2018年03月14日

(宣教の証し) ベナンにも子供ができた! 「一緒にいたい」 霊の子たちと涙の絆 



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『公職者短期海外宣教プログラム』
以前、記事を書いたことがありましたが、
6名の方が3ヵ国に行かれました。

そのうちの一人の方の証しを紹介します。
とても、感動的な証しです、どうぞ。


私は以前から宣教に行きたいという思いはありましたが、
年齢的に難しいと思っていましたので、
いつも天一国青年宣教師を羨ましく思いながら、送り出す立場にいました。

そのような状況の中でのお話でしたので、
教区長からお話を頂いたときには、即答で承諾させて頂きました。


研修会で任地国がベナンに決まりましたが、
その時の徳野英治会長によるお父様のみ言が非常に印象的でした。

お父様はアフリカ現地での修練会で、アフリカの食口に対して、
「肌の色が黒いことに劣等感を持っているでしょう。
その悲しみを国際祝福によって解放してあげる。
黒人が白人と祝福を受けることにより君たちの子供達の色は変わるんだ」と。

それを聞いたアフリカの食口は本当に喜んだと聞きました。
そのみ言を聞きながら本当に真の父母様はよく知っておられるし、
心配しておられるし、本当に全ての人を愛する人類の親だと感じました。

宣教師は真の父母様の代身として宣教地に行くので、
私はその真の父母様の心情を携えて行くんだという気持ちで出発しました。


最初の2週間は語学の学習など準備期間でした。
その後3週目から伝道活動を行いました。
3ヶ月という短い期間が私達の宣教期間でしたので、
伝道に対する準備も最低限の基本トークを覚えたくらいで実践に移っていきました。

伝道はカープの紹介ということで最初にミニコズリという紹介セミナーに動員し、
そのミニコズリに参加したメンバーの中から
主を証す7日修練会に参加させるという流れでした。


最初は言葉も分かりませんし、勢いだけで伝道をしていました。
とにかく前から来る人には話しかけました。

ベナン人は人が良いので基本的には声を掛ける人は全員止まってくれましたし、
話も最後まで聞いてくれました。
名前や電話番号も皆書いてくれました。

しかし、ベナン人は人柄から書いてくれると言う点もありますが、
断れないからなのか書いてはくれるのですが、来ない人が大半でした。

結局20人ほどのコンタクトは取れても、
ミニコズリの当日に来てくれる人は2、3割でした。
時には全く来ない日もありました。

ですから最終の主証の7日修には数人しか来ないという実状もあります。
伝道する側の私も最初の1ヶ月は相手の名前も
当然初めて聞く名前なのでなかなか覚えられず、
また、顔も皆一緒に見えて苦労しました。

ですから伝道の時はいつも写メを一緒に撮り、
ミニコズリに参加出来るように常に写真を見て意識をしていました。


そのような伝道状況の中で、私は最初の7日修練会に
4人のゲストが参加することになりました。

ミニコズリに「行く行く!」と行って来ない人が多かったので、
7日修練会にも実際に参加してくれるかは、来てみないと分からない状況でした。

そのような心情の中で修練会前日の夜に集まってくれたゲストを見て、
私は来てくれたことに対する感謝の思いで本当に嬉しかったです。
ゲストからするならば何故そんなに喜ぶのかという感じでした。

天一国青年宣教師からは修練会に参加しても途中で帰る人がいる、と聞いていたので、
私はその期間、毎日本当に緊張した日々を過ごしました。
(実際に私のゲスト以外の参加者の2人が、2日目からいなくなりました。)

毎日次の週の伝道もしながらゲストに対して祈る日々でした。
日々の精誠がゲストを活かす条件になると思い歩みました。


修練会はいつもはパオの修練所という教会とは違う場所で行うのですが、
導かれてその回は、私達の本部教会で修練会が行われ、
寝食を共にすることが出来ました。

ですから、朝を迎えてゲストの状況を見るのが楽しみですし、
ゲストの反応が凄く気になりました。

休憩時間には毎回反応を見に行きました。
その度にゲストが「セボン」とか「トレボン」(良いとか凄く良いと言う意味)
と言ってくれるのが本当に嬉しかったです。

いつどのように証しをしてくれたかは定かではないのですが、
紹介者が霊の親だということを受け入れてくれ、
4日目くらいからは心情的にも近くなりました。


6日目の夜には皆が私の所に集まり、この修練会が終わって欲しくないと、
一緒にいたいと泣いてきました。

私は彼らの言っていることは理解できたのですが、
フランス語で表現することが出来ずに、
自分の心情を伝えることが出来ませんでした。
彼らは涙を流していましたが、私はそうではありませんでした。

その日の夜、私はそのことを振り返りながら、もどかしい思いをもって祈祷しました。
最初は自分が表現できなかった悔しさから祈っていたのですが、
祈っているうちに神様の心情を感じました。

もどかしい思いを持ちながら人類を見つめてきた無念なる神様であり、
孤独な立場だったのだと感じました。


その心情に触れた次の日の修了式の時に、私はその心情を翻訳して、
修了式の時にベナンのスタッフに代読してもらいました。
皆に思いが通じて皆で抱き合って泣きました。
本当に心情が通じ合い新しい命が誕生した瞬間だと感じました。

そして話をしながら知ったのですが、
今回の霊の子はみんな実の父親がいないということでした。
病気で亡くしたり、不明になったり、家庭の何らかの理由でいないと知りました。

だから私がパパだと言ってきました。
私はそのことを知り、涙が止まりませんでした。

天の父母様が本当に私に子女を授けてくれたのだと感じました。
そして私は天の父母様と真の父母様の代身として
霊の子達を愛して育てなければならないと感じました。


最終的にはこの期間に13人の霊の子女と2人の霊の孫を授かりました。

私は妻が韓国人で日韓家庭です。
子供は日本と韓国の血を受け継ぎ、
霊の子には日本人だけでなくベナンの子も出来ました。

この宣教を通して、本当に人類一家族を実現するきっかけを与えられたと思います。
そしてご父母様の一端を知った者として
心情を解放して差し上げたいと思いました。

今後は私自身がフランス語を霊の子の為に勉強するのは当然ですが、
ご父母様の心情を伝えるためにも多くの人が韓国語を学習し、
習得する環境を作りたいと思います。

私が宣教を通して感じた言語の壁は、父母の苦しみの心情そのものでした。
ご父母様も本当にそこに苦しみを感じていらっしゃると思います。
皆が父母様の心情を直接感じられるようになれば、
摂理だけでなくもっと様々なものが進展するように感じます。

本当にこの期間を準備してくださった天の父母様と真の父母様に感謝します。
そして具体的に進めて下さった日本本部に感謝致します。
有り難うございました。



霊の子には、みんなお父さんがいなかったので、
「パパ」と呼んでくれた。。。
霊の子たちもお父さんができてどれほど嬉しかったかしれないし、
また、宣教師の方も、本当に感動的だったことでしょう。。。

神様、真の父母様の心情を通過することのできる道、
やはり、伝道することが最大の近道であると言えるでしょう。

今、天一国宣教師として、
世界中で歩んでいる兄弟姉妹たちがいます。
多くの心情を復帰していることでしょう。

また、それは、1800双を始め、
多くの先輩方が、何の基盤もない中で、
海外宣教の道を切り開いたこと、
その土台があってのことだと思います。

そして、日本に残っている私たちも、
神氏族メシヤ活動を通して、
同じような心情を復帰できる道を与えられていると思うのです。





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