2018年06月24日

「つまずきの石」は決して大きくない! つまづかないために 《徳野会長》



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先日行われた、第56回「真の万物の日」
本部で行われた記念礼拝において、
徳野会長がみ言を語られています。



〈真のお母様のご来日で日本に天運を相続〉


天運の中心は真の父母様です。
真のお父様はすでに霊界におられるので、地上の天運の中心は真のお母様です。

ですからお母様のご来日(7/1)によって天運が日本に連結されます。

そのときにどれだけ天運を相続できるかは、私たちの5パーセント(責任分担)にかかっています。
精誠と決意を天にお捧げし、具体的な実績をもってお母様をお迎えしましょう。



〈「つまずきの石」は決して大きくない〉

きょうは、私の信仰生活において大きな転換点となった出会いについてお伝えします。

私が信仰初期に青年寮で生活していたとき、
干していた洗濯物(下着)がなくなったことがあります。
それは、母が黒い糸で名前を縫ってくれたものでした。
私はメンバー1人1人に間違って着ていないか聞いて回りましたが、見つかりません。

最後に班長が残りました。
私は勇気を振り絞って班長に尋ねました。
「何をばかなことを言っているんだ」とたしなめられながらも、
シャツを確認させてもらうと、私の名前があったのです。

そこで班長が間違いを認め、「ごめんね」と言ってくれたら、
何の問題もありませんでした。

しかし班長は、『原理講論』にある「原始共同社会」の話をもち出し、
「私たちに所有権はないんだよ」と自己正当化するのです。
私はいたくつまずきました。

「原理」や「真の父母様」につまずいて教会を離れる人はいません。
しかし、教会での人間関係につまずき、
永遠の道から離れてしまう人は多いのです。
聖書にある「つまずきの石」は決して大きいものではないということです。



〈教会を「自分の家」と考えて責任をもつ〉

私は23歳の頃、全国の学生教会員をまとめる責任者として、
松濤本部の近くにある本部の寮に住むことになりました。

まだ若く、感受性が強かった私は、朝礼に起きてこない先輩に対して、
「これじゃだめだ!」と義憤にかられ、毎朝、部屋ごとにノックして回ったのです。
先輩方からは「そこまでする必要はない!」と非難ごうごうでした。

また、本部での会議に参加した際、幹部への批判や悪口を耳にして心が痛み、
「『統一教会』ではなく、『分裂教会』じゃないか」と批判の思いが湧いて、
それまで抱いていた理想の教会像が、がらがらと崩れたのです。

そのとき、当時、伝道局長だった櫻井設雄先生(43双、第5代会長)に、
心に溜まっていたことを打ち明けると、
櫻井先生は一切否定することなく、次のように話してくれました。


「徳野君、あなたの言うことには一理ある。
しかし教会には、堕落人間、つまり
完成人間に向かう途上の人が集まっているのだから、
完璧な人はいないんだよ。

教会の足りなさを『自分の責任』だと思うんだ。
そういう考え方ができたら、あなたは統一教会の真の主人になれる。

台風が来て、自宅の屋根が吹き飛ばされたらすぐに修理するだろう。
でも、隣の家の屋根なら『なぜ修理しないのかなあ』
『お金がないのかなあ』と客観的に見て終わってしまう。

それと同じで、統一教会を『自分の家』と考えるか、
『他人の家』と考えるかで、信仰者として天地の差が出てくるんだよ」


私はこの話に驚くほど心が整理されました。

天の摂理、み旨に対する真の主人意識をもつことができれば、
教会やリーダーに足りない部分があっても、批判ではなく、
「補っていこう」「助けていこう」という気持ちが自然に湧いてきます。

特に二世圏には、一世を批判したり、教会の現状を分析して憂えたりするのではなく、
「自分たちが責任をもって解決していこう」
という気概をもって未来の統一運動を担ってほしいのです。

各自が真の主人意識をもち、天が願われる
神日本家庭連合を築いていこうではありませんか。



櫻井先生のおっしゃられる通りだと思わされます。
私たちは足りない者でありながら、
すぐに自分を棚に上げて、周りの人の足りなさに目を向けます。
特に目の上の人、アベルに対しては、
そのような思いが強いようです。。。

また逆に、アベルのあの姿勢もいいとはいえませんね。
原理やみ言を自分が受肉したわけでもないのに
それを振りかざして自己正当化してしまう。
これもありがちかもしれません。

以前、あるクリスチャンの友人に厳しく指摘されました。
「あなたたちは、ピラミッド思考が強い・・・」
すなわち家庭連合の会員だから、
祝福を受けているから、他の人たちとは違うんだ、
そのような意識を持っているだろう、と。

心の隙間にそういう思いが見え隠れしている
私たちなのだと思います。

櫻井先生の語られるように、
「自分の家である」
そのような思いを誰もが持ち、
真の父母様のように、み言の実体を目指して、
真の家庭連合、まさに神日本家庭連合の姿を
目指していきたいと思うのです。





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posted by ten1ko2 at 08:17 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月23日

(証し)「83歳、高齢な私でも伝道できる!」 



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神大阪大会・河内音頭☆


ご父母様を堂々と証すこと──
高齢であったとしても、健康に問題があったとしても、
伝道はできます。

今回は、「家に来られた⽅を⼤阪⼤会に動員し受講開始︕」
という伝道の証しです。


私は、現在83才です。
復帰されて30年になり、2002年には霊⾁祝福を受けました。

日頃から、『ビジョン2020』の勝利の為にご苦労される
真のお⺟様に親孝⾏をお捧げしたいと思いながらも、高齢のため体が大変で、
なかなか地域を回ったり訪問することができない状態でした。

ですから、せめて家に来られる方を伝道しようと、
来られた方には真の⽗⺟様を堂々と証していました。

昨年、真のお⺟様が大阪に来られて大会があるということで、
何とか誰かを連れていきたいと、家に来られる方に
大会参加の声をかけていました。

そんな中、丁度、夫と私の直系の解怨をしたこともあっての霊界協助なのか、
たまたま電気の点検のために家に来られた
Rさん(33才既婚男性)が大会に参加してくれることになりました。

Rさんは、点検で家の中を回る中、真の⽗⺟様のお写真を⾒て、
「この方は誰ですか︖」と関⼼を寄せられました。

私は、この時とばかりに『この方が、⼈類のメシヤであり、真の⽗⺟です』
と、堂々と証し、そして、「今度大きな大会があって、
このご夫⼈(真のお⺟様)が大阪に来られます」と⾔うと、
「ぜひ⾏ってみたい︕」と⾃分の方から⾔ってきました。

またRさんは、そばにあった天一国経典『天聖經』に興味を持ち、
内容を⾒て、「すごいですね︕」と感動していました。
そして、まだ何もわからない中で大会に参加してくれました。

大会中の役事も何の違和感もなくされ、
これほどに沢山の⼈が集まることにびっくりしていました。
Rさんは、家庭環境が複雑で『⾃分は何者なのか…』と疑問を感じ、
その答えを求めていたそうです。

また、建築関係の仕事で、孤独死をしていく方を⾒みながら、
『そういう⼈を救えないか…』と思い、建築関係の仕事を辞め、
今の福祉関係の仕事を⾃ら⽴ち上げてやってきたそうです。
ですから『天聖經』の内容に何か⼼がひかれたそうです。

大会後、教育センターの講演会に参加され、
「勉強していきますか︖」と聞くと、
2つ返事で「します︕」と⾔われ、喜んで受講決定をしました。

今、とても仕事が忙しく休めない中ですが、
仕事の途中に抜けては、足を運んで熱⼼に勉強に来てくれています。

若い男性がこのような形で導かれてくることに、
その方の背後のご先祖様の願いがあったことを強く感じます。
一刻も早く祝福を受けられるよう愛を投入していきたいと思います。

今回の件を通して、どんな環境、事情であれ、
『孝情の⼼情』で何とかしたいと意識して歩んでいけば、
霊界が共にあって協助してくださり勝利できるんだと感じさせられました。
ありがとうございました。



証しを読ませていただいて、
「今は、伝道に出る時だけが伝道ではない」
そのように思わされました。

この婦人も体は悪くて活動できないけれど、
「家に来られる方を伝道しようと、
来られた方には真の⽗⺟様を堂々と証していました」
というのですから、日頃の意識が違います。

