2017年12月22日

伝道の約束、ただ待つのではなく、神と同じように待つ?! 《金元弼先生》4



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金元弼(ウォンピル)先生のみ言、
最終回です。


    
人間を待つ神の心情

この復帰摂理の路程にあり、神はサタンの世界から、
神が願うチャンピオンをいろいろなかたちで、苦労を通して選んで、
摂理されたことがたくさんありました。

神は聖人、義人たちを選び、神の摂理を進めようとしました。
そのような中心人物がいて、神はその中心人物と約束をし、
その人が約束を果たすようにと助け、待ちます。

しかし、その人が神の願う方向へ進んでいけないとき、
神はその人を待つ期間があるのです。


親のような心持ちで、その中心人物がそのとおりに
成し遂げることができるように待ち望む、神の心情があるのです。

ところがその結果、中心人物が成し遂げて帰ってきたときの神の喜び、
それができなくて帰ってきたときの神の寂しさ、
そして寂しさはあるけれど、
また次の者を選び出して摂理を成就していこうとされる
神の心情というものを考えてみるのです。


(前述の、今日伝道で出会った人が、休暇後の1ヵ月先に
会うという約束をしたことについて)

ですからこの一カ月間、彼がサタンの誘惑に打ち勝って帰ってくることを願い、
そういう神の心情を考えながら条件を立てて待つということは、
ただ待つこととは次元が違います。

一カ月も待たないうちに彼の心が変わって、
一週間後に帰ってくるようなことが起こり得るということなのです。


それを先生の世界から受け取ってみましょう。

先生は開拓の初期のころ、一日三回、教会員のために祈られたのです。
ろう屋の中に入っておられても同じでした。

先生がろう屋に入っておられた時、教会員たちが
背を向けて離れていったことをご存じであるにもかかわらず、
ろう屋から出て再会するまで、その教会員たちのためにずっと祈られたのです。

そうした時、ある女性教会員に何が起こったかというならば、
その女性は朝、市場へ買物に向かったはずなのに、
市場ではなく先生の所に、
自分も知らない力に引かれてたどり着いていたというのです。


私たちは、伝道ばかりでなく、いろいろな生活の中に
神の心情、真の父母の心情を考えてみながら、
それに倣っていくようにすることが大切です。

ですから一カ月間、他のことをしながらも、それを中心にして試してみなさい。
その結果、どのようなことが起こるでしょうか。

ただ種を蒔いて、何もしないのではなく、心を尽くしてあげるのです。
種を蒔いて何もしなかったら、何か出てくると期待するものもないでしょう?
しかし心を尽くしてあげれば、一カ月後がとても待ち遠しくなります。


一人だけでなく、何人かの人と約束したなら、
その人が受け入れなかったとしても、次の人によって実る場合があるのです。
その人で実らなくとも、尽くしたものが他の人に実るということなのです。

ところが全部実らなかった場合、神がこたえてくれないと考えるかもしれませんが、
そうなった場合、予期しない、
もっと素晴らしい人が実ってくるということを忘れないでください。

「背後にある神の心情」
1986年7月9日 
ドイツ・フランクフルト本部教会



お父様って凄いですね。
自分に目を背けた人のためにも、
毎日3回も祈りを捧げたなんて。。

愛の投入をすることを通して、それが、
その人に帰ってこなかったとしても、
必ず別の形で実を実らせていくのだ。。。
そのことを感じます。

お父様は、神様がそうされたからこそ、
祈りを捧げ、愛の投入をしていかれました。
私たちも相続しなければ、と思うのです。





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posted by ten1ko2 at 08:29 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする