2018年03月27日

次々に来る摂理、私たちはどう向かったらいいのか?! 《金元弼先生・摂理と信仰》1



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金元弼(ウォンピル)先生の説教、「摂理と私たちの信仰」より
今日は、「み言に対する絶対的信仰」です。


本来、不信する蕩減は人間が払わなければいけませんが、
人間が払うことは大変難しいので、神が代わりにその不信の蕩減を払い、
人間に祝福を与えようとせざるを得ないのです。

私は以前にも、避難路程の時のことを話したことがあります。

私たちが非常に難しい時に、
なかなか感謝の心をもてなかったことがありました。
そういう時、先生は
「きょう、私たちを歓迎してくれるいい人に会えるでしょう」と話してくれました。

それを聞いた時、私たちは非常に希望を得て、
その日熱心に先生に従っていきました。

ところが、先生はまずそのいい事が起こる前に、
大変な迫害を受けることになったのです。
人から殴られる目に遭ったのです。

しかしその日、先生がおっしゃったとおり、いい人に出会いました。
ひもじい時に、たくさんの良い食べ物を食べることができ、
眠る所のない時に、良い場所に眠ることができました。


もし私たちが、感謝の心で先生を慰めながらよくついて行ったとするならば、
先生は「私たちを迎えてくれるいい人に会うでしょう」
と話さなくてもよかったでしょう。

ところが私たちがそういう心をもっていなかったために、
先生が代わりに人から殴られて、その後に恵みが私たちに与えられたのです。

そのように、先生が不信仰な私たちに希望を与え、
力づけることをお話してくださる時には、先生ご自身が私たちのために
蕩減を負われたということを忘れてはなりません。


先生は、神の復帰摂理のプログラムに従って摂理を進めておられます。
それに私たちが忠実に従っていくとするならば、
先生が難しい蕩減を払う必要はないでしょう。

ですから、私たちが先生の言われることに忠実に従っていれば、
それによって同時に、私たち自身が蕩減を払い、
完成した人間となることができるのです。
つまり、個人の完成というものが成され、この摂理も共に成っていくのです。

ところがそうでない時には、摂理は進んでいくけれども、
自分という人間は、追いつけないままに残るというのです。


ですから「摂理が次々に来る」「また来る」と言うのではなく、
私たちがその摂理に忠実に従っていくということが非常に大事だというのです。

私たちはたとえそれを勝利し全うできなくても、
自分のすべてを尽くしてやっていくならば、
それは必ず次の摂理にどんどんつながっていくことができます。

神の大きな摂理が勝利していけば、それを通して、
私たちが同じ恵みを受けることができるのです。
しかしそれができない時には、恵みを与えようとしても
恵みを与えることができないということになります。


ですから私たちは「摂理が打ち出された時にそれをやった」
「それが全部できていない」
「次の摂理がまたやってきた」
「またできなかった」、そうであったとしても、
それに忠実に従っていった基準があれば、絶対に失われないということです。

つまり皆さんが先生から言われたことに対して、その時に忠実に
一体化するように自分を押し進めていくということが重要なのです。

例えば、「南の方に行きなさい」と言われたら南に行きます。
「東に行きなさい」と言われたら東に行きます。
その次に、「西に行きなさい」と言われたら西に行きます。
こういう姿勢が非常に大切なのです。


なぜならば私たちは堕落することによって、
サタンを中心とした堕落性というものがあるからです。

そのような堕落人間が真の父母に出会って、
これから神の新しい習慣、伝統というものを植え付けられる時に、
常に妨げになるのがサタンの伝統です。

ですから常に、私たちが先生のみ言に従うことによって、
失敗しながら神の伝統を身につけるようになります。

私たちは、今までの自分の考えと違ったものであるとしても、
先生のみ言の場合、絶対にそれに従っていくという姿勢を
もっていくことが非常に大切です。

「摂理と私たちの信仰」
  (生活伝道・真の父母に倣う伝道の精神 金元弼先生)
1987年1月25日(三拝敬礼式にて) 
ドイツ・フランクフルト本部教会


お父様が殴られたことに対して、
このような理由だから、こうなった、
そのようなことはお父様は言われなかったと思います。
おそらく、金元弼先生が悟られたのだと思います。

今、目の前の摂理に向かって行くことが
どれだけ貴いことなのかがわかりました。

そして、摂理の中心は、お父様から
お母様に引き継がれたということを
私たちははっきりと自覚して、
お母様の願いに応えることを
もう一度意識しなければと思うのです。




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posted by ten1ko2 at 10:30 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする