2018年07月05日

お母様と共に歩み続けます! 祝福3世の、感動「孝情スピーチ」



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「私たちの二世三世たちが
いるということは、
あまりにも誇らしく
幸せなことです」


真のお母様



お母様の大会の中で、皆さんが感動した一つに、
祝福三世の「孝情スピーチ」があったと思います。

どんなスピーチだったか、参加できなかった方にも
知っていただきたいと思って、紹介いたします。


私のおじいちゃんは石井光治と言います。

おじいちゃんは1963年に家庭連合に入教し、
69年におばあちゃんと祝福を受けました。
その後、真の父母様に任命され世界日報の社長、
家庭連合の第6代会長などを務めました。

幼かった私は当時のことについてよく知りません。
私の覚えているおじいちゃんは、
“宇宙の根本を探して”という本を書くことに没頭していました。

いつも歩きながら本を読み、部屋には難しい本が山程あって、
その本にはたくさんの線が引かれ、メモが書かれた紙が挟まれていました。

そして、おじいちゃんは私に「お前が大きくなった時、周りの人達は
あの本を書いたのはあなたのおじいちゃんなのかと驚くだろう」
と、自信満々に話していました。
体を悪くして入院してからも本を書き続けました。

そんなある日、おじいちゃんは急に立ち上がると
「み旨のため、日本全国を周らないといけない」と言いだしました。
亡くなる数日前の事でした。


そんなおじいちゃんの息子であるお父さんは、
日本の二世の1期生として産まれました。
韓国に留学した後、公職の道を進み、長い間、二世教育に携わってきました。

お父さんはとても頑固で、人が何と言おうと関係なく自分が思った事をやります。
天の前に正しいのか、それがお父さんの思考の中心です。

韓国人である私のお母さんは若くしてお父さんと祝福を受け、
日本語もできないまま一人、嫁いできました。
毎日、大変だと言いながらも、休むこと無く公的に働いています。
「休めばいいじゃない」と私が言っても、結局どこかに出かけていきます。


私の大学の教授はこう言いました。
「組織において人を動かすには、報酬と評価が大切だ」
人は、お給料のため、地位、名誉のために働くことが多いようです。

そんな中、食口達はお金もなく、社会に理解されずとも一生懸命働いています。
世の中の人達からすると普通じゃない、おかしな人達に見えるかもしれません。
しかし、私もまた同じ道を行こうとしています。

神様の愛、そして恨の歴史を思うと、心が熱く震えます。
お父様、お母様の血と汗と涙の歩みを知ると、
自分のための人生などなんの価値も持ちません。


真の父母様から始まり、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、
お母さんが受け継いできた「孝情」が、私をそのように導くのです。

神日本家庭連合は宣教60周年を迎え、
おじいちゃんが生きていた時代とは大きく環境が変わりました。
数十人しかいなかった食口が、今やこの会場を2万人で埋め尽くしています。

しかし、私達の「孝情」は、変わりません。
この情熱は、色褪せること無く、
「人類一家族」という夢に向けて私達を突き動かします。

私達は天の父母様、そして真の父母様
が満面の笑みで喜ばれるその日まで、進み続けます!
ありがとうございました。



このスピーチのポイントは、「孝情」だと思います。
私が一番感動したのは、祝福三世の彼女も、
「孝情」においては、私たちと変わらない思いがあるということです。

子供たちは幼いころ、親に連れられて教会に行きます。
しかし、だんだん大きくなれば、親の言いなりには決してならないです。
子供は、親の事情では動きません。

それでも、天の父母様、真の父母様の
事情・心情・願いを知って、理解すれば、
天のために歩んでいくのです。

お母様は、祝勝会で
「私たちの二世三世たちがいるということは、
あまりにも誇らしく幸せなことです」
そのように語られました。

今回のスピーチを通して、
「孝情」は永遠不滅なものである。。。
そのことが、神様と真の父母様にとって
どれほど希望であり、喜びであるかを感じたのです。


今回の大会には、アメリカから
360名のCARP(学生2世圏)
メンバーが参加しました。
(ヨーロッパからも合流)
そしてお母様が食事会に
招いてくださったといいます。

CARP Life(動画)
英語ですが、参加した ↑ 学生たちが
興奮して感動を語っています。

真のお母様と食事会での出来事!観ないと損!そん!
↑ 在米食口のCARPレポート(動画あり)






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