2018年02月24日

他の宗教と家庭連合の決定的違い?! 神と人を幸せに! 《金元弼先生》2





金元弼(ウォンピル)先生のみ言、
続編です。



悲しみの神を解放してあげよう

そして、私たちは今まで、神は何でももっておられ、
常に栄光の中にあるお方であると考えていました。

ところがみ旨を知った時点で、
私たちはそうでない神であるということに気がつきました。

今までのすべての人類は、私が救われるために、
そして私が天国に入るために神を訪ねました。

ところが今、私たちはそういう栄光の神ではなく、
人類のために悲しんでおられる、
苦労しておられる神であるということが分かったのです。


ですから、そういう神に私が救われるのではなく、
そういう神を栄光の神として救ってあげなければならない、
神を幸せな神に戻してあげなければならないという動機で、
私たちはこの道に入ったのです。

私たち自身の救いということよりも、神の救いを考えているのです。
私たちは既成教会や既成の宗教と根本的に違うということ、
つまり動機がこんなにも違うということを分かってほしいと思います。


もちろん私たちは足りない罪人であり、救われることのできない者です。

しかし、そういう罪人である私たちが、
神が苦しんでおられるということが分かった時点で、
そういう苦しみの神を解放してあげたいと熱心に尽くしたとするならば、
神はそういう私たちを地獄に連れていくでしょうか、
共にありたいと神がいらっしゃる所に私たちを導かれるでしょうか?

「いや、あなたは罪人だから、私はあなたと共にいたくない」
このように言われるでしょうか?

神の心を知って神を喜ばせようとするその罪人を見る時に、
神は抱いて、抱いて「あなたは永遠に私と共にいましょう」
と、迎えてくださるでしょう。


ところが神はいつも幸せなお方と考えて、
「私は救われたい」「私は天国に行きたい」と、
私のために苦しまれている神の事情を考えないで、
自分が救われて天国に行くために熱心に働いたとしましょう。

神はそういう人に対して、どのような心になるでしょうか。

かえって
「自分は地獄に行ってもかまわないです。
でも私は神様を本当に喜ばせたい」と言って、
神を地獄の世界から天国世界に返してあげたいという心で尽くすならば、
その人を神はもっと愛するようになるでしょう。


私たちは入信した時に、そのような神の心情、
そのような原理、天の原則を分かったので、
だれが何と言ってもこの道を歩んでいるのです。

もし、私たちがこの動機を忘れるとするならば、
いろいろ難しいことに出合うでしょう。

ですから、私たちが日常生活の中でいろいろ難しいことにぶつかるならば、
常に自分が今、どういう立場に立っているかを考えてみることにしましょう。
「私の幸せはだれがもっているのか」ということを常に考えてみましょう。
まずその人に幸せを与えることです。

幸せについて  
1986年11月30日 
ドイツ・フランクフルト本部教会



今日のみ言は、真の父母様の歩みの神髄であり、
元弼先生の深い祈りのような、
そんな貴いみ言だと感じます。

恩恵を受けたいから、この道にいるのではなく、
親なる神様を慰めたいから、この道にいるのである。。。
だから、御父母様はどんな苦難の道でも
決して離れることはできなかったのだ。。。
そのことを改めて感じさせられます。

私たちがこの道を歩むことが困難な時、
苦しい時であればあるほど、
このような原点に立ち返り、
再度出発するようにならないといけないな、
そのことを感じさせられます。

不定期に続きます。





にほんブログ村

良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!
(なお、記事の冒頭の家庭連合のバナーもブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


〜このブログの文字が小さいというご指摘について〜

いつも当ブログを愛読して頂き、ありがとうございます。
ごもっともなご意見なので、
即変更していきたいところですが
このsesaaブログのサービスでは、
通常のサイズと拡大と、縮小の
3タイプのサイズしかありません。

大きくするとなると拡大ですが、
pc用の画面で、1行24文字までになり
一つ一つの記事がとても長くなってしまいます。
いずれ大きくすることも検討したいと思いますが、
今しばらくは、これまでのサイズのままにしていきたいと
思いますので、小さくて不自由をおかけしますが、
皆様の方で、表示を拡大するなど
工夫して頂けるとありがたいです。

*Windowsの場合
Windowsマークと;(+のキー)で簡単にズームになります
ダイヤグラムが出るので、そこで
2倍にしたり戻したりすることができます



※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、ブログの記事においては
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


posted by ten1ko2 at 10:17 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする