2017年12月14日

統一教会の信仰を土台に、家庭時代の信仰へ バージョンアップ!! 《阿部局長》2



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「家庭連合」と名前も変わり、時代も変わりました。

統一教会時代と今の時代の、信仰の違いとは何でしょうか?

阿部局長のweb説教
「家庭理想の実現・《生活信仰》を通して神様の似姿に」
続きです。



「信仰と感謝」が問われる「信仰生活」

宗教時代における「信仰生活」と、
家庭時代における「生活信仰」との違いについて、
信仰姿勢という観点から具体的に見てみましょう。

前者に問われるのは、まず「信仰と感謝」です。

アダムとエバは神様のみ言(戒め)を不信して堕落しました。
その失敗を蕩減するため、信じ、感謝することを通して復帰の道を行くのです。

ですから、信じて精誠を尽くしてきたにもかかわらず、
途中で不信したり
感謝できない思いにとらわれたりするという試練が与えられるのです。


試練は、
 カイン・アベル問題、
 アダム・エバ問題、
 公金問題
等を通して起こりますが、
それは次の3つの「時」に起こりやすいです。


第1は「困難・苦難に直面した時」です。

そのような時は、悲観したり落胆したり、諦めの気持ちが湧くものです。
環境に対して不平や不満を言いたくなるかもしれません。

そういう時こそ、「甘受する心」で天の導きを信じましょう。


第2は「成功・恩恵がもたらされた時」です。

そのような時は、傲慢になったり有頂天になったりしがちです。
そこに生じた心の隙に、サタンが入りやすいのです。

そういう時こそ、「謙虚さ・向上心」が必要になります。
よく悔い改めて感謝し、さらに高い目標に向かって前進しましょう。


第3は「精誠・努力が実らない時」です。

精誠の限りを尽くして歩んでも、必ず良い結果が現れるとは限りません。
うまくいかないことに裁きや怒りの思いが生じることもあります。

そういう時こそ、「無私・不変の心」でみ旨に対する姿勢を変えず、
さらに精誠を捧げていきましょう。

このように信仰と感謝で試練を乗り越え、
神様の似姿になっていくのが「信仰生活」です。



愛の「動機と実践」が願われる「生活信仰」

次に、家庭時代の「生活信仰」についてです。

信仰の土台の上に心情を中心とした生活をしますが、
そのポイントは愛の「動機と実践」です。

神様の似姿になるためには、
神様を中心とした愛の動機をもたなければなりません。
日々の生活の中で、何をするか(行為)が大切ですが、
それとともに、私の中心に何を置き、どのような動機で行うかが重要なのです。


「奉仕」という行為を考えてみると、
「相手の幸せのため」という愛の動機をもって行う人もいれば、
「自分の利益や名声のため」という動機の人もいるでしょう。

外的には善なる行いであっても、
自己中心的な悪なる動機でなされたのであれば、
神様が働かれることはありません。


自分の心の動きに敏感になり、どのような動機で
行動しようとしているのか確認してみてください。
そして常に、絶対的な善の基準である神様を中心とした
愛の動機をもっていきましょう。

「神様だったらどのように判断されるのか。
神様だったらどのようにしてあげるのか…」と考えて歩む人に、
神様は必ず役事してくださいます。

それは、自分自身を第2の神様、神様の代身者として
意識しながら生きるということです。


み言を信じて実践してこそ霊人体が成長し、完成します。
さらに実践を継続して、生活化、習慣化、実体化することが大切です。

どのような環境においても真の愛を実践するという
「行動力」が必要ですが、諦めずに挑戦しましょう。

真の主人は、環境や人に責任転嫁をしたり、自己正当化をしたりしません。
あらゆることに対して主人意識をもち、
自己の責任分担を果たすという姿勢で臨んでください。

そして周囲を愛で感化していく人になりましょう。
そのような愛を実践することこそ「生活信仰」なのです。



過去の習慣性、過去の堕落性、
また、「古い信仰のくせ」というのでしょうか。
物事の捉え方を変えていくのは、
簡単なことではないかも知れません。

しかし、家庭連合時代に入り、
蕩減の時代が終わった今この時。
より、本然の私、本然の姿に
立ちかえりやすい時を迎えているような気がします。

それが生活信仰であり、
また、何よりも孝情の心情で歩む、ということだと思います。
毎日が反省であり、悔い改めの日々ですが、
前を向いていきたいと思うのです。





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posted by ten1ko2 at 09:13 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする