」になっていきたいです。




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posted by ten1ko2 at 09:24 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月14日

(証し) 家庭連合に導かれる人たちの背後の功労は?!



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私たちは、自分の努力や信仰で
家庭連合に導かれたわけではないと思ってはいましたが、
とんでもなく清い血筋の持ち主のようです。

先日、興味深いお話を聞きました。
777双のお姉さんが、教区に来られ、
ご自身のことや、祝福のことなど、講話をしてくださいましたが、
その中の、あるエピソードを紹介します。


昔、伝道している時、
神道系の講師の方に会いました。
66歳の独身の方でした。

その方は、断食の修行をしながら、
また、毎日、水行をしておられる方でした。
神道の神主さんって、世襲制になっていて、
親から代々受け継ぐ方が多いですね。
ですから、とても清いものをもっておられます。

そういう人たちを教育する立場の先生と
縁を持つようになりました。
その先生がこんなことを言われたんです。

「私は本当に地団駄踏んで悔しい、と思うことがある。
私たちは清い血統を作ってきた、
そのことには自信があった。

ところが統一教会が現れて
皆さんと縁を持つようになり、
皆さんが廃品回収をする姿、
路傍演説をしている姿を見た時に、
「はっ」と思った。

私は顔の相とか骨相を今まで研究してきた。
それで、今まで、私たちが一番素晴らしいと思ってきたけれど、
あなたたち統一教会の青年たちの相は、
二代、三代でできた相じゃない。

四代、五代、六代で出来た相に見える。
そういう功労がある顔をしている。
いやぁ、どの子もそうなんだよなぁ。
こんな悔しいことがあるか。

だから、若い子たちが伝道しているように見えて、
背後に神様がともに伝道していることがよくわかる」

私はその話を聞いて、本当に嬉しく思いました。
ですから、皆さん、誇りを持ってください。



韓国の特別巡回師の先生も、私たちの母、祖母
3代の功労が必ずあると言われていましたが、
すでに何代もの先祖の功労があり、天から覚えられているようです。

そして、先祖の功労だけでは、
清い顔相、骨相になったわけではないですよね。
何よりも一番の功労、清い姿になったのは
やはり、真の父母様と出会ったこと、
真の父母様を通して祝福を受け、
み旨の最前線で訓練を受けたことなのではないでしょうか。

天の基準から見れば、まだまだ足りませんが、
さらに感謝して、歩んでいきたいと思います。







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posted by ten1ko2 at 07:52 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする