2017年12月19日

神とサタンの奪い合い! しかし、すべてが御意(みこころ)?! 《金元弼先生》2



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金元弼(ウォンピル)先生のみ言。
続編です。



神とサタンの奪い合い

神を中心とする善の霊、サタンを中心とする悪の霊と、
二つの存在があるわけです。

そういうわけで、神の人であるならば、
サタンは讒訴することができないけれど、
神の祭物ではなく、サタンのものであるという条件が成り立った場合には、
サタンは神の前に讒訴します。

サタンが「これはあなたのものではありません、私のものです」
と言った場合に、神はその人をサタンに渡さなければなりません。


人間はサタン側の最前に立っていますが、
その人がサタンに反対し、神を求める条件を立てるとするなら、
その時、神が「その人を出しなさい」と言うことができます。

そう言われれば、サタンはその人を出さなければなりません。
サタンと神と、お互いの中にそういう約束があるのです。

もともと人間は、堕落することを通して、
二人の主人ができたということです。
ですから、神側に帰るか、サタン側に帰るかは、人間次第なのです。


中間の立場に立っている人間に対して、
神は「これは私のものだ」と言うこともできないし、
またサタンも「自分のものだ」と主張することができないのです。

それで神とサタンとの間には、
人間が神に従うならば神のものにしよう、
サタンに従うならばサタンのものにしよう、という約束ができ上がったのです。


ですから、良いことが起こるにしても、悪いことが起こるにしても、
その背後にあるものは神であるということを忘れてはいけません。

私たちは良い結果だけを望み、
善なる神は良い結果のみをもたらすと考えます。
それで、善の反対の結果をもたらすのは神ではない、と考えるかもしれません。

私たちは、良い結果に対して、
その原因が神からのものだとして受け止められますが、
悪い結果に対しては、
それが神からのものだとは、なかなか受け取りにくいのです。


ところが、神は良い結果をもたらしたいけれど、
私たちは、ある蕩減の条件を払わなければならないのです。

神は、私たちが蕩減の条件を支払った後に
良い結果をもたらしたいと願われるから、
蕩減の内容を私たちに与えられるのです。

ですから良い結果にしても、悪い結果にしても、
その原因は神にあると考えなさいというのです。


先生が語られたように、神が私たちを
困難の道へと押し出されるのは、それを通して、
もっと大きな祝福を私たちに与えるためなのです。

ですから悪い結果に対しても、それを勝利することを通して、
神が私たちにもっと大きな祝福を与えるためである
ということを理解していただきたいのです。


思いがけなく良くない結果があるとしても、
背後にそれを勝利させようとする神の配慮があると考えると、
その結果に対して、私たちが不満をもつのではなく、
それをいかに勝利するかと考えていかなければなりません。

「背後にある神の心情」
1986年7月9日 
ドイツ・フランクフルト本部教会



すべてを神の配慮である、そのように受け止めれば、
サタンは逃げざるを得ないのではないか、と思います。

真の父母様が歩まれた路程もそうでした。
真の子女様を通じても、そんな試練がありました。

興進様の聖和の時もそうだったでしょう。
私たちの不足のゆえに、供え物にならない立場。。。

お父様とお母様を引き離すような、
そういう状況にも関わらず、
お父様はお母様に「泣いてはいけない」と語られ、
そして、「霊界の全権大使として、私が送る」

そのような立場で、霊界に旅立たれた興進様でした。
興進様の犠牲があったからこそ、清平の道が開かれることになったのでしょう。

与えられた環境、出来事に対して、
どのように受け止めるか。
特に願わない状況を「神の配慮」と見つめていくのは、
簡単な道ではないと思います。

しかし、むしろそのような状況を通過することが、
真の父母様に通じる道である。。。
そのように捉えていくことで、
より、神様・父母様と一つになっていくのだと思います。

続きます。





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posted by ten1ko2 at 08:53 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする