2018年05月28日

魅了されるお母様の講演! 1年に153回の記録も!! 《補佐官が見た》8



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鄭元周(チョンウォンジュ)秘書室長の証し、
続編です。



世界巡回
(1991年、日本での四大都市講演──電話中継開始のエピソード)


ご父母様の摂理の中で世界巡回と共に行われた講演会こそ、
最も大きくてご苦労された業績であり、摂理発展の生きた歴史です。

1990年以前には、主にお父様がみ言を語られ、
お母様はそれに同行なさいました。
お父様は主に夕刻に国家指導者たちに講演なさり、
食口たちには夜の集会を通じてみ言を語られました。


お母様の講演は1980年代にもありましたが、
92年5月に「理想世界の主役になる女性」というテーマの講演が
本格的な始まりでした。

そして(2003年当時まで)約10年余りの間、
お母様が壇上で行われた講演会だけで百ヵ国余り、
600回以上にも及ぶのです。

大学の講壇や国会、国連と小規模の行事もありましたが、東京ドーム、
蚕室総合運動場のように10万人を越える大きな場所でも講演をなされました。

講演会が最も多かった1993年(は)、153回もみ言を語られました。

世界のいかなる指導者も真似することのできない外的な驚きもありますが、
お母様の講演の中で感銘深く残っているのは、
お母様の生まれながらの声と美しさに多くの指導者たちが魅了されたことです。

また講演前の緊張感が感じられるほど精誠を尽くされるお母様のご苦労があります。
一年に150回余りの強行軍で、のどがかれ、
強い照明によって視力を損なわれても、
肉身の犠牲をものともされないお母様に謹んで頭が下がります。


お父様が突然、お母様の日本四大都市巡回講演を決定なさったのですが、
講演まで1週間の余裕しかありませんでした。
そのとき、お父様はアラスカにいらっしゃいました。

これがお母様の世界巡回路程の出発でした。

東京、岐阜、福岡、札幌の四大都市の大きな体育館で開かれた講演会でしたが、
初めての講演なので、傍らで拝見するのが息詰まるほど
一生懸命に準備されていました。

1991年9月14日、お父様の熱い愛のお見送りを受けられて、
お母様は孝進様とご一緒にアラスカを出発して、日本に到着なさいました。

東京本部に到着なさって食口たちの歓迎を受けられながらも、
日本がお父様の入国を許可しなかったことを思われたのか、
お母様の心情はかなり錯雑とされていました。

食口たちの前で慈愛深い微笑でお父様の愛と共にみ言を下さるお母様! 
寝室に入ってこられたお母様は、
寝台に腰掛けられて静かに祈祷されて人知れず泣かれたのです。

その姿を拝見したとき、責任を果たすことができず、
ご父母様の胸を痛くした親不孝のために心が砕かれるようでした。

しばらくしてお父様と電話で会話をされ、
明るく愛にあふれる美しい声で

「アボジ(お父さん)、
日本に無事に到着して食口たちにみ言を語って帰ってきました。
一緒に来たら良かったのですが…。
海に出られるとき、ちゃんと服を準備して着られるようにしてください。
アボジ、愛しています」

と言われて受話器を置かれるお母様。


そのときはお母様の初の巡回講演なので、
誰も電話中継や画像中継を考えることができませんでした。

お父様は講演の時間だけを待って焦る気持ちが伺えるのです。
初めての巡回講演の際には、お母様が韓国語で講演なさって
朴普煕会長の通訳へと続きました。

いよいよ時間になってお母様が壇上に上がられると、
アラスカのお父様から神山会長(当時)の携帯電話に電話がかかってきたのです。
たぶんスピーカーの近くに受話器を当ててさしあげるようでした。

受話器は大型スピーカーの前に置かれました。
「お父様、お母様の声がよく聞こえますか?」とお聞きすると、
とても喜ばれてお母様の講演(そのときは一時間ほど)を
すべてお聞きになりました。

そのときからそのように電話中継は始まり、
今日(2003年当時)の画像中継にいたっています。

お母様は壇上から降りられながら、お父様が始めから終わりまで
電話を通じてすべてお聞きになったという内容に触れられて、とても喜ばれました。

講演が終わったあと、教会本部に戻ってこられ、
指導者たちから各自の感想をお聞きになったお母様は、
感じられたとおりに足りない点があれば鋭く指摘してくださり、
苦労した点については称賛と激励を惜しまれませんでした。

お母様の細やかさと深い愛を近くで感じると、
食口たちはより一層一生懸命にやらなければならない
という決心と覚悟をもつことができるのです。

やはりお母様は、お父様と一心一体であられることを感じます。

常に後ろにだけ静かにおられながら、
お父様に内助だけしてこられたお母様は、
5万人の聴衆を前にして途方もないみ言を宣布され、
その者たちを翻弄されるのです。

(2003年4月発行の著書より)


お母様の涙の祈祷、
そして、お父様とお母様のやり取り。。。

お父様を日本にお迎えできなかったことが、
なんとも申し訳ないし、悔いが残るものであることは、
誰もが思うところなのではないでしょうか。

いつもお父様の陰に隠れるようにおられたお母様が、
今は、前面に立って歩まれています。
この頃から、その準備が始まっていたのだろうと、思わされるのです。





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posted by ten1ko2 at 10:40 | Comment(0) | お父様・お母様の路程 証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月27日

人類の母! 真のお母様を見ていて感じること 《ヨナニム》7



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文妍娥(ムン ヨナ)様の(2年前の)み言。
続編です。


真のお母様を拝見していると、
真のお父様は霊界に行かれましたが、
「お母様は私たちに関心もない。
お母様はご自分のことだけを考えながら
生きていらっしゃる」
とは全く感じません。

お母様はお目覚めになれば、
いつも一日の始まりとして、
「全世界の子女たち、祝福家庭は
どのように過ごしているか」
について報告を受けられます。

五大洋六大州、多くの大陸の至る所で
食口が努力していること、
喜ばしいこと、悲しいことを全て聞かれながら、
お母様も喜んだり、悲しんだりしていらっしゃいます。
本当です。

真のお父様が霊界に行かれた後、
私たちがお父様のことが慕わしくて
胸を痛めていたときも、
真のお母様は絶えず前進されました。

それは、お父様を失った悲しみなどないからでしょうか。
違います。
違うのです。

孝進様が霊界に行かれた後、
私が食口の前で涙をながさなかったからといって、
私が孝進様を愛していないのでしょうか?

私が笑っているからといって、
孝進様が亡くなったことを忘れて、
楽しく過ごしていたのでしょうか?
全く違います。

何も言わないでいると、誤解されます。
周りの人から、
「あまり笑わない方がよいのではないか」
と言われたときは、天が崩れるような気がしました。
深く傷つきました。
「私が足りないからだ」とも思いました。

そのように忠告してくれるのも、
私に対する愛ゆえであると
受け止めなければならないのですが、
当時は「どうして、これほどまでに
私の気持ちがわからないのか」
と悲しくもなりました。

私は今も、先のことを考えて
不安になることがあります。

ところが真のお母様は、
「あなたは十年後、二十年後、
三十年後の心配をなぜするの?
そのとき私たちはもっと発展しているから、
心配することはない」と言われます。
確信していらっしゃるのです。

なぜでしょうか?
中心がはっきりしているからです。

天の父母様のみ旨がはっきりしており、
天の父母様の目的がはっきりしており、
天の父母様の摂理的な原則が
はっきりしているので、
ただその通りに行けば、
私たちは発展せざるを得ないからです。

私が心からそのように感じられるようになったのは、
最近のことです。



私自身がみ旨に対して、
どのような思いを持っているのか。。。

先日も、私のブログを知った人から
「分派の方ですか?」
と質問を受けました。
しばし絶句して、言葉を失いました。

天の父母様を愛し、真の父母様を愛する。。。
その思いは、本人でなければわからないのかも知れません。
妍娥様も本当に大変な心情を通過しておられます。
しかし、誤解されたとしても、
なおのこと、孝進様を愛し、み旨を愛するがゆえに、
お母様の御心情に通じていかれるのかな、と思います。

どんな困難な状況であったとしても、
発展することを確信しておられる
真のお母様と一つになって、
み旨の道を信じ、貫いていきたいと思うのです。





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posted by ten1ko2 at 08:10 | Comment(0) | ご子女様・真のご家庭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月26日

無視ではなく愛だった?! お父様が一言も声を掛けなかったのは…  《史吉子先生》



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史吉子(サ キルジャ)先生のみ言、
「原理に関するみ言の証」より、
『霊人体の成長と完成』の部分を抜粋して紹介します。


私がお父様に近くで侍りながら見ると、
お父様はこんな事実をよくご存じです。

青坡洞の旧本部教会で礼拝を受けていた頃は、
いつでもお父様にお部屋でお仕えして、
み言を聞きました。

毎日お父様が朝7時になると、
2階から朝御飯を召し上がるために
下りて来られます。

その時から私たちは一か所に集まって、
昼夜関係なく、お父様に侍って生活しました。

15人程度がお父様を中心に
ぐるっと車座になってみ言を聞くのですが、
一日中、一言も言葉をかけない人がいます。
それだけでなく、
「来たのか?」ともお聞きになりません。

ところが、ある人にはお話もよくしてくださり、
どこかに行かれる時は、
誰々には一緒に行こうと言われながら、
座っている人たちの中から
選んで連れて行かれます。

人間的に見ると、人を差別されるのです。
私も始めは、どうしてこのように
人を差別されるのかと理解ができませんでした。


ずっと後になってお父様は、
「私が直接主管して、直接愛せる立場にいられない人たちは、
霊人体の形がまともな人の形を備えていなかったからだ」
とおっしゃいました。

私はそのみ言を聞いて初めて、理由がわかりました。

例えば、ある人の霊人体は目が一つで
本来の位置になく、目が頬の上に
落ちて来てくっついているとか、
それでなければ、鼻がねじ曲がっているとか、
口が曲がっているのです。

想像もできないくらいに
険しい形相の霊人体を持っている人もいるそうです。

そういう時にお父様は、
「そっとしておこう、
もし霊人体がちゃんとしていない人に
言葉をかけたり干渉したりすると、
本来の位置についていない目と口と鼻が、
永遠に元の位置に戻れない」とのことです。

お父様が言葉をかけないのは、
その人を愛しているからです。

そのような人たちは、語ってあげる
み言を聞いて本人自らが悟り、
悔い改めてどんどん復活し、
霊人体の姿が本来の姿に戻るまで、
そっとしておくのが、お父様が
その人を最高に愛することなのだそうです。



お父様って、本当に霊界のわかる方であり、
食口を愛しておられるのだな、と感じます。

それにしても、お父様といつも一緒にご飯を食べるなんて。。。
初期の大先輩たちの姿は、本当に羨ましいですね。

でも、私たちも後孫から羨ましがられる立場になることを思うと、
今この瞬間を貴重視しなければならないと思います。

また、愛の減少感を感じるようなことがあっても、
それは、私たちの愛の成長、
霊人体の成長と完成のためなのだということを
肝に銘じていきたいと思うのです。

このシリーズはもう少し続きます。
不定期で紹介したいと思います。









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posted by ten1ko2 at 07:13 | Comment(1) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする