2017年12月07日

《真の父母が歴史に残したものとは?!》 北朝鮮で金日成主席と対談した日!!



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平壌へ入る私の心情は、
秋の空のように晴れていた




26年前の昨日、12月6日は、
真の御父母様が、北朝鮮の金日成主席と会談した
記念すべき日でした。

真のご父母様は、北韓を離れて40年11ヵ月ぶりに、北政府の公式招待により
1991年11月30日に、北韓の地を再び踏まれました。
真のお父様は親族と再会され、故郷を訪問されました。

そして、12月6日に、金日成主席との歴史的会談が成されたのです。


チョミョンチョルという、韓国前国会議員の話によると
真の父母様は、北朝鮮訪問を3回試みたといいます。

一回目は、金日成に拒絶され、
二回目は、勝共主義を下ろせば来てもいいと言われ、
三回目に、ドイツの統一とソ連の崩壊後、北が恐怖心を感じ
条件なしで、お父様の訪問を受け入れたそうです。



「平壌へ入る私の心情は、秋の空のように晴れていた。

私の恩讐の家に行くのではなく、
私の故郷、私の兄弟の家に行くのだと考えました。

お互いを許し、愛して、団結しよう!という
私の生涯の信条を持って北韓の地を踏みました。」



1991.12.7



お父様が会談の中で話された内容

1・離散家族対面を直ちにしなさい
2・核兵器を作ってはいけない
3・南北経済協力、文化交流を積極的にしましょう
4・首脳会談をしなさい



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この後に 行われた金大中大統領との首脳会談は、
この時のお父様の言葉の影響が大きいそうです(!)

閉ざされていた北朝鮮、金日成主席の心を解き、
誰もできなかった、大きな歴史的な業績を立ててくださった真のお父様。
兄弟の心情を復帰した金日成と、霊界で再会されたことでしょう。

皆様もご存知のように、真のお父様は、20代後半、
興南強制収容所に入り、多くの苦難を受けました。
その収容所を作ったのが、金日成本人です。

ですから恩讐の関係であったわけですが、
お父様はハワイの地において、深い祈りを捧げていく中で、
「金日成にも父母がいる。。。」
そのような心情に立って、金日成に会ったといいます。

そして、出会った瞬間、
「ヒョン(お兄さん)、会いたかったです」
この一言によって、金日成の心は解かれました。
独裁者というのは、ある意味では孤独な立場です。

その心をお父様ががっちりつかんだのでした。

なお、金日成主席と対談したのは、
なんと収容所のあった興南だったということです。


26年が経過し、いよいよ南北統一の時期を
うかがえるような状態になってきたといいますが、
すべては、この時から始まったことです。

中断なき前進をされる真の父母様に感謝し、
天と真の父母様の夢を共に叶えていくことを
喜びにしていきたいと思うのです。





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posted by ten1ko2 at 10:46 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする