2018年03月19日

リーダー人事! その時どのように対するか?!  《金元弼先生》5



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金元弼(ウォンピル)先生のみ言。
今回のシリーズの最終回です。



リーダーとメンバーの在り方

私があるセンターのリーダーだとしましょう。
その場合、私はメンバーのためにいろいろ尽くしていくことでしょう。
ところがそこに、素晴らしい人が私の代わりに来たとしましょう。
するとメンバーたちは、その新しいリーダーを慕うようになります。

そうなれば、私の心は寂しくなります。
それは、その新しいリーダーよりも、
私にもっと近くなってほしいという心があるからです。
このような場合、私はどうあるべきでしょうか。

寂しく感じるのは、私が新しいリーダー以上に
メンバーに対して尽くせなかったからです。
もし、より高い愛でメンバーに尽くしたとするなら、
そのようなことは感じないのです。

もしそのような寂しい思いがあれば、他の責任分担において、
寂しい思いが起きないくらいに尽くすことです。
皆さんはリーダーですので、いつも移動しなければならないので、
よく覚えておいてください。


では、そのメンバーの立場から考えてみましょう。

どのように考えなければならないのかといえば、
前のリーダーより、より良くしてくれるリーダーに会った時には、
「どうして私たちは、前のリーダーに対してより良く尽くせなかったのだろうか。
足りなかった分、今のリーダーにより尽くしていこう」
と思わなければならないのです。

ある時には、新しいリーダーが劣る場合があるでしょう。
そういうときにも同じく
「前のリーダーの時に本当によく尽くせず足りなかったので、
今度の新しいリーダーに対して尽くしていかなければならない」
と、このように考えるのです。



永遠なる神の約束

アダムとエバは、神との約束を破りました。
しかし、神は愛なる神であるがゆえにその約束も永遠です。
ですから神は、その約束を永遠に守っていかれるのです。

「完全なるプラスがあれば、マイナスは自動的に生まれる」
というみ言のとおり、人間が滅びずに、この世に残っているということは、
神がその約束を守っておられるからです。

ですから、最初のアダムは亡くなりましたが、
神がその約束を守るがゆえに、第二アダム、
第三アダムを立てることができるのです。

第一、第二、第三のアダムはその外形は違いますが、
神の最初の体としての、人類の先祖としてのアダム
ということには変わりがありません。

一、二、三は一つなのです。
ですから、一のことは二に関係がないのではなく、
二のことは一にも三にも関係があるのです。
一が失敗しても二が失敗しても、三が勝利することにより、
全部勝利することができるのです。


ですから私たちリーダーにおいても、ある地域復帰のために、
最初の開拓者、二番目の人、三番目の人がおり、
現在では二十代目、三十代目になっているだろうと思います。

しかし、この人たちはその地域復帰という観点から見ると、同一人物になるのです。
名前は違いますが、同じ人です。
ですから最初の人のものを、次の人がすべて引き継ぐのです。
良きものも、良くないものもすべてです。

それは前の人のものだから私とは関係ないとするならば、
「蘇生がなく、長成がなく、完成だけがある」と言うのと同じことなのです。
蘇生なき長成はなく、長成なき完成もないのですから、
この三段階というのは一つなのです。

このように、先生が私たちに示してくださった内容をよく理解して、
訓練の場を通して、永遠に私たちを、神の前で、人類の前で誇りたいという、
真の父母の心情を裏切らないようにしていきましょう。

私たちを誇りたい真の父母
1987年5月4日 
ドイツ・カンベルグ修練所(欧州リーダー会議)



私の勝利が過去の失敗を埋め合わせ、
全ての勝利に繋がっていく。。。
本当に素晴らしいことです。

真の父母様が勝利されることで、
アダムの失敗、イエス様の失敗があったけれど、
「いろいろとあったけれど、あなたの勝利で
全てが解放された・・・」
神様ご自身が解放されたように、
真の父母様の勝利は偉大なものです。

私たちも神様から
「過去の先祖、あるいは過去の地域、
いろいろとあったけれど、あなたの勝利で
全てが解かれた。。。」
そのように言っていただけるよう、
精誠を尽くして歩んでいきたいと思います。




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2018年03月18日

誰よりも愛する! 離れた人を愛し続けたらどうなるか?! 《金元弼先生》4



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金元弼(ウォンピル)先生のみ言、
続編です。



不変なる愛の心

では、真の父母が私たちを誇る内容とは何でしょうか。
それは、サタンに勝利し、愛において勝利することです。
すべては、誇ることのできる神の子女として、
私たちを立たせるための訓練の過程なのです。

人々は、試練が来たとき、神から直接啓示されれば
それを訓練としてとらえることができるのですが、
そうでなければ訓練と関係のないものだとして、
しばしば乗り越えることができなくなります。

しかし、現状をよく理解すれば、乗り越えることができ、
勝利することができるのです。

「家庭は愛の訓練場」とのみ言がありますが、
愛は自分の相対者(妻・夫)から来るのではなく、
相対者を通して来るのです。

ですから、ただの相対者と考えれば、
その愛の訓練を勝利することはできません。

教会においても、難しいメンバーがいても、
その人を通して、神が私を訓練していることを忘れてはいけません。
世の中の人々が私たちを受け入れてくれなくても、
それを通して神が私たちを訓練していると思わなければならないのです。


先生も、神の前で「すべてをささげて尽くします」
と言ったたくさんの人に出会われました。
そして先生はその人々に、本当に心を尽くされたのです。

そのような人たちが、いろいろなことで信仰が弱くなり、
神を裏切り、離れていったことがありました。
先生はそれでも、心を弱くされませんでした。

「私はもっと尽くさなければならなかった」と考えられ、
依然として、その人に対する愛の心を失われなかったのです。

そしてまた、神の前で約束したその約束を、先生は守り続けていかれ、
新しい人が来たときに、前以上の心をもって尽くしていかれるのです。

そうした時に、離れた人以上にいい人が、代わりに入ってきたのです。
離れた人も、先生が不変なる愛の心をもって約束を守っていかれるために、
世の中をさまよったあとに、再び教会に帰ってきたのです。

すべての存在は、自分を最も愛する人に所有されたいと願うように造られています。
ですから離れた人でも、自分をだれよりも愛する人に主管されたい
という本性があるがゆえに、より高い愛を求めて、帰ってくるのです。


以前にも話したことがありますが、
聖歌の中には、教会を離れた人が作った歌があります。
しかし先生はその歌を、作った人よりももっと愛して歌っておられます。

そうした場合、その歌に、
「あなたはだれに主人になってほしいですか」と聞くならば、
その歌はどう答えるでしょうか。
「作ってくれた人よりも、より愛してくれる方を主人にしたい」と言うのです。

ですから、より高い愛で、より尽くしていく人には、すべてが、
その主管、指導、愛を受けたいということになるのです。

そういうことを考えると、今私たちが、この場所にいるということも、
その背後の神、そして真の父母の、そのような愛が
あったゆえであるということを忘れてはいけないのです。

私たちを誇りたい真の父母
1987年5月4日 
ドイツ・カンベルグ修練所(欧州リーダー会議)



「愛は自分の相対者から来るのではなく、相対者を通して来る」
意味がわかりにくいですが、
み言をもう少し読んでみると、
妻や夫の背後の、神様の愛を言っているのだと思います。

妻や夫を通して、神様の真の愛が来るのであり、
逆に妻や夫を愛さずに、直接妻や夫から得ようとしても
真の愛は得られないということでしょうか。

お父様は、出会った人たちを直接見るのではなく、
その背後の神様を見ていかれました。

神様を愛するがゆえに、
その人たちから裏切られたとしても、
そのことに対してあれこれ思うのではなく、
その人が精誠を捧げたことを貴重視していかれました。

私たちは目の前のこと、現実的なことに
すぐに心が奪われてしまいがちですが、
お父様のように、背後の神様を見つめる、
そのような訓練を日々していかないといけないな、
そのように思わされるのです。。。





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2018年03月17日

3.11から7年・・御聖誕日敬礼式の3つの変化・・独り娘! 《徳野会長》



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真のお父様は、生前、
「独り子・独り娘」について
語ったことがないのでしょうか?

──「独り子」は1500回、
「独り娘」は180回も語られています!!



先週の日曜日はちょうど3月11日でしたので、
うちの教会でも礼拝の中で黙とうする時間を持ちました。

徳野会長の3月度のビデオメッセージにも
震災に関するお話がありました。
そして、ご聖誕日の祭壇や宝座(椅子)・・・
また「独り娘」について語られた
前半の部分を中心に、紹介します。



東日本大震災の犠牲者を追悼


本論に入る前に、発生から7年たった東日本大震災(2011年3/11)に関してです。
7周年の同日(3/11)、仙台家庭教会で犠牲者を追悼する「第2地区特別礼拝」が行われました。

犠牲者数は現時点で死者1万5895人、行方不明者2539人、
震災関連死(避難生活による体調悪化など)3647人、合計2万2081人です。
祝福家庭は15人、未祝福の食口が2人、食口の家族や親戚は8人が犠牲になりました。

真の父母様は震災から9日後(2011年3/20)、
被災者支援のために義援金1億4000万円を日本赤十字社に寄贈するとともに、
米国・ラスベガスの天和宮(公館)を訪ねてきた
東北の食口たちを深く愛し、激励してくださいました。

 
お父様は、その時
「ご主人を津波で亡くされた人はいるか?」と聞かれ
その岩手教会の婦人に向けて
次のように慰労し激励してくださったといいます。


津波に負けない強い信仰をもちなさい。
そして乗り越えなさい。
娘や後孫のことは心配しなくていい。
パイロットや大統領が生まれてくるや。
 


その時、娘さん夫婦には子供がなく
不妊治療をするも難しいと言われていたのですが、
その後、かわいいお孫さんが授かったということです。

犠牲者への追悼の思いと、真の父母様への感謝の思いを、
改めて天にお捧げしましょう。(黙祷)

☆ 

聖誕記念敬拝式の形式変更とその理由

今回は、真の父母様のご聖誕記念式典(2/21)、
基元節5周年記念式(2/28)などで印象に残った点を、5つの柱でお伝えします。

第1の柱は、「聖誕記念敬拝式」の形式が変更されたことです。

変更の1点目、従来は2つだった真の父母様の宝座(椅子)が1つになりました。

これは、天の父母様(神様)と真のお父様、真のお母様の、
三位一体が、見事に一つの椅子という形で、
合体和合した完全に一心同体となった
三位一体が完全に成されたことを象徴します。

 
2点目はお供えの仕方です。

以前は串を使って果物を高く積んでいましたが、
今回は天宙の和合統一を象徴するように一つの山のように供えられていました。

私はお父様のご存命中に少なくとも3度、この形式の供え物を拝見しました。
お父様ご自身が、お供えの仕方が違う理由について次のように説明されました。


「カイン・アベルの対立時代が終わり、
真の父母を中心とした和合統一の時代に入った」



そして、今後は一体化、調和が大切だと強調されたのです。

 
独り子というという言葉は1956年4月8日以来、
お父様が地上におられた時に1500回語られています。

「独り娘」という表現も、ご聖婚の半年前、1959年10月11日から
180回、お父様ご自身が「独り娘」という表現を使ってみ言を語り、
お母様の位置づけ、摂理的な価値をすでに説明しておられます。

真実はここにあります。
事実に勝る「真実」はありません。

 
3点目は敬拝です。

世界7圏域ごとに行われ、1つの圏域につき13家庭が代表してお捧げしました。
13組のうち8組は現役の責任者たちで、
残り5組は神氏族メシヤ430双の勝利家庭です。

この変更には、お父様が最後の祈祷(2012年8/13)で切実に願われた
「祝福家庭の神氏族メシヤ勝利」に対する、
お母様の強い決意が込められています。

全ての祝福家庭が430双の氏族メシヤを勝利しなさい
これがすべての祝福家庭の地上における普遍的な使命であり責任である

最近ある会議の中で、お母様はこのように語れらたといいます。


あなたたちも430双氏族メシヤを勝利しなさい。
そうでなければ、
あなたたちを共に天国に連れていくことができない。



また、真の子女様たちに対しても
「あなたたちも430家庭を勝利しなさい」
このようにお母様は語られたといいます。

「ご聖誕および基元節5周年の総括」
U-ONETVより
参考:中和新聞
編集・文責:ten1ko2


真実を知り、全てを知っている私たちが、
実践をすることが問われています。

イエス様はこう言われました。
「あなたがたに言うが、もしこの人たちが黙れば、
石が叫ぶであろう」と。
今、私たちに願われていることだと思います。

お母様と一つになって、
お母様を証ししていけるように、
まい進していきたい、と思うのです。




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