もしこの青年が、御父母様のお写真を目に留めて、
質問したとしても、伝道する意識がなかったら、
素通りしてしまったかもしれません。
変な話、お写真を隠してしまったかもしれないし。。。

昔、「伝道師ではなく、宣教師になりなさい」
そのように言われたことを思い出しました。

『宣教師は、どこでも寝られ、なんでも食べられ、
いつでもどこでも死ぬことができる人である、
キリスト教が全世界に布教されたとき、
その地を開拓する初穂として降り立った宣教師は
命がけでみ言を伝えていったのだ』と。

神氏族メシヤとして、私たちは、今こそ、
そのような精神を相続していくときなのだと思います。






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2018年06月22日

「お父様、本当に素晴らしい方と結婚されましたね!」  《お母様の証し》3



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金孝律(ヒョウユル:ピーターキム)元補佐官の
真のお母様の証し、「刈り入れ人のお母様」続編です。



〈世界40ヵ国余りに聖霊の役事を〉

1990年代初めから本格的に始まったお母様の世界巡回は
今(2003年)も続いています。

この10年間、お母様が一生懸命に天のみ言を携えて
訪ねていかれた所が40ヵ国を越えます。

数百回を越えるみ言宣布大会。今考えるとただ遠い昔のことのようでもあり、
昨日のことのように鮮やかに記憶が蘇ったりもします。

数多くの逆境があり迫害も多かったし、生きて役事される聖霊の権能を
思い存分に見せてくださる痛快な事件もたくさんありました。

どの一年を見ても、どの場所のみ言大会を取っても、
ただ平凡に終わった所がありませんでした。


「サタン世界はデモを通じて宣伝し、
天は大会を通じて勢力を拡張していく」
と言われたお父様のみ言を実感させる
この10年間のみ言大会摂理路程でした。

ダンベリーの時期のお母様の姿は、
万人には慈愛深くて細やかな母の姿であり、
天の前には絶対信仰・絶対愛・絶対服従の表象であり、
お父様には生命を与えても換えられない愛する妻でした。

しかし、いったん天のみ言を携えて立ち上がったお母様の姿は、
100万の大軍を前に置いても、瞬き一つしない、
正に天の勇将の姿であられました。


何年前のことだったか定かではありませんが、
お母様のお供をして世界巡回中、電話を通じた和動会のとき、
韓国におられたお父様に私が叫んだ言葉が思い出されます。

「お父様、本当に素晴らしい結婚をされました!」
数百人の前でそう言って、周囲のある兄弟から
注意を受けたことも思い出されます。

お父様も公的な席上でそのようなことを言った私のことを、
無作法で世間知らずな者と心の中で叱ったに違いありません。
しかし、そのような私の表現が若干世俗的で幼稚に聞こえたかもしれませんが、
私は正直に感じたことを伝えるほかなかったのです。

直接おそばに侍って巡回しながら、み言の代身者として立たれ、
時には涙で、時にはみ言の鉄の杖で、時には真の愛の汗のしずくで、
数千数万の人を泣かせ、そして笑わせられるお母様を拝見するたびに、
私はお母様が限りなく誇らしくて、感激いっぱいで
涙を流したことが一度や二度ではありません。

そのたびに自ずと
「お父様は本当に素晴らしいお母様を探し立てられた」
と思ったものです。

(2003年4月発行の証し集「真の愛の勝利者」より
『刈り入れ人のお母様』)


金孝律先生の語られた、
「お父様、本当に素晴らしい結婚をされました!」
私達も叫ばなければならないと思いました。

「天は大会を通じて勢力を拡張していく」
まさにお父様のみ言を、真のお母様は、
その如くに相続し、実践しておられます。

今度の日曜日、6月24日には、韓国の第一地区(ソウル・仁川)において、
「2018 護国英霊解怨および南北統一祈願決意大会」が、
2万5千名の規模で、清心平和ワールドセンターにおいて開催されます。

そして、翌7月1日は、さいたまスーパーアリーナで、
「2018 神日本家庭連合希望前進2万名大会」が開催されます。

お母様は、この2つの大会に、
特別な精誠を捧げておられると思います。

私たちも精誠をささげて、参加していきたいと思うのです。






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posted by ten1ko2 at 07:38 | Comment(0) | お父様・お母様の路程 証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする